メジャーリーグでプレーする大谷翔平選手の活躍が止まらない。MLBを取材してきたライターの内野宗治さんは「大谷選手は、アメリカで野球のルールすら変えた野球史に残る絶対的なスーパースターだ。ここまで突出していると、横並びを好む日本人でも称賛することしかできないのだろう」という――。

※本稿は、内野宗治『大谷翔平の社会学』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
試合前に談笑するマリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏(右)とエンゼルスの大谷翔平=2021年7月10日、アメリカ・シアトル - 写真=時事通信フォト

■なぜ日本人は大谷翔平に夢中になるのか

日本人はなぜ、これほどまでに大谷に熱狂するのだろうか?

わざわざ問うような話ではないかもしれない。大谷は日本で最高のアスリートであり、自国が生んだトップアスリートに夢中になるのは当然といえば当然だ。それにしても、近年の日本における大谷フィーバーはすさまじく、時に狂気のようでさえある。なぜ僕ら日本人が大谷に夢中になるのか、いま一度考えてみたい。

まずシンプルに大谷は、2024年の時点で世界最高の野球選手であるだけでなく、史上最高の野球選手であると言っても過言ではない。そうした事実が多くの日本人を興奮させている。

アメリカのMLB報道では、選手のことを“product”と表現することがある。たとえば野球大国として知られるベネズエラ出身の選手は“Venezuelan product”など、選手の出身地を頭につけて表記することが多い。それに倣うと大谷は紛れもなく“Japanese product”、すなわちメイド・イン・ジャパンの野球選手だ。

■「世界で活躍する日本人」の最高の形態

かつて日本製の自動車や電化製品がアメリカ市場を席巻したように、大谷はアメリカ球界で旋風を巻き起こした。大谷が“Japanese product”であるという認識があるからこそ、僕ら日本人は彼の活躍を誇りに思う。

スポーツ選手に限らず、日本人が世界で活躍する姿を見るのは日本人にとって嬉しいものだ。そして大谷は「世界で活躍する日本人」を最高の形態で体現している。

また、大谷は世界最高の野球選手であるだけでなく、唯一無二の野球選手でもある。彼はMLB史上初の本格的な二刀流選手であり、現代野球では不可能と考えられていたことをとんでもなく高い次元でやってのけているのだ。大谷はナンバーワンであるだけでなく、オンリーワンでもある。

■旧態依然とした野球界発のイノベーション

日本社会では「前例のないことはできない」「イノベーションが起きない」などと言われて久しいが、大谷はアメリカでも前例がなかったことを見事にやってのけており、その存在自体が最高にイノベーティブだ。

年々閉塞感が高まっているように感じられる社会で生きている僕ら日本人にとって、アメリカで伸び伸びとプレーする大谷の姿はこれ以上なく眩しく映る。大谷こそは日本発のイノベーションだ。

多くの人が「イノベーション」という言葉から連想するITやライフサイエンスといった分野ではなく、指導者による体罰がいまだ問題になるような野球界から大谷翔平という最高のイノベーションが生まれたという事実は面白い。

日本人、あるいは日本人に限らず人間は「自由」のもとではなく「抑圧」の中でこそ、壁をぶち破り新しいものを生み出そうというパワーを発揮するのかもしれない。

■イチローと大谷翔平の「違い」

そして、日本における大谷フィーバーを考えるうえで、大谷はあくまで「ひとりの選手」として成功している事実も重要だ。

たとえば、野球の日本代表は過去の国際大会でも好成績を残してきたし、近年はサッカーやラグビーの日本代表も躍進している。しかし、それらはあくまでも「チーム」としての成功であり、必ずしも「突出した個人」がいたわけではなかった。

第1回そして第2回WBCで日本代表を連覇に導いたイチローは、MLBの殿堂入りが確実視されている偉大な選手だが、それでも大谷ほど突出した存在ではなかった。大谷と比べるのはもはやアンフェアだが、イチローはあくまでも「MLB最高の選手のひとり」であり、また「MLBにおける日本人野手のパイオニア」でもあったが、それ以上ではなかった。

シアトル・マリナーズ時代のイチロー選手(写真=OlympianX, Andrew Klein/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

