一日12時間の肉体労働で月収34万…ホワイトカラー→宅配ドライバーに転落した53歳男性が語る日本社会の非情【2023編集部セレクション】
※本稿は、増田明利『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)の一部を再編集したものです。
■食事時間は15分“貧乏暇なし”の宅配ドライバーの日常
出身地:山梨県甲府市 現住所:東京都中野区 最終学歴:大学卒
職業:宅配ドライバー 雇用形態:個人事業主 収入:月収34万〜37万円
住居形態:持家、相続したためローンなどはない
家族構成:妻、長男、次男 支持政党:自民党以外
最近の大きな出費:家族全員のインフルエンザ治療代(合計で約1万2200円)
都営アパート近くの交通量が少ない一方通行路。軽ワゴン車を停め、やっと昼食にありつけたのは昼2時近くになってから。
「朝は7時頃にコンビニで買ったミニあんぱん5個と牛乳。それから7時間近く経っているのでもう腹ペコです。血糖値が低くなっているのか生欠伸が出てくるほどですよ」
待望のお昼ご飯は、道すがら見つけたスーパーで買ったおにぎり弁当。中身はたらことツナマヨのおにぎり、鳥の唐揚げ2個、オムレツ、マカロニサラダと漬物が少々。あとは缶入りのコーンスープ。消費税込みでも500円足らずの粗末な食事だ。
「どこでもいいから店に入ってゆっくりしたいのですが時間がもったいなくてね。たいていは総菜パンや弁当を買って車の中で食べています」
食事時間はせいぜい15分でまたエンジンをかけて走り出す。
「今は請負の宅配ドライバーをやっていまして。完全出来高制だから収入を増やすにはとにかく配達数を上げなきゃならないんです。悠長に休憩なんてできない、貧乏暇なしとはこのことだと思う」
宅配便の仕事をするようになって約2年半になるが、それ以前はホワイトカラーのサラリーマンだった。
「大学を出て中堅クラスの食品会社に入社したのは90年(平成2年)でした。営業や工場の管理部門などで働いていたけど何度かリストラがありまして。紆余(うよ)曲折があって宅配の仕事に辿り着いた次第なんです」
リストラの原因は売上げ、利益の減少に歯止めがかからなかったから。
「デフレの影響が大きかったんでしょうね。2005年頃から小売店さんの値引き要求が厳しくなってきた。原材料費は上がっているのだから儲けが出るわけない。スーパーの目玉品として大量に納入しても利益は小さい。安い中国産も入ってくるので商売にならなかった。高級路線でやってきたわけじゃないから淘汰(とうた)されたわけですよ」
■49歳で通勤管理人に転じるも「悲しくなるほどの低収入」
退職したのは2017年3月末。規定の退職金に若干の上乗せがあったが再就職の支援などはなし。あとは自分で何とかしてくれという感じだった。
「再就職活動を始めたときが49歳。同業他社でこんなオッサンを採るわけがない。中高年の事務、営業などは求人が最も少ないんです、なのでハローワークの指導でマンション管理士の職業訓練を受け、資格を取って建物管理会社に入ったんです」
通勤管理人として2つの大型マンションに派遣され、ゴミ出し、共用部分の清掃、駐車場の管理、簡単な営繕作業などを担当していた。
「その地域のゴミ収集日に合わせて月水金はこっち、火木土はあっちというローテーションでした。仕事そのものはどうっていうことはない、危険な作業もなかった。だけど低賃金、悲しくなるほどの低収入でしたね」
身分も半年ごとの契約社員。賃金は日給8800円で、住宅手当、扶養家族手当などは一切なし。月25日働いても月収は22万円が限度だった。
「手取りだと18万円台の前半でした。明細書を見てもため息しか出ません」
奥さんもパートで働くようになったが合計しても生活費全般として使えるのは26万円前後。生活できないということはないが、豊かで少し余裕があるような暮らしは送れなかった。
■「やった分だけ収入になる」という甘美な文言
「もうちょっと稼ぎたいと思って別の働き口を探し始めまして。またハローワーク通いしたり求人情報誌をチェックしたりしていたんです。そんなときに目に入ってきたのが今の仕事なんです」
雇われないという新しい働き方、やった分だけ収入になる、万全のバックアップ体制、平均月収40万円超、50万円以上も可能……。こういう文言がなぜだか輝いて見えてしまった。
「説明会に参加してシステムを聞いたら加盟金などは必要なし、車両は持ち込み、荷物1個につきいくらという契約だということでした。会社と業務委託契約を結んで働く個人事業主という説明だった」
自家用車として乗っていたファミリーカーを売却し、そのお金で中古の軽ワゴンに買い換え、ボディに契約した貨物運輸会社のロゴ入りステッカーを貼ってスタートしたのが19年10月のこと。
「よーし、稼げるだけ稼ぐぞって意気込んで始めたけど、稼ぐのは簡単じゃなかった」
配達する荷物の単価は大きさ、重さで細かく分けられていて80円から160円。平均すると約140円ぐらい。
「1日に配達する荷物の数は少なくて100個、多いときは120個くらいです」
必然的に労働時間が長くなる。営業所に出勤するのが朝7時30分頃、荷物を積み込んで出発するのが8時ジャスト。ここから集荷と配達を繰り返して終了できるのは早くて夜8時、道路事情が悪かったり不在で再配達が何度もあると9時でも終わらないことがある。
「1日の仕事の流れとしては1便が通販会社の荷物で地方の名産品やら化粧品、小物家電品、書籍などが大半です」
■4週6休、12時間の肉体労働で月収34万円
約30軒に配達し終了すると、その足で会社が契約しているスーパーへ直行する。
