東京━名古屋間の1時間40分、東京━新大阪の2時間半も通勤圏になる(写真:如月一 / PIXTA)

コロナ禍収束で、人々の移動が復活し、新幹線需要も回復の一途をたどっている。ビジネス需要や観光・レジャー需要が戻り、東海道新幹線をはじめ新幹線の輸送力は、コロナ禍前のピーク(2018年度)比で9割まで回復してきた。

『週刊東洋経済』12月9日号は「無敵の新幹線」を特集。ビジネスパーソンの移動にはなくてはならない新幹線の「強さ」やサービス、技術力など、今後の見通しについてリポートする。当該記事「新幹線通勤」以外にも、北陸や北海道、九州新幹線などの全国各地ルポ、リニア中央新幹線の最新事情などを掲載している。


JR東海が2024年1月から、大規模な「新幹線通勤」の制度を本格導入する。東海道新幹線の全区間(東京━新大阪間、約550キロメートル)で、新幹線を使った通勤を認める方針だ。すでに10月から人事部で先行的に試行しており、来年1月からは全社で実施する。

現状では長距離通勤を原則300キロメートル以内とし、東京駅からであれば豊橋駅まで。これが新大阪駅まで一気に広がる。対象は運行や保全に関わる現業部門以外で、オフィス勤務など非現業部門で約6000人。この制度を利用すれば、”単身赴任が解消”されるうえ、勤務地に制約のあった社員がエリアをまたいで異動することも可能になる。

新幹線通勤時の「車内の執務」も認められる

それだけではない。JR東海の場合、現行では通勤時の執務は不可とされているが、来年からは、新幹線通勤など”移動時における車内での執務”が週7.5時間までカウントされるという。

さらには在宅勤務も、現状は自宅のみだが、これにカフェなど集中できる環境も加わる。例えば、週5日勤務のうち、週4日を新幹線通勤、週1日を自由な場所で在宅勤務とすることも可能なのだ。

同社では今回の狙いについて、「リモートワークは場所を問わず働けるメリットがある反面、コミュニケーションなどでデメリットも指摘されている。各企業が『リモートか対面か』の選択に悩む中、リモートだけに頼らず、(新幹線通勤で)対面の機会を確保しながら、柔軟な働き方を実現したい」と説明する。

つまりは、時間や場所を選ばない、柔軟な働き方を取り入れることによって、人材確保や生産性向上ばかりでなく、社員のエンゲージメント(働きがい)を高めたい、ということだろう。


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一方、過去にはJR東海にも負けないくらい、これまで新幹線通勤を導入する企業は少しずつ増えていた。

例えば、ヤフー(現LINEヤフー)のほか、メルカリやZOZO、NTTをはじめ、主要IT企業の一部が開始。働き方や居住地に自由度が増すことで、従業員の福利厚生の充実を図ろうとしてきた。

ヤフーはコロナ禍以前の2016年から、通勤時間が往復2時間以上かかる従業員を対象に、新幹線通勤を認めている。交通費の上限は月額15万円だ。

「日本全国どこでも居住」がありになった

同社は2014年、「どこでもオフィス」という人事制度を取り入れ、リモートワークをいち早く採用していた。ただ毎月の回数制限(5回以内)が決められており、新幹線通勤のケースでは、最低でも月15日以上(月20日出勤のうち)の出社が必要なため、当時は利用者が少なかったと思われる。

潮目が変わったのは2020年。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、回数制限をなくし、フルリモートワークに踏み切った。その後、従業員の約9割がリモートワークに従事することになり、業務にも影響がなかったとして、2022年4月にどこでもオフィスの制度を拡充したのである。


従来の居住地は、出社指示があった場合、午前11時までに出社できる範囲と定められていたが、これを撤廃。日本全国どこにでも住めるようになった。通勤手段も自由になった。

結果的に制度拡充後わずか4カ月で、130人以上の従業員が新幹線や航空機での通勤圏へ転居した。九州(全体の48%)、北海道(31%)、沖縄(10%)など、遠方が多いというから驚きだ。1都3県以外に東京オフィスの社員のうち約400人が移ったという。

