次世代のスポーツ視聴の在り方について話が尽きない藤田晋氏(左)と笹本裕氏【写真:松橋晶子】

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ABEMA/サイバーエージェント・藤田晋氏とDAZN JAPAN・笹本裕氏がTHE ANSWERで対談

 新しい未来のテレビ「ABEMA」を手掛けるサイバーエージェント社長・藤田晋氏と、スポーツチャンネル「DAZN」を運営するDAZN JAPAN・笹本裕CEOの対談が「THE ANSWER」で実現した。2月にABEMAでDAZNのコンテンツを視聴できる新プラン「ABEMA de DAZN」を発表したばかりの両社。後編では、近年急速に普及しているスポーツの有料放送について語った。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 前編では「ABEMA de DAZN」が誕生した背景から、ユーザーや両社にもたらされるメリットまで語った藤田氏と笹本氏。話題は、スポーツの有料放送の今と未来に移った。お金を払ってスポーツを見る時代。それがユーザー、そしてスポーツ界にもたらす影響とは――。

――近年、有料放送によるスポーツの視聴が増えています。無料だったものが有料になり、一見するとユーザーの負担ばかりに目が行きますが、特にアメリカのボクシングではイベントごとに有料で視聴権を購入するペイ・パー・ビューにより選手への巨額のファイトマネーとして還元されたり、ファンが待望するビッグマッチが実現したり、競技そのもののレベルアップにつながっていく側面もあるわけです。こうしたスポーツをめぐる有料放送の意義について、お二人の考えをお聞かせください。

藤田「この変化が本当に劇的に起きたのは、つい最近ですよ。有料ではないですが、ABEMAで放送したFIFA ワールドカップ カタール(W杯)は、アカマイという世界的なネットワーク会社が『(ネット配信で)この規模をさばくのは世界的な例がない』と言っていました。野球のWBCもありましたが、ネットでスポーツを見ることが当たり前になったのはW杯が大きかった。その数か月前にペイ・パー・ビューで放送した『THE MATCH』の那須川天心―武尊の試合も凄い券売数でした。ユーザーはお金を払ってスポーツ中継を見ることにどんどん慣れてきています。昔から技術的にはできたものの、高速ネットワークの普及、処理能力の向上などデバイスの進化などの背景もあります。有料の中継による収益でスポーツ業界が潤い、業界を発展させることができる。非常に良い流れになってきたと思いますね」

笹本「日本のスポーツ界というポテンシャルは計り知れないものがあると思います。プロからアマチュアまで幅広く、アジアという視点で見た時、日本は(他国から)憧れのマーケットでもあるので、もっと日本のスポーツが海外でも見られてもいい。今はサッカーや野球となどのメジャースポーツになりますが、スポーツと言えるジャンルは広くて、例えば将棋も可能性がある。そういうものが広がっていくことで、先ほど(前編)の地方創生もあるでしょうし、大げさに言うと日本の経済にも寄与していくことになると思います。有料放送がそこに還元できるような存在になれると、さらに非常に良い流れになりますね」

――そうしたメリットもありながら有料放送にアレルギーを持ってしまうユーザーがいるのも事実です。もっと事業者側からその認知を積極的に広げていくべきなのか、時間とともに認知は自然と広まっていくものなのか、そのあたりの課題感はいかがでしょうか。

藤田「ペイ・パー・ビューのようなものが普及したのは、コロナ禍でアーティストがリアルにライブを開催できずにペイ・パー・ビューでオンラインライブを実施したことが大きい。我々もペイ・パー・ビューが収益の柱になる規模になっている。慣れも大きいと思います。“地上波で無料”が当たり前だったころから変わってきている。今、スポーツの放映権が高騰している状況。一方で、それでもファンは見たい。それなら、お金を払って見ようとなっていくと思いますね」

――最近はW杯予選やアジアカップなどのサッカー日本代表の公式戦すら地上波で放送されないということがありました。そんな中で高い放映権を買ってでもファンに届けていくというのは、有料放送のひとつの役割、責任でもあります。

藤田「先ほど(前編で)DAZNが獲得している試合の放映権の金額がどれだけかかっているか、なかなか世間に認識されていないと話しましたが、地上波のテレビもそれを支えるだけの収入がなければ放送できないですよね。テレビの視聴率が全体に下降傾向の中で、これは時代の流れで、仕方ないんだと思います。だからこそ、安心して見られる新たな環境を作らなければいけないという責任を感じていますね」