今や多くの日本人選手が欧州でプレーするサッカーでも、たとえばメッシやクリスティアーノ・ロナウドらとバロンドール(世界年間最優秀選手)を争うような日本人選手は出ていない。

そんななかで大谷は、圧倒的に突出した選手として現れた。「MLB最高の選手のひとり」どころではなく、野球史に残る絶対的なスーパースターである。

■日本人が「出すぎた杭」を称賛する理由

大谷は、野球というスポーツのルールさえも変えてしまった。MLBは2022年シーズンから「投手として出場した選手は降板後も指名打者としてラインナップに残ることができる」という、いわゆる「大谷ルール」を導入した。そのネーミングが示すように、今やMLBの顔である大谷を可能な限り試合に出場させることを事実上の目的としたルール変更である。

野球発祥の地、アメリカで野球のルールを変えてしまったのだから、大谷は文字通りの「ゲームチェンジャー」だ。既存のルール内で最高のパフォーマンスを見せるのが一流のアスリートだが、ルールそのものを変えてしまう大谷は異次元の存在と言うしかない。そんな選手が日本から出てきたという事実に、僕ら日本人は興奮を隠せない。

一般的に「突出した個人」を好まず「横並び」が善しとされる日本社会では、よく「出る杭は打たれる」と言われる一方で「出すぎた杭は打たれない」とも言われる。大谷は「出すぎた杭」だ。ここまで突出しているともはや誰もその杭を打つことはできず、称賛するのみ。そして僕ら日本人は「出る杭は打たれる」社会に生きているからこそ、心のどこかで「突出したヒーロー」を求めているのだろう。

自分自身が「出すぎた杭」になれないのならば、せめて別の誰かがそうなってくれないだろうか? そんな日本人の深層心理に、最高のかたちで応えているのが大谷なのかもしれない。「出すぎた杭」に憧れる一方で、現実には「出る杭」にならないよう、細心の注意をもって暮らしている僕らは、大谷翔平という「出すぎた杭」を見て爽快感を覚える。

荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する有名なセリフを使えば「さすが大谷! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ!」というわけである。

■実力や実績だけではない「映える男」

僕ら日本人が大谷に夢中になる理由として考えられることを書き連ねてみたが、野球選手としての実力や実績だけでなく、彼の外見、ひらたく言うと「見た目のカッコよさ」も大谷の人気を語るうえで無視できないだろう。

日本でプレーしていたころの大谷はまだ表情には幼さとあどけなさが残っており、体の線も細かった。しかし間もなく30歳になる今、大谷は凛々しさと爽やかさを兼ね備えたイケメンであり、何より鍛え上げられた肉体美が目を見張る。かつてアトランタ・ブレーブスの中心選手として活躍し、2018年にアメリカ野球殿堂入りを果たしたチッパー・ジョーンズは、大谷の肉体についてこう表現している。

「これまで見てきたベストな野球体型のひとつ……彼はアドニス(ギリシャ神話に登場する美少年)だ」

■老若男女問わず、抜群の好感度

ただでさえ身長194cmという長身、スラリと長い脚、かつ小顔というパリコレモデル顔負けのプロポーションを持つ大谷だ。近年、オフシーズンにメディアの取材を受けた際などに目にするスーツ姿の大谷は、野球選手というよりハリウッドスターのようであり、たとえばHUGO BOSSやポルシェといったファッション性の高いグローバルブランドが大谷とアンバサダー契約を結んでいる理由もそこにあるのだろう。

SNSのように表層的でインスタントなコミュニケーションが量産される現代社会は、良くも悪くもルッキズムに支配された時代と言えるが、大谷はその外見だけでも人に何かを訴える力を持っている。今風に言うと「映える」のだ。

もちろん外見だけでなく、大谷の人柄やキャラクターも重要な要素だろう。メディアが映し出す大谷に対して僕らが抱くイメージは「優しく礼儀正しい好青年」「無邪気で人懐こい」、「でも勝負の時は真剣」「時々お茶目でユーモアもある」といったところだろうか。

死球を与えた相手打者に謝ったり(MLBの投手は基本的に謝らない)、ダッグアウトでゴミを拾ったり(MLBのダッグアウトはゴミだらけ)、チームメイトと冗談を言い合う姿などが日本のメディアでも再三紹介される。

