【日本はレフェリーに感謝しなければならない】

 あえてシニカルな言い方をすれば、今大会でのカタール最大の"武器"を無力化させたという意味で、日本はこの試合を裁いたシリア人レフェリーに感謝しなければならない。

 彼の公正なレフェリングなしに、日本の勝利はなかったと言っても言いすぎではないだろう。

 パリ五輪アジア最終予選を兼ねた、U23アジアカップ。日本は準々決勝で地元カタールと対戦し、延長戦の末に4−2と勝利した。


カタールを下して、パリ五輪出場へ王手をかけたU−23日本代表。photo by Getty Images

 先制しながら一度は逆転を許すなど、苦しい試合にはなったが、日本の勝利は妥当な結果だったと言っていい。両国の実力を単純に比較するならば、カタールはそれほど怖い相手ではなかったからだ。

 にもかかわらず、今大会のカタールが実力以上の脅威を対戦相手に与えていたのは、ホームアドバンテージが絶大だったから。とりわけ、それが鮮明に表れていたのが、グループリーグ初戦のインドネシア戦である。

 インドネシアは不可解な判定によるPKで先制されたばかりか、2人の選手がレッドカードを受けて退場させられる始末。試合後にはインドネシアのシン・テヨン監督が、「まるでコメディだ」となじったほどだ。

 実際、日本戦でも再び、これまでの試合で味をしめたカタールの選手たちは、自分たちに有利な判定を引き出そうと狡猾に振る舞ってきた。

 まずは前半21分、攻撃の中心を担うハレド・アリ・ビンサバは、スピードに乗ってペナルティーエリア内に走り込むと、日本DFが足を出してくるタイミングを見計らって、自ら倒れ込んだ。PKを誘発するための自作自演である。

 しかし、これはノーファールの判定。この日のレフェリー、ハンナ・ハッタブは、シミュレーションのイエローカードを提示することこそしなかったが、誤ってPKを与えるようなことはなかった。

 すると、思うようにいかないカタールの選手たちは、次なる"獲物"を定める。狙われたのは日本のセンターバック、木村誠二である。

 前半アディショナルタイムの45+5分、ヘディングでの競り合いの際に、木村がイエローカード(ジャンプした木村のヒジが相手選手の顔に当たった)を受けると、以降、カタールはゴールキックを含めたロングボールを木村に集め、ヘディングで競り合った選手が痛がって倒れるという行為を繰り返した。

 言うまでもなく、木村を2枚目のイエローカードで退場させようというわけだ。

「ゴールキックの時は(もうひとりのセンターバックである高井)幸大と位置を入れ替えて、幸大に競ってもらおうと思ったが、(カタールが)入れ替えたところを見て僕のほうに蹴ってきたので、これは完全に狙われているなと思った」

 そう語る木村も、「ちょっとナーバスになった部分はある」と振り返る。だが、「ファールになったとしても、イエローカードをもらわないような競り方をしていれば、主審もちゃんとジャッジしてくれていた」と木村。

 後半22分に決めた値千金の同点ゴールもさることながら、判定との恐怖と戦いながらも決してプレーが小さくなることなく、最後まで相手の攻撃をはね返し続けたセンターバックは、この試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるにふさわしい出色の働きだった。

 結局、日本は木村を含めてひとりの退場者も出すことなく、試合終了まで戦うことができた。むしろ、前半41分にGKユーセフ・アブドゥラーがレッドカードで退場(ゴール前の競り合いでジャンプした際、細谷真大の腹を蹴った)となるなど、それまでとは勝手の違う厳しい判定に悩まされたのは、カタールのほうだったのかもしれない。

【悩めるストライカーが殊勲のゴール】

 レフェリーの判定さえ"普通"なら、カタールがそれほど恐れる相手でないことは、すでに記したとおりである。

 試合開始早々に山田楓喜のミドルシュートで先制しながら、ひとり少ない相手に逆転を許したことには課題が残るが、木村のヘディングシュートで追いついてからは、じっくりと両サイドから攻撃を仕掛け、カタールを疲弊させ、延長戦も含めた120分でカタールを仕留めることに成功した。

 その間に見せた、大岩剛監督の采配も的確だった。

 5バックで守備を固める相手に対し、後半開始とともに藤尾翔太を2トップの一角で投入し、サイド攻撃の狙いを明確にすると、後半83分にドリブラーの平河悠を投入し、さらなる圧力をかける。

「このチームにはドリブルで違いを出す選手が数少ない分、自分はそこで勝負したいというか、アクセントになりたい。結果的に(自分のドリブルやクロスが)得点にはつながらなかったが、相手が嫌がることはできたかなと思う」(平河)

 サイドを深くえぐるシーンを増やした日本は、後半アディショナルタイムの90+6分に、山田楓に代えて荒木遼太郎を投入してトップ下に置き、2ボランチの一枚である山本理仁を右サイドに出す。サイド攻撃を得点として完結させるべく、必要な手が次々と打たれていった。

 だが、それは同時に、決勝ゴールに至る壮大な伏線でもあった。

 日本の両サイドからの攻撃が迫力を増し、カタールディフェンスの足が止まり始めていた延長前半11分、ボランチの藤田譲瑠チマがバイタルエリアで待つ荒木に縦パスを差し込むと、荒木は振り向きざま、細谷へスルーパスを通す。

 所属する柏レイソルでも今季無得点と悩めるストライカーは、「後ろにディフェンスも(背負って)いたなかで、あのファーストタッチができたのはパーフェクトだった」と自画自賛する絶妙なトラップでDFラインの背後に抜け出すと、最後は右足で落ち着いてシュートを流し込んだ。

 殊勲の背番号19が語る。

「サイドからの攻撃が多かったので、結果論にはなるが、それをカタールが警戒していれば、真ん中が開いてくるなとは思っていた。その一個のチャンスで決められてよかった」

 その後、延長後半7分には、細谷に代わってピッチに立った内野航太郎にもゴールが生まれ、4−2。事実上、勝負が決した瞬間だった。

 最高気温が30度を超える環境のなか、120分間を粘り強く戦い抜いた選手たちを、大岩監督が称える。

「(カタールが)ひとり少なくなって、よりスペースがなくなったなかでも、焦れずに相手にジャブを打っていくんだという話はしていた。選手たちはそういう頭で(狙いどおりに)プレーしてくれたんじゃないかなと思う」

 パリ行きのチケットを手にするまで、あと1勝。若き日本代表が8大会連続の五輪出場へ王手をかけた。