6日に放送された「あさイチ」の男性に対する性暴力特集。ネット上には、怒りや悲しみ、不安や共感などのさまざまな反応が書き込まれました(写真:ニングル/PIXTA)

6日朝に放送された「あさイチ」(NHK総合)の内容が話題です。実際に見て、驚いた人も多かったのではないでしょうか。放送中から放送後にかけてネット上には、怒りや悲しみ、不安や共感などのさまざまな反応が書き込まれました。

テーマは「みんなで考えたい 男性が受ける性暴力」

この日のテーマは、「みんなで考えたい 男性が受ける性暴力」。旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害騒動を受けたものであり、冒頭から同番組らしい真摯な制作姿勢がうかがえました。

まず鈴木奈穂子アナが「多くの未成年者が被害に遭う中でメディアとしての役割を十分に果たしていなかったと自省しています」などNHKのコメントを紹介。続いて池間昌人アナが「私たち『あさイチ』は、こうしたことの背景には性暴力への認識不足があったと考えています。そこであらゆる性別、あらゆる人に起こりうる性暴力被害について、これ以上被害を見過ごさないためにどうすればいいのか。2週続けて考えていきます」と語りました。

さらに鈴木アナは、「ぜひご自身のペースでご覧ください。もし途中で気持ちがつらくなってしまったら、ぜひ視聴をやめてあとから『NHKプラス』でご覧いただくこともできます」と語りかけ、「このあと性暴力被害について詳細な証言があります あらかじめご留意ください」のテロップも表示。自らの非を認め、被害者の心情に寄り添い、恒例の“朝ドラ受け”も行わないなど、「さすが『あさイチ』は信頼できる」と思わせるスタートでした。

ただそれでも、この日の男性に対する性暴力特集には、1つ大切な視点が欠けているところがあり、「誤解から別の被害を生むかもしれない」という危うさを感じてしまうものがありました。また、それは「あさイチ」だけの問題ではなく、他のメディアやSNS投稿する私たちにも該当する危うさでもあるのです。

被害者は誰で、加害者は誰なのか

特集は「妻のすすめで被害を打ち明けることにした50代男性」「のちに『あれは性被害だった』と気づいた30代男性」「被害を周囲に理解してもらえなかった20代男性」「小学生の息子が被害に遭った50代の母親」「適切な支援を得られず悩みを抱え続けた40代男性」「長い年月が過ぎた今年、友人に打ち明けられた60代男性」という6人のエピソードを軸に構成。さらに、視聴者から寄せられた50代男性の性被害エピソードが読み上げられました。

番組はこれらのエピソードを聞いた出演者たちがトークしていく形で進み、その合間には、「性暴力被害経験がある男性は推計2〜3割」(立命館大学 宮粼浩一氏の論文 2021)、「被害のことを『誰にも話していない』 男性42.3% Xジェンダー29.7% 女性31.4%」(NHK“性暴力”実態調査 ウェブアンケート 2022年3月11日〜4月30日 性暴力被害に遭ったという人・その家族など3万8383件の回答)などのデータも紹介。

また、「同意のない性的な行為」という内閣府男女共同参画局による性暴力の定義を示したうえで、「同意のない体への接触」「性的な冗談やからかい」「同意のない性行為(キスやセックスなど)」「性的な画像や写真を見せる/送りつける」「のぞき・盗撮」という5つの該当行為があげられました。その他にも、性被害に遭った際のアドバイスや支援センターの紹介などがあり、過不足なくバランスのいい構成に見えましたが、どうしても1つだけ気になるところがあったのです。

そのどうしても気になったのは、軸に据えたエピソードの7つ中6つが“男性→男性”への性被害だったこと。「適切な支援を得られず悩みを抱え続けてきた40代男性」のエピソードが唯一“女性→男性”への性被害でしたが、他の6つはすべて“男性→男性”への性被害に偏っていたのです。

番組で紹介された性被害の図式をもう少し具体的に書くと、「<加害>40代くらいの男性→<被害>中学1年生」「<加害>文具店主の高齢男性→<被害>小学3年生」「<加害>同じゼミの男性大学生→<被害>同級生の大学生」「<加害>若い男性教師→<被害>小学生」「<加害>顔見知りの女性→<被害>小学生」「<加害>文具店の男性→<被害>小学生」「<加害>友人の父親→<被害>小学生」とさまざまなシチュエーションでの性被害をあげながら、そのほとんどが“男性→男性”に偏っていました。

このような偏ったバランスでは、世間に「同性愛の人は危険」という誤解を招きかねません。同性愛の当事者にとっては「差別」と怒りを感じる人もいるでしょう。実際、私のコンサル経験では「会社の上司、部活の先輩、学校教師や家庭教師、友人の母や姉、同じクラスの女性グループなどの女性から性被害やセクハラを受けた」という男性からの相談もありましたし、彼らのつらさは“男性→男性”と同様のものがあります。

この日の約65分間にわたる特集の中には、“男性の性被害についての誤解”として3つの項目をあげるシーンがありました。同性愛者に対するフォローは、その最後の項目で「加害を行う男性は同性愛者である(という誤解)」をあげて、「差別にならないよう配慮が必要」「性的な欲求より支配欲で性加害に至るケースも多い」とコメントした程度だったのです。

多様性を尊重するNHKだからこそ

今回の特集が旧ジャニーズ事務所による“男性→男性”をベースに制作したからなのか。あるいは、スタッフの中で「男性の性被害と言えば“男性→男性”というイメージがあった」からなのか。それとも、「たまたま取材の結果がこうなっただけで他意はない」のか。いずれにしても日頃NHKは、どのメディアよりも多様性を尊重したさまざまな番組を手がけているだけに、同性愛者への差別につながりかねない今回の偏った構成に首をひねってしまったのです。

男性に対する性加害は、「男性の場合も、女性のケースもある」し、「男性でも、異性愛の人と同性愛の人のケースがある」ということ。男性に対する性加害は、まだまだ世間の理解が進んでいない段階だけに、メディアが偏ったバランスで伝えていては、世間の誤解や分断を生んでいくだけでしょう。また、“男性→男性”ばかりに偏っていると、「“女性→男性”の被害者がますます打ち明けにくくなる」という危うさも感じられます。

「メディアが扱い慣れていない」からこういうことが起こり得るのであって、もちろん「あさイチ」が責められるべきところはありません。特集を組んだことも、スタッフと出演者の向き合う姿勢も素晴らしいものがありましたし、今後回数を重ねるほどよいものになっていくのでしょう。

ここであげたことは性に限らず、さまざまな暴力や支配に対しても同様であり、報じるメディアも、ネット上で論じる人々も、大局的に見る冷静さと、被害者に寄り添う優しさを忘れずにいたいところです。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)