新制度は既存の従業員にだけでなく、採用活動にもプラスの影響を及ぼしている。2021年と比べると中途採用の応募者数は1.6倍に増加。中でも1都3県以外からの応募者が増加傾向にある。

実際、九州や北海道からの東京出社は現実的でなく、完全リモートワークを実現したヤフーだからこそ、可能だったといえる。新幹線通勤はITエンジニアやデザイナーなどリモートで業務が完結できる職種とは相性がよさそうだ。

メルカリは新しい働き方として「メルカリ・ニューノーマル・ワークスタイル“YOUR CHOICE”」を9月に導入。この制度では、フルリモートワークと出社とを個人で選択できて、居住地も自由に選べる。通勤手段も自由だが、通勤手当はヤフーと同様に、月額15万円が上限だ。

その結果、リモートワークを選んだ従業員は、全体の9割以上に上った。東京オフィスだけで見ると、約10%が首都圏以外に住んでおり、新幹線通勤などを利用しているのは13.7%だった。

住環境を変更した、あるいは変更を予定している従業員は、全体の48%となり、30%以上が移住を検討しているという。興味深かったのは、「この制度がパフォーマンスを促進するものになっているか」という社内アンケートを行った結果、9割以上が「そう思う」と答えたところだ。働き方や居住地を自由に選べることが多数の支持を集めているのがわかる。

勤務地は「自宅」、航空機での出社もOK

さらに進んでいるのはNTT。22年7月からは原則リモートワークを基本とする働き方に変更した。勤務地は“従業員の自宅”としており、会社の通勤圏に居住する必要はない。リモートワークと出社のハイブリッドを想定しているため交通費自体は支給する。出社は「出張」扱いとし、交通費の上限もないため、新幹線はもちろん航空機での出社も可能なのだ。

ハイブリッドワークを想定しつつ新幹線通勤を導入した企業もある。ZOZOの場合、エンジニアやデザイナーが所属する開発部門をフルリモートとしている一方で、マーケティングや営業、バックオフィスなどの人員が属するビジネス部門では、週2日の出社を義務づけるハイブリッドワークにしている。そのうえで交通費を月額15万円まで支給し新幹線などでの出社を可能にした。

でははたして現実的に可能なのか。現在の新幹線通勤の金額や時間を検討してみたい。

通勤手当や交通費について、各社が一律で月額上限15万円に設定しているのは、非課税限度がその額までと定められているからだ。もし15万円を超えると、給与扱いとなって、所得税などの課税対象になってしまう。従業員にとってデメリットになるため、月額15万円と決める企業が多い。

そこで東京駅を到着点に乗降客数の多い駅で新幹線定期代の1カ月の金額を調べてみた。

東京━三島間なら片道50分で月9万円台!

熊谷からは7万1260円、小田原は7万3930円、三島は9万3930円、高崎は10万3600円、宇都宮は10万3940円、那須塩原は13万2120円。越後湯沢は15万1620円だから、1620円分が自腹となる。

次に通勤時間はどうか。

熊谷や小田原までなら片道30分台、三島や高崎、宇都宮までなら1時間内で済む。那須塩原や越後湯沢までは1時間超だが、普通列車で3時間以上かかることを考えると、大幅な時間短縮だ。平日なら行きは自由席でもすいており、帰りは東京始発なので、ストレスなく通勤できるだろう。実際に平日夜の22時48分、東京発三島行きのこだま終電に乗り込む会社員の姿は、そう珍しくない。


今やどの業界でも人材不足が叫ばれる時代。新幹線通勤を導入すれば、東京にオフィスがあっても、広範囲で採用活動ができるようになる。今後は優秀な人材を獲得し、従業員の離職率を抑えるうえでも新幹線通勤は有効な施策の1つになる可能性がある。ビジネスパーソンは一度、通勤制度の詳細を会社に確認してみるといい。


(太田 祐一 : フリーライター)
(大野 和幸 : 東洋経済 記者)