「ここで積み込むのはお米、ミネラルウォーター、カップ麺、ビールや清涼飲料水、レトルト食品がほとんどです。1軒で5キロのお米を2袋とミネラルウォーターを2ケースとか、24本入りの缶ビールのケースを2つとカップ麺を1箱、ウィスキーとか焼酎のジャンボボトルを5、6本。こんな感じです」
スーパーの配達は2便あり、午前便分が終わった2時前後にようやく昼休憩を取れる。時間が押して休憩を取れないときは運転しながらコロッケパンとかカレーパンを食べておしまいということもある。
「もう一度店に戻って2便目の荷物を積み込み、配達し終えるのが夕方5時頃です」
仕事はまだ続き、次に向かうのはホームセンター。当日配送の18〜20時の時間指定された荷物を積み込んでまた走り回る。
「ここの荷物は重たくてね。テレビ、布団、畳の上敷、組立て式の家具、自転車、ペット用品、介護用品。こういったものが多い」
20時までに配送し終えられるのはまれで、21時近くまでかかってしまうことも度々。客の方から時間指定してきたのに不在ということもあってイラッとすることがある。
「もう終わったときには一気に疲れが出てきます。エレベーターのない古いアパートや団地を多く回ると腕と太ももが痛くなるし」
仕事開始が7時30分で終業が21時近く。決まった休憩時間はなく15分〜20分の細切れ休憩を4、5回取るだけ。すると労働時間は12時間ぐらいになる。
「デスクワークじゃないでしょ、基本は荷物を持って駆け足。そりゃ疲れる」
収入も期待していたほどではない。
「4週6休、月24日稼働で34万円前後、休みを週1にしたら37万円ぐらい。これが精一杯です。モデルケースとして記されていた月収40万円とか50万円以上可なんて無理です。少なくてもわたしには出せない数字ですよ」
1カ月の労働時間は平均280時間前後だから、1時間単価はせいぜい1250円程度。近所にあるパチンコ屋がアルバイトを募集していて、時給が1450円となっていたから嫌になる。
「ガソリン代はもとより、車の維持費は全部自分持ち。タイヤ交換やオイル交換用に天引きしておくのを含めると4万円ぐらい出ていきます。これも大きいですよ」
運送会社の社員ではないから社会保険は自治体の国民健康保険と国民年金に加入しているが、この保険料も毎月6万円ちょっと払っている。
「こんなわけで相変わらず妻のパート収入が頼りなんです。情けなくなってくる」
■三が日は過労で動けず
体調も良くない。この仕事を始めて腕痛、腰痛、膝痛がひどくなった。休んでも疲れが取れず、ひどい倦怠(けんたい)感に襲われる日もある。
「やっぱり働き過ぎなんでしょうね。自分でも危険だと思うことがあるから」
特に昨年末はひどかった。12月はお歳暮とクリスマスが重なるので荷物の量が格段に増える。休みはたった3日で、大晦日も夜8時まで働いていたほどだ。初めて月収が40万円を超えたが労働時間は320時間もあった。
「三が日はどこへ行く気もなかった。寝正月というより過労で倒れていたのに近い」
最近は心配した奥さんに「もう辞めた方がいい」と言われている。
「妻が言うには、いつも顔色が悪いし人相も変わったと。まあ、自分でも鏡を見ると急に老け込んだなあと思います」
あくまで噂話だが、別の営業所に出入りしている委託ドライバーが突然死したという話を聞いたこともある。
自分の健康と同じく、事故に対する心配も大きい。
「ここまでは無事故でやってきたけどヒヤリとしたことは何度かある。特に終わり近くの夜間は怖い、朝からの疲れが影響しているのか睡魔に襲われて瞬間的に意識が飛ぶことがある。信号と信号の間400メートルくらいの距離を何も覚えていないことがありました」
一昨日の夕方には環七通りで2トントラックと乗用車、オートバイが絡む多重事故を処理している現場横を通ったのだが、こういうのを見てしまうとハンドルを握るのが怖くなる。
「社員じゃないからぶつけてもぶつけられても、会社が助けてくれたり事後処理をしてくれたりはしません。有給休暇もないから干上がってしまう」
■やり直せる社会なんて嘘っぱち
この仕事を始めてそろそろ3年になるが、正直なところ「失敗したなあ」「こんなことだとは思っていなかった」というのが本音だ。
「新しい働き方と言われ、いいかもしれないとやる気になりましたけど、現実には会社に都合のいい働かせ方だと思うんです。雇用契約がないから社会保険に加入しなくていい、健康診断もやらない、退職金も払わない。安く使うための方便だったと気付いたけど後の祭りです。しくじったと思いますね」
病気や怪我、事故の場合でも業務委託だから簡単に切られてしまう。やっぱりおかしいと思うのだ。
「辞めたらマンション管理人に戻るか、ハローワークでよく勧められた介護。さもなくば求人倍率が高い警備ぐらいしか行くところがない。それでも今よりはましかなって思うんです」
このままでは早晩、身体を壊すか事故を起こしてしまうかだと思うのだ。
食品会社をリストラされてよく分かったのは、やり直せる社会なんて嘘っぱちだということ。
「1度の失敗やつまずきでおしまい。これが本当のことですよ」
特別な資格や特技のない人間は、ひたすら長時間労働するか賃金の低い仕事に甘んじるしかない。こんな社会に希望があるのかと思う。
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増田 明利(ますだ・あきとし)
ライター
1961年生まれ。都立中野工業高校卒業。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』(彩図社)など多数。
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(ライター 増田 明利)