18歳の光源氏が「10歳の少女」に心奪われた深い訳
(イラスト:花園 あずき)
大河ドラマでも話題の『源氏物語』。現代人の感覚からすると、ツッコミをいれたくなるような、コミカルな要素もある作品です。そんな奥深い源氏物語の魅力を解説した、西岡壱誠氏著『東大生と読む 源氏物語』を一部抜粋・再構成してご紹介します。
紫式部の波乱の人生を描いた2024年の大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合、日曜20時〜)をきっかけに、多くの人が「源氏物語」に注目しています。
1000年前に描かれた、世界最古の長編小説である源氏物語。その物語は多くの作品に影響を与え、いろんな物語の源流になったとも言われています。
「若紫」で描かれる衝撃的なシーン
さて、そんな源氏物語ですが、再度読み返してみると、現代人としては「ええ!?なんでこんな展開になったんだ!?」とツッコミを入れたくなるようなシーンも多いです。
例えば、第5帖の「若紫」では、かなり衝撃的なシーンが描かれています。主人公の光源氏(18歳)が、10歳の少女に心惹かれ、強引にその少女を攫って自宅に囲い込んでしまうのです。
もちろんいろんな経緯があったのですが、それでも主人公が幼女を誘拐し、妻にしてしまったことには、違いありません。
なぜ「世界最古の長編小説」でこんなシーンが描かれたのでしょうか?このシーンについて、掘り下げたいと思います。
そもそも、なぜ光源氏は10歳の少女・若紫に恋をしてしまったのでしょうか? 光源氏が若紫のことを目にするシーンは、こんなふうに描かれています。
原文:限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。
現代語訳:(なぜこんなに自分の目がこの女の子に引き寄せられるのか、その理由は、)「限りなく心を奪われている藤壼によく似ているからだ」と気がつき、光源氏は涙を流した。
主人公の男性が、10歳の少女を見て涙を流しているというかなり衝撃的なシーンですが、注目すべき点は「いとよう似たてまつれる」というところです。
実は、この少女は、光源氏の思い人である「藤壺」という女性と似ていました。後々、少女は、藤壺の親戚であることが判明します。この少女のことを光源氏が好きになったのは、藤壺と似ていたからなのです。
少女に似ていた継母の存在
しかし、なぜ涙を流しながら彼女のことを見ているのか? それは、藤壺という女性が、光源氏と決して結ばれるはずのない相手だからです。というのも、藤壺は実は、光源氏ではなく、光源氏の父である天皇の妃なのです。つまり光源氏は、継母に恋をしてしまっているわけです。
「なぜ、この女の子に魅かれたんだろう?そうか、この子は、藤壺と似ているのか」と気づくのが、このシーンなのです。ここではじめて、結ばれるはずのない藤壺への思いがどこまでも深いことに気づき、驚きとともに、涙が自然と流れるわけですね。
さて、その後、この少女についての詳しい事情が明らかになります。この時10歳の少女であった若紫は、祖母と一緒に暮らしていました。その理由は、お母さんが早くに亡くなってしまっていたからです。
この当時はよくある話ですが、若紫のお母さんは、「正妻」ではありませんでした。この時代、男性は多くの妻を持つのが当たり前の、一夫多妻制の時代でした。そして、その中でもいちばん、位の高い妻が、「正妻」となります。
若紫のお母さんは正妻ではないために、正妻の家から多くの嫌がらせを受けてしまい、若紫が幼いころに心労を募らせて亡くなってしまった過去を持っています。
そんな経緯があったため、光源氏と出会ったときの若紫は、お父さんとも離れて、母方の祖母と一緒に暮らしていました。そこに、光源氏は足しげく通うようになります。
しかし、半年が経ったある日、その祖母が亡くなってしまったのです。そうなると、父に引き取られることになります。今まであまり会ったことのないであろう、自分を愛しているかもわからない父親に引き取られるのは、とても悲しい出来事ですよね。そしてそんな若紫のことを案じ、「父親に引き取られる前に、自分の元に置いておきたい」と考えた光源氏によって、若紫は略取されることになります。
「主人公がなんでそんなことを!?」とツッコミを入れたくなるシーンではあるのですが、実はこれにもいろんな考察ができます。
光源氏も小さいときに、若紫と同じ境遇にいました。正妻ではないお母さんが、正妻の家からの嫌がらせによって、亡くなってしまった経験をしていたわけです。自分に重ねるからこそ、祖母を亡くした若紫のことを案じていたのです。
「自分のもとで、幸せに暮らさせてあげたい」と考えて、光源氏が引き取り、その苦境から救い出す……という展開に話が進むことになったわけです。
紫式部も母親を早くに亡くす
ちなみに、作者である紫式部も、早くに母親を亡くしています。ドラマ「光る君へ」では、1話で悲劇的な死を迎えましたね。ドラマの展開は創作を含んでいるので、実際に紫式部の母親がどのように亡くなったかはわかりませんが、光源氏と若紫・そして紫式部の3人は、「母がいない孤独感を味わったことがある」という共通点があり、だからこそ、「苦境から助け出して(助け出させて)あげたい」という想いが重なったのではないでしょうか。
光源氏は、若紫の祖母が亡くなったときに、父親に若紫が引き取られることを聞いて、こんなふうに述べているシーンがあります。
原文:「頼もしき筋ながらも、よそよそにてならひたまへるは、同じうこそ疎うおぼえたまはめ。今より見たてまつれど、浅からぬ心ざしはまさりぬべくなむ」
現代語訳:「(若紫の)父親という頼れる関係性ではあっても、ずっと別々に暮らして来られたのだから、他人同様にうっとうしく思われるだろう。わたしは今からお世話申し上げるわけだが、わたしの深い愛情は父親以上だろう」
父親に育てられるのが幸せとは限らず、若紫のことを考えた結果として、光源氏は若紫のことを略取したというわけですね。
さて、このように、その当時の時代背景や、作者の経験を知れば知るほど、源氏物語はより面白く・奥深くなっていきます。ドラマ「光る君へ」を見ながら、源氏物語も読んで、ぜひ楽しんで見てもらえればと思います。
(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)