日清食品の「完全メシ」。がっつり系のインスタント食品から甘いスムージーまで、ラインナップは幅広い(撮影:梅谷秀司)

カップライスの「カレーメシ」、カップ焼そば「U.F.O.」などおなじみのインスタント食品から、冷凍のかつ丼やピザ、スナック菓子まで。

これらはすべて、日清食品が展開するブランド「完全メシ」の商品だ。

「完全メシ」とは、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」(健康の保持・増進を図る上で摂取することが望ましいエネルギー及び栄養素の量の基準)で設定された33種類の栄養素をバランスよく摂取できる商品シリーズのこと。

2022年5月に販売を開始し、同年度の売上高は30億円。今年9月末までの累計出荷数は1500万食を突破した。量販店やオンラインストアを中心に販売し、今年9月発売の「ハヤシメシ」や「トマトクリームポタージュ」など、商品数を順調に拡大させている。木村屋總本店とは「あんぱん」の、子会社の湖池屋とは「カラムーチョ」の完全メシも開発した。

完全メシとうたうものの、「健康」のイメージからはかけ離れた商品が多い印象。だが、これが1つのポイントだ。日清食品の藤野誠常務は、「ジャンキーなメニューなのに、バランスよく栄養がとれて、しかもおいしい。このギャップに価値を感じてもらっている」と語る。

「あれこれ考えずに」栄養がとれる

健康的な食事には手間がかかる。理想は厚労省が推進するような主食・主菜・副菜を組み合わせたメニューだが、過不足なく栄養素を摂取するには、栄養の知識や多種多様な食材、それを調理する労力が必要だ。

また近年、健康志向の高まりから、シリアルバーやプロテイン飲料など特定の栄養素を豊富に摂取できる「特化型」の商品も増えた。こうした商品は分かりやすいが、足りない栄養を別の食品やサプリメントで補う必要がある。一方、「完全メシはいわば“究極型”。1商品に栄養素がバランスよく詰まっていてあれこれ考える必要がない」(藤野常務)。

日清食品は「食行動を変えずに、いつも通りの食事をすれば健康になれる」社会の実現を掲げる。お湯を注げばすぐに食べられる「カレーメシ」や「U.F.O.」などから完全メシを展開したのは、そうした考えが背景にある。

ただ、完全メシが含む33の栄養素は「舐めると苦みやエグみがあって、そのままだと食べられたものではない」(日清食品広報)。その中で、消費者に手にとってもらうためには「おいしさ」が不可欠。それを可能にするのが、これまで日清食品が培ってきた多様なフードテクノロジーだ。

栄養素の苦みを「マスキング」する

栄養素の苦みやエグみを覆い隠すには、「マスキング」の技術を使う。麺の中心層の一部に小麦粉の代わりに食物繊維やたんぱく質を使用することで、味への影響を軽減させる技術だ。

スパイスなどでの調味もポイントになる。ここで活躍するのが、食材や調味料などの栄養素情報を蓄積した日清食品独自のデータベースだ。商品開発の過程で味をこうしたい、具材を変えたいという場合、一般的に大量の計算が必要になるが、同社はこれをシステム化し効率化している。

健康のためには減塩が求められるが、塩分はおいしさの要素でもある。日清食品は世界中から約170種類の塩を集めて味や成分を分析。完全メシにミネラルやアミノ酸を配合することで、少量の塩でもおいしく感じられるようにした。

ほかにも冷凍の完全メシであるカツ丼では、ノンフライ麺で使う技術を応用して脂質などを抑制。米には栄養素と一緒に炊いて栄養価を上げる、食物繊維を強化する、などの製法も用いられている。

日清食品は完全メシで2023年度に売り上げ60億円、2024年度には同100億円を目指す。

目標達成へ商品の拡充や消費者との接点拡大に力を入れる。今年9月末で12品だったオンラインストア向けの冷凍商品は、今年度末に20品以上に拡充。テレビ通販「ジャパネット」での販売を強化し、主にシニア層の獲得も狙う。完全メシの社員食堂への導入も積極的に働きかけていく計画だ。

ただ、同社は「あらゆる人が気付いたら完全メシを手に取っている」ような、さらに先の世界も見据える。そのためには何が必要か。まずは、やはり味の追求だ。例えば栄養素の味をスパイスなどで隠すと、どうしても味が濃く、辛くなってしまう。完全メシが目指すのは、通常品よりおいしいといえるレベル。藤野常務は「究極、お吸い物のようなシンプルな味付けの料理でも完全メシが作れたらいい」と話す。


完全メシの立ち上げに携わった日清食品の藤野誠常務。「カップヌードル」のブランディング経験があり、完全メシのマーケティングに生かす(撮影:梅谷秀司)

価値を伴った価格であると、消費者に理解してもらうことも必要だ。完全メシは通常品に比べ高価格。通常品の「日清カレーメシ ビーフ」は税込289円だが、「完全メシ カレーメシ 欧風カレー」は税込429円と100円以上高い(値段は2023年12月1日時点の日清食品グループオンラインストア)。商品名は似ているのになぜ高いのか分からない、という人が少なくない。

価値の訴求に向け、今後はさらにテレビCMやウェブ宣伝を打っていく。藤野常務は、SNS上で話題となった「カップヌードル」のCMや広告を連発したマーケティングチームの統括経験を持つ。「広告宣伝にはまだまだ力を入れていきたい。完全メシの価値を伝えられれば、この市場は圧倒的に拡大の余地がある」(藤野常務)。同氏は現在、日清食品のマーケティング部も管掌しており、カップヌードルの次は完全メシの「定番化」に手腕を発揮しそうだ。

業界のルール作りにも着手

これまで他社で展開されてきた「完全食」や「完全栄養食」は、厚労省の基準に準拠しているものの、「完全」の解釈はさまざまだった。また、年齢や性別などによっても摂取すべき栄養素の量は異なるため、誰にとっての「完全」なのかが不明瞭という課題もあった。

こうした状況から今年7月、産学医連携で一般社団法人「日本最適化栄養食協会」が設立された。日清食品をはじめ、イオンやセブンーイレブン・ジャパンも参画する。協会では、年齢や性別、健康状態などに合わせた栄養の基準を定め、これに則った商品を最適化栄養食として認証していく計画だ。同協会の高島康一郎事務局長は、「例えば高齢者や低栄養気味の若年女性など、ターゲットを絞った基準を作っていきたい」と語る。

ただ、今のところ認証を受けている商品は完全メシだけ。基準を満たせば認証は受けられるが、おいしさを伴わなければ、消費者には受け入れられない。今後の市場拡大には、オープンイノベーションなど、日清食品だけの取り組みに終わらせない仕組みも求められそうだ。

(田口 遥 : 東洋経済 記者)