笹本「そうですね。30年前は水道水を飲んでいたものが、今はペットボトルで水を飲むのが当たり前の時代。時代によってニーズに変化があり、製品との接し方は変わっていくものですよね。普通の水道水では駄目なわけで、パッケージをしっかり作る、水の源泉がどこなのか、水に対する創意工夫が求められ、消費者はその対価をお支払いされる。同じように、ただスポーツのライブというだけでなく、見せ方、多様な参加の仕方が、技術も含めて僕らに今後求められてくる。なので、その投資もしていかないといけない。エコシステムとして、価格設定についてはご理解いただけるとありがたいです」

スポーツ視聴で大きかったカタールW杯とWBC「パラダイムシフトくらいの変化」

――スポーツの視聴体験で言えば、2022年11〜12月にカタールW杯があり、2023年には野球のWBCがあり、日本がひっくり返るような盛り上がりを見せました。短期間で非常に稀な出来事だったと思いますが、この2つのイベントが与えた影響はどうお考えでしょうか?

藤田「パラダイムシフトくらいの変化が僕は起きたと思います。ネットでスポーツコンテンツを見ることを1度体験すると、それが当たり前のようになって、場所を選ばず、それこそ時間も調整して見るというスポーツ視聴体験を知った人が凄く増え、これからスポーツを見る時にネットでの視聴が選択肢に入るようになりました。カタールW杯とWBCがぐっとスポーツ視聴の可能性を広げたなと思いますね」

笹本「僕も文化的な話と技術的な話で思うところはあります。技術的な話では、インターネットの黎明期からすると、考えられない視聴体験が今あるわけです。特にスポーツのようにリアルタイムで見るものが最も熱量が高い。それを技術で叶えてきたのは、黎明期からインターネットに携わっている僕らとしては感慨深いですが、それもさらに進化していく。文化的な面では世界の大会で、日本の選手・チームがこれだけ戦い、活躍できると世界でも評価されるようになったことが、スポーツ界の可能性を劇的に拓いたと思います。なので、その火を消さないようにより多くの方に接していただいて、DAZNの役割としては世界も含めて広げていけたらなと思います」

――大谷翔平投手というスーパースターの存在が出てきたことはどう捉えていますか?

藤田「彼の場合はスポーツのライトファン層がどうこうじゃなく、もう“国民の大谷翔平”なので例外だと思います。ABEMAでもMLBを生中継していますが、大谷が出ると出ないで話が違ってきます」

笹本「言い方はちょっと不適切かもしれないですが、宇宙人みたいな方じゃないですか。漫画みたいなことをやってしまっている。サッカーで言うとキャプテン翼がリアルに出てきてしまった存在が大谷翔平さんだと思うので、日本を超えた存在。万人受けはなかなかないはずが、リアルに存在する方なので、不思議な感覚ですよね」

――コンテンツとしてのスポーツについてもお聞きします。音楽、映画、芸術など、世の中にはあらゆるコンテンツがあふれていますが、スポーツにしかない価値はどんなところに感じていますか?

藤田「スポーツには筋書きがないドラマがある点ですね。みんなで体験できる同時性もあり、物凄い瞬間に立ち会えることもある。もちろん(期待を)外すこともありますが、それも筋書きがないからこその魅力ですね」

――藤田さんは小さい頃からスポーツを見てきて、震え上がるほど興奮した時はありますか?

藤田「それはもうゼルビアがJ1昇格を決めた時ですね。思わず叫びました(笑)。長友が『ブラボー!』と言った気持ちがわかりました(笑)」

笹本「やはり、そのくらい筋書きがないから粘着性が高まるでしょうし、その選手の背景にあるストーリーや、チームを応援している方々の想いが熱量として伝わってくる。ドラマとは異なる体験なんだと思うんですよね。物凄く人間臭いのがスポーツ。ドラマもそういう人間くささを出せるとは思いますが、脚本ありき。それが全くないのがスポーツなんです。どんなに技術が進化しても、それは代替できないものではないでしょうか。だから、スポーツの人間臭さに特別なものを感じますね」

――スポーツコンテンツの人気という面では今後をどう見通していますか?

藤田「笹本さんのお話で『ストーリー』という言葉が出てきましたが、それがあるとないとでは面白さが変わると感じますね。毎年、僕は元日の社会人駅伝(ニューイヤー駅伝)をハラハラしながら見ているんですが、親しくしているGMOインターネットの熊谷社長が、あの大会でどうしても勝ちたくて、凄い熱の入れようで。自分でアフリカに行って、選手をスカウトして、飛行機に乗せて帰ってくるくらい。それだけ懸けているけど、なかなか勝てない。でも、その過程を知っているだけで、面白さが全然違う。ABEMAのニュース、バラエティー、ドラマも含めて、スポーツコンテンツが持つそのストーリーを伝えることでも、もっとスポーツの価値を高められそうだなと思います」

