アディダス、プーマ、ミズノなど、日本ではスポーツブランドの文房具が販売されています。同じような文房具は海外でも見られますが、よくよく考えてみると、「なぜスポーツメーカーが文房具を販売するのか?」と疑問が湧きます。実は意外と面白い組み合わせかもしれません。

↑良いコンビ?

 

そう考えるようになったきっかけは、あるおかしな出来事。最近、英国で大手スポーツ用品小売業者の「スポーツダイレクト」が、一部の文房具キットで「文房具」のつづりが誤ったまま店頭で販売されていることが分かりました(以下の通り)。

 

【誤】STATIONARY
【正】STATIONERY

 

このスペルミスは珍しいことではありません。オックスフォード英語大辞典(OED)では、この2語は間違えやすいので用法に気をつけてと言われています。ちなみに、OEDによるそれぞれの意味は……

 

【Stationary】動かなかったり変わらなかったりする状態(例:the lorry crashed into a stationary car. トラックが、止まっているクルマに突っ込んだ)
【Stationery】執筆に必要な紙などの道具

 

このように意味や用法が違うので、スペルミスは英国人にさぞおかしく見えたことでしょう。SNSでは「スポーツダイレクトの社員は学校で勉強しなおしたほうがいい」とか「”Stationary”か”Stationery”のどちらが正しいか分からなかったから、スポーツダイレクトは両方使うことにしたんだろう」と揶揄されたようです。

↑痛恨のスペルミス(画像提供/Daily Mail)

 

しかし調べてみると、実はこの2語には共通点がありました。それは語源が同じこと。

 

それぞれの用語の起源をたどると、どちらもラテン語の”stationarius”に辿り着きます。この言葉は、”stationery”の歴史では「行商人と違い常設の店舗を持つ商人」を指すのに対して、”stationary”のほうでは「駐屯地」を意味するなどの違いがあるようですが、もっとさかのぼると、どちらも”station”に行き着きました。”station”はもともと「(動かないで)じっと立つ」という意味です(American Heritage Dictionary)。

 

文房具は持ち運ぶ物とそうでない物に分けることができそうですが、部屋を見ると、ただそこにじっとある(立っている)文房具がありますよね。ノート、鉛筆、万年筆、定規、鉛筆削り……。誰かに使われても、しばらくしたら元の場所に戻ってきて、次に使われる機会を静かに待つ。その佇まいを美しく感じることもあるかもしれません。動かない状態のほうが文も書きやすい。

 

英語の文房具の根本には「動かない」という要素がありそうですが、そこに誰かが正反対の要素(「動く」)を持つスポーツを結び付けた。これは面白い発想です。文房や書斎といった部屋に運動は似合いませんが、スポーツブランドの文房具は「静」と「動」をうまく1つにまとめたようにも思えます。スポーツブランドのロゴがあるだけで、文房具やそれを使う人に運動の感じが漂うようになりますよね。

 

編集という観点から見ると、そんなデザインだからこそ、スポーツブランドの文房具は世の中に受け入れられたのではないかと思います。でも、それをやって良いブランドと、やらないほうが良いブランドがあるのでしょう。スポーツダイレクトを日本で知る人はあまりいないかもしれませんが、英国でさえ同社に好意的な見方をしている人の割合は、ナイキやアディダスのそれに及びません。同社のスペルミス事件について、ある人はこうコメントしています。

 

たぶんスポーツダイレクトは、この商品がずっと(売れずに)棚の上にあるだろうから、”stationary”のままにしたんじゃないかしら? だって一体、誰がこの会社の文房具を買うっていうの?

 

文房具の語源通り、スポーツ・ダイレクトの文房具キットは、じっと動かないまま棚に残りそうです。

 

【主な参考記事】

Daily Mail. Sports Direct mocked for glaring spelling mistake on stationery set for kids. October 10 2023