約束されたキャリアから「あえて」降りた2人の人生とは?(画像:USSIE/PIXTA、画像はイメージ)

東京大学大学院情報工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社して16年間勤務し、現在は10月に小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』を上梓するなど、金融教育家として活動中の田内学氏。

浪人を経て東京大学理科III類に合格し、8月に初の短歌集『4』を上梓した現在東京大学医学部4年生の青松輝氏。

ともに灘中学校・高等学校から東京大学に進学した彼らは現在、YouTuber・作家として活動している。輝かしい経歴や年収を捨てて、一見非合理な創作活動をしている彼らに共通する「灘出身者」の本質について、高校卒業後「9浪」して早稲田大学に入った教育ライター、濱井正吾氏が迫る。

なぜ2人は「エリートコース」を降りたのか

日本最高の頭脳が集結する東京大学。しかし、その東京大学に入るよりも難しいと言われている学校がある。兵庫県神戸市に所在する灘中学校・高等学校である。


毎年、出身者の大半が東京大学や京都大学や国公立大学の医学部に進学し、卒業してからも各界に錚々たるOBを輩出し続けてきた超進学校。ノーベル文学賞候補になった遠藤周作や、26歳という最年少で市長になった高島崚輔・芦屋市長も灘校の卒業生だ。

偏差値40の商業高校を卒業してから9浪して早稲田大学に入った筆者からすれば、この学校を出た神童は何者にもなることができて、富でも栄誉でも選びたい放題ではないか……というイメージがある。

しかし、中には変わった人生を選ぶ神童たちも存在する。筆者が彼らに出会ったのは、ある晩YouTubeを見ていたときのことだった。土曜日の夜、たまたま見つけた動画で、いい歳した大人たちが算数の問題を解いていたのである。

出題者の男が「これ解けなかったら出ていけよ」と脅してみたり、回答者の若者が「この問題、めっちゃおもろい!」と言いながら嬉々として問題を解いている。この彼らの滑稽なバトルの動画は数十万回も再生されていた。実は彼らは、エリート路線から外れて、灘や東大を売りにしたYouTuberとして活動しているのである。

問題を出題する男は、金融教育家を名乗る田内学氏。東京大学大学院を修了後、ゴールドマン・サックス証券で16年間勤務し、突如退職。この10月には小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』を上梓するなど、執筆活動や学校での講演活動を主に行っている。

一方、嬉々として問題を解いていたのは、青松輝氏。東京大学医学部に在籍中の彼は、学業よりも創作活動を優先し、すでに3回も留年している。8月には、初の短歌集『4』を上梓したばかりである。

ともに灘中学校・高等学校から東京大学に進学した彼らは現在、YouTuber・作家として活動している。輝かしい経歴や年収を捨てて、一見非合理な創作活動をしている彼らに共通する「灘出身者」の本質について迫ってみた。

YouTube番組での意気投合

彼らが共演していたのは登録者23万人のYouTubeチャンネル「トマホークTomahawk」。


滋賀大学の4年生、平山任真(とうま)さんが1人で運営するこのチャンネルは、学者・医者・政治家・宗教家・芸能人など各業界で輝かしい実績を残した有名な方が多数出演する企画・インタビューチャンネルとして、平均再生回数20万回以上を記録している。

そのチャンネルの対決企画で初めて共演した2人は、新旧灘トークで盛り上がって意気投合したそうだ。

しかし、競争社会の勝者を思わせる経歴や安定年収を捨てて、彼らがどうして「才能の無駄遣い」とも思えるようなYouTuberとなったのかが、筆者にはどうしてもわからなかった。そこで、彼らの行動原理を知りたいと思い、取材を申し込んだのである。

すると、2人の話を聞いていくにつれて、一見邪道とも思えるようなこの選択にも「灘→東大」を選んだ者たちに特有の共通点を見出すことができた。「おもろい」かどうか。それが彼らの大きな判断基準なのである。

はたしてこの「おもろい」とは、一体何を指すのだろうか。

彼らの話題は次第に母校でのエピソードへと移る。

灘高生に共通するという「頭の回転が早い」「規範意識が強い」「自己中心的」という特性が、年が離れていても、知り合ってからの期間が短くとも、先輩・後輩という確かな安心感・親近感を抱かせるのだと彼らは語った。

それだけ聞くと、どこの学校でもあるありふれた先輩・後輩の関係だと思える。ただ、灘高校の場合はそれが超ハイレベルでの共通点であるため、結束も固いのだろう。

「受験をゲーム感覚で突き詰める」彼らの「勝利」の尺度は常人には計り知れない。200人程度いる同級生の中で100番以内であれば、東大はまず安泰だと言われる学校で、彼らはさらなる高みを目指し、偏差値競争のてっぺんを競い合う。

