1月のCESでマイクロソフトとの提携を発表した、ソニー・ホンダモビリティの川西泉社長(左)(編集部撮影)

1月初旬、アメリカ・ラスベガスで世界最大級のテクノロジー見本市、CESが開催された。その中で注目を集めた日本勢の発表がある。ソニーグループとホンダの合弁会社で、EV(電気自動車)ブランド「AFEELA(アフィーラ)」を開発中のソニー・ホンダモビリティと、マイクロソフトによる提携だ。

両社は対話型パーソナルエージェントの開発で合意。マイクロソフトが提携するオープンAIのLLM(大規模言語モデル)を、チャットGPTよりもセキュリティを高めた形で利用できる、クラウドインフラ「マイクロソフト アジュール」のサービスを活用する。

クラウドインフラをベースに、生成AIによるアプリケーションを開発するソリューション自体は、アマゾン・ドット・コムやグーグルも提供している。なぜソニー・ホンダは、提携先にマイクロソフトを選んだのか。ソニー・ホンダの川西泉社長、マイクロソフト・アメリカ本社の沼本健CMO(最高マーケティング責任者)を直撃した。

アプローチはソニー・ホンダから

――このインタビューの直前、急きょ数分だけ、お2人で話す時間が設けられましたね。初対面とのことですが、部屋の外からもわかるぐらいの盛り上がりようでした。

ソニー・ホンダモビリティ 川西泉社長(以下、川西) ははは。ソニーは(事業を)売却してしまったが、ずっとPCをやってきた。そのつながりとかもあって、Windowsなどを展開するマイクロソフトとの付き合いはすごく長い。

マイクロソフト 沼本健CMO(以下、沼本) そうですよね。

――CESで発表された提携に至るまでの経緯を伺いたいのですが、まずどちらからアプローチされたのでしょうか。

川西 こちらからだ。モビリティーに限らず、ずっと(AIを活用した)自然対話みたいなものはやりたいと思っていた。

実は現職の前に、僕はソニーで音声対話のロボットを担当していた。そのときに音声対話のエンジンをどうしようかと考えて、ソニーがR&Dでやっているものや、マイクロソフトも含めいろんな企業がやっているものもあったが、やはり決定打がなかった。

――決定打というのは。

川西 一問一答で返せるものはあるが、いわゆる雑談っぽく、ヒトのように話せるものは実現できなかった。自分たちには(AIに学習させる)知識のデータ量が決定的に足りなかった。

膨大なデータ蓄積という観点で、検索エンジンを手がけているマイクロソフトやグーグルと、それをやっていないソニーとの差はすごく大きい。自前では限界があり、マイクロソフトに2018年ごろからいろんなソリューションを紹介してもらうなど、結構な期間にわたって模索を続けていた。


この日が初対面だったマイクロソフトの沼本氏(左)とソニー・ホンダの川西氏。川西氏は以前から、マイクロソフトと長い付き合いがあったという(撮影:尾形文繁)

その後、(深層学習モデルの)トランスフォーマーが登場し、チャットGPTがドンッと出てきて、「ああ、これはすごい」と。(マイクロソフトが提携する)オープンAI、チャットGPTの登場がすごく大きなインパクトだったことに加え、過去の関係性も踏まえたときに、やっぱり自然対話はマイクロソフトとやりたいと思った。

モビリティーの目線としては、そういうものを車室内の楽しみにできないかなと。今年のCESのときにも、人とモビリティーの関係性を少し変えていきたい、再定義したいというメッセージで打ち出した。これまでの人と車の「操縦する」という一方通行的な関係ではなくて、インタラクティブな関係に変えていく要素の1つとして、自然対話がすごく重要だろうと思っていた。

こうした背景から去年、マイクロソフトに声をかけた。

提携の裏にソニーとの深いつながり

――打診をマイクロソフト側はどのように受け止めたのでしょうか。

沼本 実はマイクロソフトとソニーには深い歴史がある。


沼本健(ぬもと・たけし)/マイクロソフト エグゼクティブ バイス プレジデント兼CMO。1971年生まれ。1993年東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。スタンフォード大学でMBA取得後、1997年にマイクロソフト入社。オフィスからオフィス365への転換を推進。2020年にエグゼクティブ バイス プレジデント、2023年10月からCMOを兼任(撮影:尾形文繁)

例えば2019年、サティア(・ナデラCEO)と当時の吉田(憲一郎)社長とのクラウド提携に関する覚書締結の発表を私は手伝っていて、そこから実際にいろんなプロジェクトが生まれている。

