ADHDは注意欠如・多動性障害とも呼ばれるように、集中力や落ち着きがないという特性を中心とした発達障害です。ADHDにはデメリットがある一方で、興味を持ったタスクに対して超集中できるなどのメリットも存在しており、うまく特性と付き合うことで生産性を向上させることが可能です。そうしたADHDについてのテクニックについて、44歳でADHDの診断を受けたというエンジニアのラファエル・ルメートルさんが解説しています。

Hacking ADHD - Strategies for the Modern Developer | Ledger

https://www.ledger.com/blog/hacking-adhd-strategies-for-the-modern-developer



ADHDの症状は7歳ごろまでに明らかになると言われていますが、ルメートルさんのように、大人になってからADHDの診断を受けるという人も少なくありません。大人の診断が遅れる原因について、ルメートルさんは下記のような理由があると分析しています。

・対処方法の習得

大人はカレンダーやToDoリスト、アラームなどの活用方法を習得しており、物忘れなどADHDの症状を隠すことができます。

・環境

学校など、頻繁にテストが行われたり締め切りがあったり環境ではADHDを持つ人でもタスクをこなしやすい場合があります。長期にわたるプロジェクトや職場という自己管理が必要な環境に移行する際に計画の立て方や集中力の持続における課題が明らかになる可能性があります。

・監督者の不存在

子どもには親や先生という監督者が存在していますが、大人には監督する人が居ないため症状が気付かれにくくなっています。

・社会的偏見

ADHDを「子どもの障害」や「単なる意志力の欠如」であるという誤解がよくあり、大人が医療の専門家に相談しにくい状況が発生しています。

・誤診

ADHDの症状は、うつ病や不安障害の兆候として誤解されることがあります。

ルメートルさんは、ADHDは否定的な側面が注目されがちなものの開発者にとってメリット・デメリットを併せ持つ「もろ刃の剣」であり、利点にも着目することが重要だと述べています。



ルメートルさんによるADHDのメリット・デメリットは下記の通り。

◆メリット

・ハイパーフォーカス

ADHDの人は本当に興味があるものや、やりがいを感じるタスクに非常に集中することができ、「集中状態」にあることが高レベルの生産性につながりがちなコーディングにおいて特に有益です。

・創造的な問題解決

ADHDの脳は高い創造性を持っており、独創的な思考ができる場合が多く、新しい解決策が必要になる場合が多いソフトウェア開発において貴重な存在です。

・迅速な適応

ADHDを持つ人の多くは他の人なら圧倒されてしまうようなダイナミックな環境で成長できるため、急速に変化するテクノロジー業界はADHDの開発者にとって理想的な遊び場になる可能性があります。

◆デメリット

・時間管理

ADHDの人はタスクにかかる時間を見積もるのが難しく、先延ばししたり土壇場で慌てたりする場合があり、期限が厳しい開発プロジェクトではこの特性が特に足を引っ張る可能性があります。

・組織的スキル

ADHDの人は複数のコードベースを追跡したり、デバッグしたり、コードにコメントを付けたりすることを困難に感じる場合があります。

・一貫性

ADHDの人はパフォーマンスのばらつきが懸念されます。信じられないほど生産的になる日もあれば、気が散ったり集中力が欠如したりして何も進まない日もあります。



また、ADHDの人の脳内ではドーパミンの分泌量が低い場合が多く、その結果刺激を求め続けることになるとルメートルさんは解説しています。ドーパミンは動機付けとして機能し、目標に向かってタスクを行うよう促しますが、ADHDの脳はそうした欲求が欠乏しており、締め切りが近づいて初めて切迫感が表れることが多くなるとのこと。

タスクを完璧にこなすことで出るドーパミンを求めてプロジェクトの細部を微調整することに時間をかけ、当初の計画よりも多くの時間を費やしてしまったり、完璧を目指して作業に没頭することで他の重要なタスクを忘れてしまったりするという特性もあると述べられています。

そうしたADHDの人の生産性を高めるには職場の環境を整えたり、ツールを使って自己管理を支援することが大切とのこと。

ルメートルさんによるとADHDの人にとって理想的なワークスペースは「邪魔にならずに刺激を与えてくれる空間」であり、例えば複数のモニターを使用してタスクを視覚的に分散すれば、道を見失うことなく必要に応じてタスクを切り替えて作業できます。