ABEMAとDAZNが見据える未来「日本のスポーツはまだまだ未開拓」

――今回リリースされた「ABEMA de DAZN」ではスポーツの好きになってもらうきっかけが大切というお話をされましたが、ただスポーツ界にはライトなファン、いわゆる“にわか”の存在を嫌う層があり、業界全体の発展を考える上では悩ましさもあります。

藤田「それは頭が痛い問題ですね。もちろんコアファンは昔から好きで、応援しているが、にわかファンを排除しようとする人もいる。仲良くやって欲しいと思います」

笹本「本当にそうですね。でも、どちらかと僕自身がにわかに近いのかなと思っているんです。例えば、(サッカー・プレミアリーグの)マンチェスター・ユナイテッドのファンではないのですが、あの赤いシャツがカッコいいと思って買ったら、熱狂的なマンUのファンの方にあの選手がどうのこうのと声をかけられて困った経験があります。でも、ファッションとスポーツの親和性、音楽とスポーツの親和性、いろんなスポーツの親和性があるので、自分が応援しているチームのユニフォームを着てくれている人が増えていくことがそのチームが盛り上がっている象徴だと感じてもらえると、より良い環境になっていくんじゃないかなと思いますね」

――最後に。ABEMAやDAZNが今後のスポーツの視聴体験をどんどんとさらに変えていくと思いますが、その未来をどんな風に考えているのでしょうか。

藤田「今、人気スポーツを中心に見られているところから、収益の幅も広がることによって、いろんなジャンルのスポーツが収入を得て、人気になり、その業界の発展につながっていく、という循環ができてくると思います。ネットは編成の尺にとらわれず、放送時間を気にせず配信ができ、放送するジャンルの自由度も高いので、そこにファンになる人たちが増えていく。スポーツ自体の未来は明るいと感じますね」

笹本「ジャンルに相関して、スポーツには見るところから、実際に関わるところまでの体験が伴っています。例えば、私も子供の時はリトルリーグをやっていましたが、親に週末送り迎えもしてもらい、家族で参加するという教育的な側面もある。一方でプロの世界では、大谷翔平選手のように物凄い金額で契約したことで彼の価値が可視化され、可能性をすごく切り開いてくれた。教育的なところからビジネス的なところまで幅広いのが、スポーツが持っている役割。DAZNでもその一端を関わらせてもらい、こんな可能性がスポーツにあったんだということを僕らも知りたいですし、多くの方に感じていただけたらと思います。

 話は逸れるのですが、昔、アメリカの友人に『NFLのヘッドコーチ(監督)とアメリカの一番有名な大学のアメフトのヘッドコーチ(監督)の給料、どっちが高くて、いくらだと思う?』とクイズを出されたことがありました。普通に考えるとNFL監督と思ったら大間違い、大学の監督と言い、そこにビジネスの論理があります。NFLは選手に多額の給料を払っているので、(当時の金額で)監督はせいぜい1億円くらい、大学は10億円なんだ、と。学生には給料を払っておらず、せいぜい奨学金くらい。一方で、ファンベースは物凄く多いし、マーチャンダイズ(商品)は応援グッズが毎年変わるので、収益も物凄い。そのエコシステムが日本にもあるべきだと思っています。

 ABEMAさんを通して試合を見て、例えばゼルビアのファンになって試合に行ってみたいというきっかけから変わっていく。もちろん我々は視聴料をいただいている立場なので、どうこう申し上げるのは憚られますが、一つのエコシステムとして回っていくことによって業界全体が成長し、その成長がファンにまた還元されていく循環をどこかで断ち切ってはいけないと思うんです。スポーツは、まだまだ日本は未開拓なんじゃないかと思いますね」

――本日はありがとうございました。

■藤田 晋 / Susumu Fujita

 1973年5月16日生まれ。大学卒業後、人材派遣会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)を経て、1998年にサイバーエージェントを創業し、代表取締役に就任。2000年に26歳で同社の東証マザーズ上場を当時史上最年少で果たした。「ABEMA」は2016年に開局し、代表取締役に。スポーツ領域では2018年に当時J2だったFC町田ゼルビアの代表取締役社長兼CEOに就任。子会社のCygamesが開発したゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のヒットを受け、2021年から馬主活動も始めた。

■笹本 裕 / Yu Sasamoto

 1964年9月4日生まれ。大学卒業後の1988年に人材大手リクルートに入社。2002年にエム・ティー・ヴィー・ジャパン代表取締役社長兼CEOに就任した。以降は2007年からマイクロソフト常務執行役員、2009年から同社常務執行役員、2014年からTwitter Japan代表取締役などを歴任。今年2月5日にDAZN Japan最高経営責任者(CEO)兼アジア事業開発に就任した。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)