ソニーのアイトリオスというIoTサービスのアジュール上での運用・サポートや、(ビデオ会議ツールの)Microsoft Teamsへの参加に便利な(ソニー製イヤフォンの)リンクバッズの認定機種などだ。

そんな中でこの問い合わせをもらい、(生成AIアシスタントの)コパイロットや生成AIの世界と、川西さんのチームが持っているビジョンの相性がすごくよかったので、ぜひサポートさせてもらおうという流れになった。

――モビリティーに生成AIが絡むことで、具体的にどのような付加価値が生まれるのでしょうか。

川西 ひとくくりで言ってしまうと、ユーザーエクスペリエンスだ。


川西泉(かわにし・いずみ)/ソニー・ホンダモビリティ 社長兼COO(最高執行責任者)。1986年ソニー入社。FeliCa企画開発部門長、モバイル事業の取締役などを経て2016年から執行役員。2021年ソニーグループ常務。2022年9月から現職(撮影:尾形文繁)

モビリティーにおけるユーザーエクスペリエンスを考えると、運転する楽しみは当然あると思う。ただ、自動運転の世界が到来し、隣に会話できる人も乗っていなかったときに、代わりとなるものは何なのかと。そういったケースにおいて、コミュニケーションやエンターテインメントの手段として可能性があるのではないか。

沼本 ビル・ゲイツの時代から「Information at your fingertips(指先で情報を)」という考え方でやってきたが、皆さんの情報収集や生産性を向上させるうえで、今まで車の世界は別空間という感じだった。それがこの協業によって、当たり前のように車の中でも情報を扱えるようになっていく。

AIの活用先は車内空間に限らない

――パートナーシップの下での取り組みは、いつ、どこで何からスタートするのでしょうか。

川西 サービスをうちで開発する時に、マイクロソフトの技術的なソリューションをどれだけ活用できるか、今まさに(検証を)やっているところだ。いろんな交流の中で、開発体制は作れると思う。

個人的には、あまりモビリティーにこだわっているわけではない。(生成AIは)スマホの利用時などいろんなシチュエーションで使えるものだと思っている。

――例えば、車を乗り降りする前後に利用するスマホアプリやサービスなどについても、生成AIを活用して開発できる余地があると。

川西 そうだ。僕は(車を)ユーザーエクスペリエンスとしてしかとらえていない。たまたま「車に乗っている」という時間なだけだ。

一方で、人間は別にずっと車に乗っているわけではない。

――ソフトウェアが車の価値を定義する「SDV(Software Defined Vehicle)」という考えが出てくる中、何がこれからの車の競争力を左右すると考えていますか。

川西 車は高額なので、それに見合うだけのものが必要だろうなとはつねづね思っている。

そのときに何が大事か。ソニー・ホンダというよりはソニー目線になるが、既存の自動車を見よう見まねで作り直すのでは、何の意味もないですよね。それはホンダさんなり、トヨタさんがやっているので、そこにあえて出ていく必要はない。

そうでない進化を遂げられる可能性を見極めて、走る・曲がる・止まるという基本性能とは別の進化ができるだろうと。何かというと、モビリティーの中で圧倒的に遅れていたIT的な進化だ。

モバイルの進化と同じようなことが、モビリティーにも起きると考えている。

ビジョン実現のサポート役に徹する

――ソニー・ホンダに限らず、マイクロソフトから自動車メーカーに対して、何かこれまでに生成AIを用いた印象的な提案事例はありましたか。

沼本 とくにそういうような観点はない。

うちの会社のミッションは、地球上のすべての個人と組織人が、より多くのことを達成できるようにする、ということ。あくまで各パートナーがやりたいことを、うちの要素技術を用いて、水平的にサポートしている。

なので、われわれとしてはソニー・ホンダのビジョンの実現をサポートする、同じく協業しているメルセデス・ベンスのビジョンもサポートする、ということに徹している。

逆に「この業界・産業はこうあるべきだから、皆さんこうやってくれ」というスタンスではまったくない。


ソニーとの橋渡し役を務めてきたマイクロソフトの沼本氏(左)と、モビリティー担当となる前から生成AIに関心を寄せていたソニー・ホンダの川西氏(撮影:尾形文繁)

――今後、このパートナーシップで目指していくことは。

川西 モビリティーの未来を見せていきたい。完成度はともかく、自分たちが子供のときに想像した未来の車を実現させることがミッションだ。

SF映画の中には、自然対話のように人とコンピューターが話すシチュエーションはいろいろあったと思う。そういったものを実現することが大事ではないか。

沼本 うちはあくまで、パートナーのビジョンをサポートするのがミッション。その中で、キーワードとしてクラウドとAIにはもちろん興味がある。そこでどう貢献するか、ということだろう。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)