「東大理III(※東京大学医学部)、京医(※京都大学医学部)に進学すると勝ち組ですが、それ以外はそこそこという感じです」

「阪医(※大阪大学医学部)だとカッコつけられない空気がありました」

「成績のいい人は偏差値の高い医学部に行くことが受験というゲームの勝利条件という雰囲気がありましたね」

こうした常人には想像ができない超高レベルの仲間に囲まれての受験勉強は、彼らにとっても特別であったらしい。

灘から東大に入った2人の受験

田内氏は中学受験では灘、大学受験でも東大しかそれぞれ受けさせてもらっていない。この背景には、家庭の事情がある。

父親は中卒で、親族に大卒者も少ない。茨城で蕎麦屋をやっていたが、息子を東大に入れて人生を逆転させるために灘に入れたいと考え、田内氏が小学校中学年のころに一家で茨城から兵庫に引っ越した。

進学実績トップの浜学園に通う学費は払ってもらったものの、「受験料がもったいないやろ」ということで灘に受からなければ公立中に進学しなければならず、現役で東大に受からなければ高卒で働く可能性もあった(詳しくは「『父は中卒蕎麦屋』格差に直面した息子の驚く顛末」参照)。

つねに背水の陣、一発勝負を余儀なくされた彼のプレッシャーは並大抵のものではない。

だからこそ、彼は絶対に落ちられない状況を想定して受験勉強をしていた。「どんな問題が出てもどんな体調で挑んでも受かるように、年度ごとの難易度の変動が激しい得意の数学よりも、英語や理科などの科目を重点的に勉強した」と彼は語った。後の外銀トレーダー職のキャリアにも通ずるリスク回避思考が、志望した東大の合格点超えをもたらしたのである。

一方、青松氏は年に100人しか入れない日本最高の難易度を誇る東大理III(医学部)に1浪で進学。

彼はもともと、灘の中ではとくに上の成績だったわけではない。「高校2年生まで180人いる理系クラスの中で、130番くらいの成績だった」と言う。

青松氏は、とくに苦労をせずに中学入試で灘に合格したそうだ。そのため、「死ぬ気で何かに打ち込んだことがない」という悩みがあった。そこで、「自分の力で頑張る最後のチャンス」だと考え、東大理III(医学部)への挑戦をそこに位置付けて勉強を重ねたが、惜しくも現役での合格は届かなかった。

そのため浪人を決断したが、その1年間で勉強以外にやることといえば、「本番で解ける問題が来てくれと祈ること」だったと言う。結局、本番で大きな失敗をしなかった彼は「ラッキーでたまたま受かった」と謙遜するが、かつて自分には到底無理だと思っていた目標を達成したことは、彼自身の中でも大きな自信になったと言う。

偏差値よりも大事なこと

偏差値が高い環境こそが正義……その価値観のもとで勉強を続けていると、経歴や年収という多数の人から評価される基準に価値を感じるようになってもおかしくない。

しかし、彼らがそうならなかったのは、類稀なる能力に頼って楽をするのではなく、その能力や環境を生かしてさらに自身を極限の状況にまで追い込み、勝ち取ってきたものがあるからなのだろう。

絶対に合格しなければならない状況の中で受験に立ち向かい乗り切った田内氏と、自分の殻を破るために東京大学理科III類(医学部)に挑戦して合格した青松氏。

彼らの受験は他の受験生と比べても過酷な状況に立たされていたように思える。

それでも、筆者には、限られた環境の中で困難にどう立ち向かい、解決するかを考えて、立ち向かっていくという共通点に彼らの言う「おもろさ」があるのだろうと感じられた。

「灘高生は受験以外にも、何かで集中してのめり込んだら結果が出る人が多い」と彼らは語る。

それは、彼らが「問題を解くこと」に「おもろさ」を見つける特性があるからなのではないかと、今まで話を聞いてきた筆者は考える。

いま彼らのいるYouTubeも、再現性が低く、流行り廃りも激しい業界である。それでも彼らがこの世界にのめり込むのは「バズる」という最適解を導くために試行錯誤しているからだろう。入試問題と違って明確な答えがないからこそ、同質でもあり、異質でもある「おもろさ」を見出しているのではないか。

筆者は、このきびしいYouTubeの世界で数字という結果を出している彼らから、高年収の世界で生き続ける同級生とも共通するたくましい灘高出身者像を感じることができた。

自己満足を超えた「おもろさ」が原動力

しかし、より深く話を聞いていると、どうやら彼らの言う「おもろさ」は自分たちの満足だけではおさまらない、より深い意図があることがわかった。

その意図がわかると、2人の書籍が異例の売れ行きを記録している理由が見えてくる。

青松氏の短歌集『4』は、短歌集というジャンルながら紀伊國屋新宿店1店舗で1000部近い驚異的な売り上げを達成し、田内氏の小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』は、売り切れ続出で発売1カ月で8万部の発行にいたっている。

次回は、そんな彼らの「おもろい」のより深い意図を探っていく。

(濱井 正吾 : 教育系ライター)