FOMCメンバーの中で存在感が高まっているクリストファー・ウォラー理事。市場は来春の利下げを急速に織り込んでいるが、やや「先走りすぎ」かもしれない(写真:ブルームバーグ)

FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)による早期利下げ期待が高まっている。10月末までは、FRBの政策への不透明感などから、同国の長期金利は大きく上昇していた。だが、10月31日〜11月1日のFOMC(連邦公開市場委員会)でパウエル議長が追加利上げのトーンを和らげたと受け止められたことなどで、長期金利は低下に転じ、11月末にかけて長期金利は一段と低下した。

「ウォラー理事の一声」で「来春の利下げ」が織り込まれる

「政策金利がすでにピークを打った」との見方が固まれば、次の焦点は「利下げはいつか」に移る。パウエル議長をはじめとするFRB高官は、11月まで追加利上げの判断などの説明に終始しており、利下げについては、議論していた様子などほとんどなかった。

こうした中で、FOMCメンバーの中で存在感が高まっているクリストファー・ウォラー理事から「インフレ率次第で、今後数カ月(3〜5カ月)で利下げが可能になる」、との趣旨の発言が11月28日に飛び出した。

この発言などをきっかけに、FRBが2024年春にも利下げに転じるシナリオが一気に織り込まれ、アメリカの長期金利は大きく低下した。2024年3月利下げ開始が約半分以上の確率で織り込まれるまで、市場の期待は大きく変わった(12月1日時点)。

もっとも、ウォラー氏のこの発言は、事前に用意していた原稿にはなかったもので、記者からの質問に対する回答だった。インフレが低下すれば「テイラールール」(中央銀行が政策金利の適正値を、マクロ経済の指標で定めた式のこと。アメリカの経済学者J・B・テーラーが1993年に提示)の考えに沿って、利下げが可能になるとのことで、ある意味教科書通りの答えのようにみえる。

また確かに「数カ月先」は2024年春も視野に入るが、実際に同氏が利下げ開始を予想していることを伝えるための発言だったかは定かではなく、ありえるシナリオの一つを提示したということではないか。

それでも、FOMC参加者やFRBスタッフが従前想定していたよりも、2023年央からインフレ抑制が進んでいるのは事実である。2024年には、追加利上げに加えて、利下げも政策オプションとして選択肢に入り、FRBのリスクバランスは中立方向にシフトしている、ということだろう。

問題は、インフレの低い伸びが一貫して続くかどうかである。直近である10月分のインフレ率は、宿泊料金など、振れが大きい一部の品目で押し下げられている部分がある。このため、今後1〜2カ月のアメリカのコアインフレはやや高めにでてくる可能性がありそうだと、筆者はみている。

とすれば、インフレの趨勢が2%台に抑制されているとFRBが強く認識できるようになるのは、2024年央ではないかと現状は考えている。このように見ていくと、春先までの利下げ織り込みは、「先走り」すぎのようにみえる。

また、インフレの低下が十分ではなくても、仮に労働市場が急激に失速して、FRBが利下げに転じるという展開もあり得る。利上げの引き締め効果が経済活動を抑制している兆候は、いくつか報じられている。

ただ、アメリカの10〜12月期の経済成長率は、高成長だった前期からさすがに減速しているものの、年率1.5%程度の成長率を保っているとみられる。企業の景況感指数などは、夏場からほぼ横ばいでの推移が続いている。米国経済に変調が訪れているというよりは、緩やかな減速経路を辿っているという状況だと判断される。

2024年春利下げ実施には「2つの高いハードル」

春先までにFRBが利下げに転じるには、経済活動が急失速に転じ、かつ年率2%台でのインフレ減速が途切れなく続く、という2つの条件がそろうことが必要になるだろう。現状では、その可能性は高くないように思われる。急ピッチに強まった早期の利下げ期待は、いったんは後退する可能性が高いのではないか。

こうした中で、米国株市場は、10月末から急反発した後、早期利下げ期待が強まる中で、高止まりが続いている。短期的には早期利下げ期待が「行きすぎの領域」にまで入っているとみられ、金融政策への期待に起因する一段の株高の余地は限定的になりつつある。

一方で、2023年央からインフレ抑制が続く中で、FRBによる利下げを想定できる状況に変わりつつあることは、2024年の株式市場の動向を考えるうえで、重要な変化だろう。筆者は同年については高インフレが緩やかに落ち着くが、FRBは政策転換にあたっては、かなり慎重に判断するのではないかと考えていた。高インフレ再来への懸念で、柔軟な政策対応を行うことが難しくなるからである。

ただ、最近のウォラー理事らの発言を踏まえると、筆者などが想定するよりも、FRBは経済情勢の変化に応じた柔軟な政策対応を繰り出そうとしているのかもしれない。この点は、2024年の米国株の下振れリスクを緩和する要因になりそうである。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
 

(村上 尚己 : エコノミスト)