オフィスがオープンなレイアウトの場合、コラボレーションが生まれやすいとされていますが、ADHDを持つ人にとっては気が散ってしまいがちです。一方リモートワークを行う場合集中しやすいものの孤立してしまうという問題が発生します。ルメートルさんはタスクに応じて出社とリモートワークを切り替えることを推奨しており、コードを深く掘り下げたり、継続的な集中が必要なタスクに取り組んだりする場合はリモートワークを行い、ブレーンストーミングやチームミーティング、プロジェクトのキックオフなどがある場合には出社することで両者のいいとこ取りをできると述べています。



さらにコミュニケーションの手法について、同期的なコミュニケーションは迅速な意志決定には効率的ながら作業への集中の妨げになると述べ、下記のような非同期的コミュニケーションを推奨しています。

・定期更新

定例会議をSlackやMicrosoft Teamsなどを使用した定期的な書面による更新に切り替えます。

・ドキュメント

Wikiや共有ドキュメント、Confluenceなどのツールを用いて最新の情報を維持します。

・ディスカッションスレッド

Slackのスレッドやフォーラムの投稿など、スレッド形式の会話を可能にするプラットフォームを使用することで、自分のペースでディスカッションに参加可能になります。

・イシュートラッカー

JIRAやGitHub Issuesを使用すると、会議を行わずにタスクの進行状況を提供することができます。

・ムービーでの情報共有

ムービーを録画することは複雑な情報を配信する方法として過小評価されているとのこと。Loomなどのツールを利用することでチームメンバーが最適なタイミングで視聴できる簡単なムービーを作成できます。

・Amazonのサイレント会議テクニック

Amazonは、会議の開始時に参加者が完全な沈黙の中で6ページのメモを読む「サイレントミーティング」というアプローチを普及させました。このアプローチを用いることで、ディスカッションの前に深く集中して考えることができ、会議の参加者全員が同じ認識を持っていることを確認できます。

会議などによってタスクが中断されると誰でも集中力が乱れるものですが、ADHDを持つ人にとっては特に有害です。それぞれのチームメンバーが自分の集中時間を管理できるように、ルメートルさんのチームではカレンダーで特定の時間をブロックしたり通知を切ったりするなどの行為が推奨されているとのこと。

一方、個人の集中力を重視するだけでなく、チームの交流というメリットを確保するために、毎日午後4時に「バーチャルコーヒータイム」をもうけていると述べられています。バーチャルコーヒータイムへの出席は強制ではないので集中を乱さないようにしつつ、仕事の進み具合から最新のドラマの情報などの雑談まで幅広く自由に話し合う時間を設定することでコミュニティの間隔を育てることができ、チームの結束力を維持することができるとのこと。



また、ルメートルさんは自己管理のために下記のようなツールを活用しているとのことです。

・Obsidian

ルメートルさんはメモアプリのObsidianを活用しており、毎朝GoogleカレンダーのイベントとTodoistのタスクリストを元に1日の計画を立てているとのこと。また、JiraのチケットごとやGoogleカレンダーの会議ごとにメモが自動で作成されるようになっていたり、ReadwiseやPocketとの統合を介して書籍と読みたい記事を保存したり、Googleの連絡先をリンクしてタスクと関係者を結びつけたりするなど多数のアプリと連携させて整理整頓した状態が保たれるようになっています。

そのほか、ブログ記事の下書きなど無数のトピックについてメモを作成し、毎日のメモにリンクしているとのこと。1日の終わりにはその日のメモを見直して未完了のタスクを移動し、見落とした項目を追加しています。

・Reclaim.ai

時間管理にはReclaim.aiを活用し、自動で集中時間をスケジュールしているとのこと。

・Slack

ルメートルさんはSlackのリマインダー機能を活用しており、何かの途中でSlackのメッセージに中断された時は、後でもう一度確認できるようにリマインダーを設定しているとのこと。

・Brain.fm

さらにルメートルさんは集中力を高める音楽アプリである「Brain.fm」を愛用しています。

ADHDに対して適切にアプローチしたり環境を整えたりすることで、ADHDは単なる課題ではなく強みにもなりえることを忘れないで欲しいとルメートルさんはブログを締めくくっています。