試合後のリングで記念写真に納まった古川誠一会長、武居由樹、八重樫東トレーナー【写真:産経ビジュアル】

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武居由樹がWBO世界バンタム級王座奪取

 一緒に夢を掴みたい人がいた。ボクシングのWBO世界バンタム級タイトルマッチ12回戦が6日、東京ドームで行われ、同級5位・武居由樹(大橋)が王者ジェイソン・マロニー(オーストラリア)に3-0の判定勝ち。日本人初のK-1とボクシングの両方で世界王者になった。同門の世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥が、ルイス・ネリ(メキシコ)に6回TKO勝ちした歴史的興行。セミファイナルで存在感を示した。

“悪ガキ”として周囲を悩ませた少年時代。10歳で母親の手を離れ、育ての父に出会った。K-1で世界王者に上り詰めた後に一時はモチベーションを失ったが、再び夢を見出したのがボクシング。「オヤジ」に親孝行するため、リングに上がっていた。戦績は27歳の武居が9勝(8KO)、33歳のマロニーが27勝(19KO)3敗。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 お決まりの自己紹介フレーズを叫ぶ声は、震えに震えていた。

「足立区から……足立区から来た武居が、東京ドームで世界チャンピオンになりました!」

 涙と汗が入り混じる。ボクシングの世界王座にたどり着くまで、武居の道のりは稀有なものだった。

 東京・足立区に生まれた。いわゆる「問題児」と呼ばれた少年時代は母子家庭。手に負えなくなった母は思い悩み、格闘技ジムを自宅で運営する古川誠一会長に預けることを決断した。いわゆる駆け込み寺。同じように家庭や学校で素行が悪く、親から託された少年たちとの共同生活。当時、武居は10歳だった。

 格闘技経験のない古川会長の指導を受ける日々。嫌々ながらキックボクシングの厳しい練習と向き合い、人としてあるべき姿を学んでいった。この過程は2011年以降、フジテレビ系のドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」にて「悪ガキ ガチンコ物語」として定期的に放送された。

「悪い奴だなぁ」

 テレビの前でつぶやいたのが、大橋ボクシングジムの大橋秀行会長だった。その後、武居がK-1で世界王者になったのが2019年。大橋会長は「絶対嘘だ。ジムを移ったのだろう」と名門に移籍したと思い込んでいたが、のちに古川会長との二人三脚だと聞いて驚いた。

「どんなことをしているのか」と指導者として興味を持ち、横浜から足立区を訪問。食事の席で指導論を学び、お酌をしてくれたのが武居だった。

 走り続けたK-1の連勝街道。気づけば相手がいない。モチベーションの維持に苦労した。そんな2019年11月、生観戦したのが井上尚弥のノニト・ドネア戦。流血しながら打ち合った末に判定勝ちし、世界のメディアから「年間最高試合」に選ばれる激闘だった。「ボクシング、すげぇな」。同時に格闘家としての本能が湧き出た。

「勝てるかわからない相手とやりたい」

 羨ましく思えた他競技のリング。でも、育ての親だった古川会長の元を出るわけにはいかない。悶々と過ごしていたある日、表情から察した会長に思わぬ言葉をかけられた。「お前、ボクシングやれよ」。背中を押され、縁のあった大橋会長に相談。強敵を求め、ボクシング転向が決まった。

最終12回に受けた猛攻…リングサイドで「早く終われ」

 プロテスト受験の際、大橋ジムでは保険に入る。武居が受取人に決めた相手は古川会長。申込書の続柄に迷わず書いた。

「父」

 同じ格闘技とはいえ、2つの拳だけで戦うボクシングは別物だった。ラウンド数も3回が基本のK-1とは違い、ボクシングは最長12回。ペース配分に最も苦労した。師事する元世界3階級制覇王者・八重樫東トレーナーの方針は「大きな丸をつくるつもりはない。尖った一本槍です」とKOアーティストに特化。古川会長に磨かれた格闘技センスと持ち前の野性味を信じ、理論を伝えていった。

 武居の拠点は大橋ジムだが、週に数回は古川会長のジム「POWER OF DREAM」で筋力トレーニング。21年3月のデビューから3戦連続初回KOを飾り、8試合全てKO勝ちを決めた。巡ってきた世界初挑戦のチャンス、舞台は東京D。古川会長に世界戦決定を報告した。「普段はあまり感情を出さない人。だけど、そうとう喜んでくれて、めちゃくちゃ気合いが入っていた」

 何の運命か、5月6日は「父」の誕生日だった。

「最高の親孝行をしたい」

 相手は過去に井上にKO負けしたとはいえ、ハイレベルの技術を持つ世界王者マロニー。武居はわずか9戦目の世界挑戦に「時期尚早」「無謀」とまで言われたが、強敵こそが心を燃やせるものだった。

 4万3000人が集まった東京D。ポイントをリードし、古川会長と掲げた夢の世界王座まであと3分、最終試練が訪れた。王者に何十発もパンチを浴び、今にも飛びそうな意識。レフェリーに止められた瞬間、負けが決まる。「早く終われ」。父がリングサイドで祈った。

 本能が足を奮い立たせ、打ち返した。日本ジム所属選手100人目の世界王者が誕生。トレーナーに抱かれ、泣いた。出会って17年、育ての父をリングに上げると、普段は照れ臭くて言えないことをインタビューマイクに乗せた。

「本当に、育ててくれてありがとうございます」

 夢を叶えた息子からの誕生日プレゼント。「オヤジ」と呼ばれ、湧き出る感情とは。「別に、普通かな。男同士はみんなそうでしょ」。素っ気ない言葉とは裏腹に、押さえきれない喜びが目尻のしわに溢れていた。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)