その魅力的な外見とともに、人から嫌われる要素が全くない、というか好感度抜群だ。野球ファンや若い女性だけでなく、小さな子どもからおばあちゃんまで文字通り老若男女の心をつかんでいるのは、そのキャラクターによるところが大きいだろう。大谷が「野球選手である以前にまず、文化的アイコン」であるゆえんだ。

内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞受賞式典で内閣総理大臣杯を授与する安倍総理(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■「辺境人」が「世界の中心」に認められた

大谷は日本にいる頃からスーパースターではあったが、そのステイタスがさらに一段も二段も高まったのはやはり、アメリカでプレーするようになってからだ。

大谷が日本だけでなく世界で、というかアメリカで認められたという事実は大きい。極東の島国に暮らす「辺境人」である僕ら日本人は、昔から中国や欧米などその時々で「世界の中心」だった場所の文化、習慣を取り入れながら生活してきた。

常に外来の文化や習慣を参照し、それを独自にカスタマイズしてきた僕ら日本人は、自分たち自身でこしらえた価値判断のモノサシに絶対的な自信を持てず、常に「他者の評価」を気にしてしまうという性(さが)がある。今日では、とくに欧米という「世界の中心」の評価を。

■アメリカでの評判を取り上げるメディア報道

大谷が23歳で渡米し、MLBで活躍してアメリカで評価されて初めて、僕ら日本人は「大谷は本当にすごいのだ!」という確信を得た。

日本メディアの報道を見ると、たとえば「MLB公式サイトが大谷を特集」「ニューヨーク・タイムズの記者が大谷を絶賛」「対戦相手の監督が大谷に脱帽」といった類いの見出しで溢れている。「大谷はアメリカでこれだけ注目されていますよ!」「アメリカでも高く評価されていますよ!」ということを伝えているのである。

大事なのは自分たち日本人の評価ではなく、アメリカ人がどう評価しているのか、なのだ。もっとも、アメリカ人のコメントにはお世辞やリップサービスが多分に含まれている場合もあるので、多少割り引く必要はあるのだが……。

■日本のスターからグローバルスターに

とはいえ、大谷フィーバーは何も日本だけでのことではなく、アメリカでも今や大谷は押しも押されもせぬ「MLBの顔」であることは確かだ。

内野宗治『大谷翔平の社会学』(扶桑社)

2022年、ニューヨークの中心地であるタイムズ・スクエアには、大谷がパッケージの表紙を飾った野球ゲーム「MLB THE SHOW」の巨大広告が登場。大谷は『GQ』や『TIME』といった名だたる雑誌の表紙を飾り、2021年にはTIMEが選ぶ「世界で最も影響力のある100人」にも名を連ねた。

2023年のWBCに出場したチェコ代表の選手たちは大会前に「対戦を楽しみにしている選手は誰か?」と聞かれ、全員が“Shohei Ohtani”と答えた。同年のMLBオールスターゲームのファン投票で、大谷はリーグ最多の得票数だった(日本からの投票も含まれているが)。そして同年12月、大谷はロサンゼルス・ドジャースと10年総額7億ドル(約1015億円)という「スポーツ史上最高額」で契約を結んだ。

野球はサッカーほど世界的に普及しているスポーツではなく、野球が盛んな地域は主に北米と中南米の一部、そして東アジアに限定される。しかし、その限られた野球界において大谷は、今や世界の誰もが知る正真正銘のグローバルスターなのだ。

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内野 宗治(うちの・むねはる)
フリーランスライター
1986年生まれ、東京都出身。国際基督教大学教養学部を卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、フリーランスライターとして活動。「日刊SPA!」『月刊スラッガー』「MLB.JP(メジャーリーグ公式サイト日本語版)」など各種媒体に、MLBの取材記事などを寄稿。その後、「スポーティングニュース」日本語版の副編集長、時事通信社マレーシア支局の経済記者などを経て、現在はニールセン・スポーツ・ジャパンにてスポーツ・スポンサーシップの調査や効果測定に携わる。
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(フリーランスライター 内野 宗治)