データで読む日経平均株価「バブル超え」の真実
2月22日、日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新した(写真:Bloomberg)
2024年2月22日、日経平均株価の終値がバブル絶頂期の1989年12月29日の3万8915円87銭を上回り、史上最高値を更新した。実に34年ぶりだ。
バブル崩壊後、長期にわたり停滞を続けてきた日本経済だが、歴史的な世界インフレに端を発した2022年からの国内インフレは、企業の値上げや賃上げを促し、日本経済のマインドセットを変えつつあると指摘されている。インフレ下でも企業業績は順調であり、長年の「デフレ経済」からの完全脱却に期待が集まっている。
その意味でも、今回の日経平均株価の最高値更新はシンボリックな事象だ。ただ、株式関係者がお祭り騒ぎになるのはいいとしても、この間の日本経済の構造変化や今後の方向性については慎重に考える必要がある。
ここでは、1989年と現在の違いをデータで読み解き、それらについて考えていこう。
東証時価総額はすでにバブル期を超えていた
最初に指摘すべきは、東証全体の株式時価総額という点では、とうの昔にバブル最盛期超えは済んでいたという事実だ。日本取引所のデータによれば、2024年1月末の東証時価総額は931兆円で、1989年末の611兆円を300兆円以上も上回っている。
【2024年2月26日14時30分追記】初出時の東証時価総額の時期に誤りがありましたので修正しました。
東証時価総額は、アベノミクス期の2015年5月末に620兆円を記録し、このとき初めて一時的ながらバブル最盛期超えを果たした。2017年央以降はコロナ禍による暴落などを除けば、ほぼ恒常的にバブル最盛期を超える水準で推移している。
これは東証上場会社数の増え方を見れば、当然の話だ。1990年は1752社(1989年のデータは未確認)。その後、新興市場の拡大などにより東証上場会社数は増え続け、2023年には3933社と1990年比で2倍以上になっている。
逆にいえば、現在の上場1社当たり株式時価総額はバブル最盛期より3割ほど低い水準だ。現在の東証時価総額の高さは、バブル最盛期との比較では「数量効果」が大きいと言えそうだ。
1989年から現在まででは、家計保有の株式等・投資信託受益証券の時価総額は約1.5倍に増えている。これはこの間の東証時価総額の増加率とほぼ同じ。「貯蓄から投資へ」という政府のかけ声の割には、現預金中心である家計の金融資産保有の姿勢はさほど変わっていないようだ。
興味深いのは、バブル最盛期に株とともに暴騰した不動産価格の状況だ。内閣府のデータによると、1989年から2022年では、ストックの国富全体は3231兆円から3999兆円と1.2倍程度に増えている。
しかし、その内訳を見ると、土地は逆に2266兆円から1309兆円に低下したまま。まだ4割安の状態だ。バブル最盛期超えと言っても、それは株価だけのこと。復活したのは、「金融成金」であって、「土地成金」ではないということだろう。
なお、この間に国富が増えた最大の要因は、生産設備や在庫などで構成される生産資産の大幅増だ。
1989年から2022年の間に914兆円から2260兆円と2.5倍になった。同じ時期の経済規模(名目GDP<国内総生産>)が2.5倍になったかといえば、もちろんそうではない。つまり、生産資産1単位当たりから創出される経済付加価値は減っているわけで、この付加価値生産性の低さが日本経済の抱える病巣にほかならない。
では、次にその名目GDPについて見ていこう。
名目GDPでわかる日本の低成長ぶり
2023年の名目GDPはインフレの影響もあり、前年比5.7%の591兆円となった(インフレ影響を除いた実質GDPの伸びは同1.9%増)。1989年の410兆円に対して、約1.4倍だ。
一応増えてはいるが、1989年から2022年の名目GDPの伸びでは、世界経済全体は約5倍、先進国でも例えばアメリカは約4.5倍になっている(いずれも世界銀行の推計)。日本の低成長ぶりは火を見るよりも明らかだ。
さらに、この低成長自体も女性や高齢者の就業率向上に下支えされて何とか実現したというのが現実だ。
日本の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少へ転じているが、上表のように2023年の就業者数は1989年を上回った。女性の社会進出が進んだり、健康寿命の延伸から高齢者の「Work Longer」が進展したりしたことは喜ばしいが、この効果はいずれ一巡し、永遠に続くわけではない。
株価について考えた場合、より興味深いのは次のGDPの分配面だ。
まず、家計が受け取る賃金である雇用者報酬は、1989年から2022年の間に名目GDPと同程度の約1.4倍の伸びとなっている。ここまでは普通だ。
大きな変化が見られるのは、企業に分配される利益だ。株式投資家は株価水準の高低を考慮する際、その企業の株式時価総額を純益で割ったPER(株価収益率)を参考にすることが多い。
このように、株式時価総額が純益の何倍かという形で、投資家は当該企業の株価の割高感や割安感を推測している。
第1次所得受取に注目
マクロ経済で考えた場合、ざっくり言えば、企業利益は「営業余剰」というGDPの分配面の項目が該当する。上表を見ると、何と2022年の営業余剰は1989年を下回っている。ということは、PER的に考えると、現在の株価は「バブル」といえるのだろうか。
記者はこの表にだけ、2007年のデータを付け加えた。それは1989年以降の変化をより詳しく見るためだ。
2007年といえば、小泉純一郎政権後でリーマンショック前の時期だ。企業業績は好調で日経平均株価も2万円に迫るなど順調だった。
実は、この2007年の営業余剰は96兆円と2022年の64兆円はもちろん、1989年の73兆円をも上回っている。つまり、2007年当時の株高は、国内の企業利益を伴ったものだったと言える。
では、現在の日経平均株価は本当にバブルなのだろうか。その秘密を解くカギは、上表の経常収支における第1次所得受取にある。
これは主に日本企業の海外直接投資(海外工場建設など)から得た利益に該当する。株価を決める連結決算の視点では、海外子会社の利益をカウントする必要がある。そのため、この第1次所得受取と営業余剰を足したものを連結企業利益と考えなければならない。
第1次所得受取は2022年に55兆円を記録し、1989年の16兆円を凌駕する。「営業余剰+第1次所得受取」では、1989年の89兆円に対し、2022年は119兆円と見事に逆転している。
なお、2007年の第1次所得受取は23兆円であり、1989年当時と大きく変わっていない。2007年の「営業余剰+第1次所得受取」は119兆円で、2022年と同額だ。
しかし2007年当時は、長期停滞を続ける国内市場での利益への依存度が高かった。その後、2000年代後半から日本企業による生産拠点の海外シフトが大きく進展し、現在では、高成長が続く海外での利益が株価に影響を与える度合いが増えている。
それを裏付けるように、ストックの海外直接投資残高では、1989年の21兆円、2007年の62兆円に対し、2022年は274兆円まで拡大している。
輸出面を見ても、日本経済の海外需要依存の高さは明らかだ。
1989年から2022年では、財・サービス輸出は2.8倍、このうちモノの輸出でも2.6倍になっている。
2010年代後半以降は、インバウンド(訪日外国人観光客)の拡大がサービス輸出の増加を後押ししたが、1989年からの33年間では、モノの輸出も産業競争力の低下が指摘される割には大きな増加となっている。ちなみに、上表のように1989年と2023年ではドル円の平均レートに大きな差はない。
昨今は輸入化石燃料高で貿易収支は悪化し、ネットの輸出入では営業余剰に貢献しにくいが、日本製の資本財や最終製品の需要において海外依存が高まった点は変わりがない。
一方、同期間の国内需要(民需+公需)は名目GDPと同様の1.4倍の伸びにとどまった。賃金低迷や雇用・将来不安などによる内需の停滞が日本経済の低成長に直結している。
ただ、株価の側面で考えた場合、そうした内需停滞の影響を海外進出や輸出の拡大で日本企業は回避し、連結利益を拡大させている。よく言えば、「グローバル化の成功による最高値更新」、悪く言えば「最高値更新でも国内は空洞化」というのが、今の日本を表すものとなるだろう。
最後に日本経済のもう1つの課題である国家財政について見てみよう。
1989年度の新規国債発行額は6.6兆円だったが、2022年度はコロナ・インフレ対策の補正予算が組まれたため、62兆円まで膨れ上がっている(2023年度以降は30〜40兆円台の見込み)。
民間の国内投資不振を埋めて、国債残高が激増
この間、一般会計での国債依存度は10.1%から44.9%に拡大し、国債残高は160兆円から1042兆円に激増した。
一方で、本来的には投資超過セクターであるはずの企業部門は2000年代から貯蓄超過に転じ、2022年度の民間非金融法人の現預金は空前の339兆円まで膨らんでいる。1989年度と比べると、経済規模は1.4倍しか増えていないのに、企業部門の現預金保有は2.3倍になっている。
これは、国内での民需や民間企業の資金需要の弱さが原因であり、その不足を埋めて財政赤字と新規国債発行を増やしてきたのが政府だと言える。
今回の日経平均株価のバブル最盛期超えは、日本企業のグローバル化の一定の成功を反映する一方、国内投資、国内需要の弱さというアキレス腱は抱えたままであることを認識する必要があるだろう。
冒頭で触れたように、インフレを奇貨として始まった日本企業の高水準の賃上げが、今後も継続して進展するのかが問われている。
(野村 明弘 : 東洋経済 解説部コラムニスト)