今年4月開始のYouTube番組『渡部ロケハン』で起死回生を目指すアンジャッシュの渡部建氏(右)。彼と、彼を取り囲むプロたちの凄い仕事を追いました(写真提供:ソマシュンスケ氏)

2020年6月、週刊誌で自身のスキャンダルが報じられ、活動自粛に至ったお笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建氏。1年8カ月の自粛期間を経て、2022年2月に自身のレギュラー番組『白黒アンジャッシュ』(チバテレ)で芸能活動を再開する。賛否両論が渦巻く中での復帰、そこには厳しい現実が待ち受けていた。

思わぬ方向から、協力の手が…

現在まで、地上波では『白黒アンジャッシュ』以外、ほぼ出演することはかなっていない。ネット配信の世界では2022年11月25日『有田哲平の引退TV』(Abema)に出演、その回は100万視聴を超え、同局のバラエティ番組新記録を打ち立てるも、その先にはつながらなかった。

「予想はしてましたけど、全然甘くはないです。ネット配信で局の記録を塗り替えるくらいの番組にも呼んでいただきましたが、それが継続的なものにはなりませんでした。単発のオファーを一生懸命にやって反響はあっても、先につながらずに終わっていく。今後、どのように芸能活動を行っていくべきなのかという不安がありました」(渡部氏)

キャリアを積み重ねてたどり着いた栄光。だが一度失った信頼を取り戻すのは容易ではない。苦悩の日々を過ごす渡部氏だが、思わぬ方向から協力の手が差し伸べられることになる。それが、YouTube番組『アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組(渡部ロケハン)』だ。

2023年4月26日にスタートし、現在までに本編動画11本、ショート動画45本を配信(2023年9月26日現在)。渡部氏がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てグルメロケハンを行う番組である。


じわじわ登録者数を増やしている「渡部ロケハン」

登録者数は日々増加(16万3000人/2023年9月26日現在)、本編動画は第5弾までの平均で45万回再生を記録し、数々のネットニュースやスポーツ紙で話題になるなど、じわじわ人気を伸ばしているグルメコンテンツだ。

たとえば、2023年6月23日に配信した埼玉・蕨市編では、これまで取材NGだった人気串揚げ屋の取材に「渡部さんだからですよ」という理由で特別に許可が下りた。


これまで取材NGだった人気串揚げ屋さんが「渡部さんだから!」という理由で取材OKしたシーン(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

絶品串揚げに思わず渡部氏が悶絶するほど「うまい!」と叫ぶ内容に、YouTubeのコメント欄では「テレビの忖度なく地元のグルメと人情のありのままを魅せてくれるこのチャンネルが好き」「地上波のグルメ番組でこのクオリティーはないよ!飲食店の店主からの信頼が取材を成立させている」と高い評価を得ている。

いったいどんな経緯があってこの番組が始まり、どんな点が支持を得ているのか。今まで報じられたことのないその裏側を、この記事では解き明かしていく。

超人気放送作家の胸を打った渡部の覚悟

きっかけを作ったのは、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)、『千鳥の鬼レンチャン』(フジテレビ系)といった数多くのテレビ番組の構成を担当する超人気放送作家・カツオ氏だ。カツオ氏は、前出の『有田哲平の引退TV』に構成として関わっている。その初回放送にゲスト出演したのが渡部氏。「逆風の中でも前向きに頑張りたい」という渡部氏の想いに胸を打たれたという。


放送作家のカツオ氏

「実は以前、渡部さんが司会を務めた『ハシゴマン』(TOKYO MX)という番組に構成で参加していました。あまり直接会うことはなかったのですが、渡部さんがラジオで『カツオというやつがいる』と言って話題にしてくださったり、『有田哲平の引退TV』での接点があって、渡部さんの覚悟に感情移入してしまったんです」(カツオ氏)

カツオ氏が言うように、これまで渡部氏とは知り合いではあったが、深い接点はなかった。だが今の渡部氏を見て、思わず連絡したという。

「渡部さんに『僕がグルメ番組やったらMCなってくれますか?』とDMを送ったんですよ。すると『喜んでやりますよ』と返信がありまして、そこで西村(隆志)さんに相談しました」(カツオ氏)


放送作家の西村隆志氏

西村隆志氏は、『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)、『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)など数々の人気番組を担当するテレビ業界の第一線で活躍する放送作家。スポンサーと番組をつなげる幅広い人脈にも実績があった。

その西村氏がひらめいたのは、「1社単独スポンサー」のアイデアだった。

「スポンサーをつけられるかどうか、企画会議をしました。いろいろと考えた時に、ただのグルメ番組では視聴者にも刺さらないので、1つのストーリーを乗せて作ることになりました」(西村氏)

西村氏には“腹案”があった。売れていない時期の渡部氏は『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)に出演するために収録前、事前にそのテーマとなる街に1人で出向き、何時間もロケハンと情報収集を行い、あたかも昔から知っているかのように番組収録に臨んでいた。そのスタイルを落とし込めば、多くの皆さんに共感してもらえる番組になるのではないか。

こうして『アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組(渡部ロケハン)』という方向性とタイトルが決まった。

毎回、ある駅をテーマに、グルメ未開拓のお店をアポなしでロケハンし、実は美味しいのにあまり知られていない“ウモレ店のウモレ美食グルメ”を発掘するという内容。構成は西村氏とカツオ氏が参加。

ディレクターには西村氏とともにYouTube番組『サウナノフタリ』を立ち上げた映像ディレクター・ソマシュンスケ氏に決定。ソマ氏は『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)、『有吉反省会』(日本テレビ系)などに携わるなど地上波の経験が長く、ネット配信にも造詣が深い鬼才映像ディレクター。あとはスポンサーである。

白羽の矢をたてたのは、西村氏が構成を担当している『サウナノフタリ』のスポンサーをしている、リラクゼーションドリンクを展開する「CHILL OUT」。3人は企画書を提出し、無事、承諾を得ることに成功する。

「現段階、渡部さんの番組のスポンサーになるのは結構リスキーじゃないですか。でもCHILL OUTさんは番組内容に快諾してくださいました。渡部さん、ソマディレクター、僕、カツオさん、CHILL OUTさん……。どれかが欠けたらこの番組は成立していない。すべてのピースが埋まって『渡部ロケハン』につながったんです」(西村氏)

ショート動画と大物たちの絶賛がきっかけに

『渡部ロケハン』のオファーを受けた渡部氏はどのような心境だったのだろうか?

「この番組の話をいただいた時、コンセプトが面白いですけど、単発で終わるのかなと思っていました。ディレクターのソマさんとは組むのはこれが初めてで、どういう人か、どういうテイストで撮る人かもわかりませんでした。最初はカメラ1台回して、僕が店で食べるというシンプルな内容をイメージしてたんですが、すごくちゃんとした番組に仕上がっていて驚きました」(渡部氏)

こうして2023年4月28日に初回配信。地上波テレビクラスの番組を提供する制作体制を整え、クオリティーの高い動画内容だったが、反響は芳しいものではなかった。


さほど反響がなかった『渡部ロケハン』の初回だったが…(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

「全然反響がなくて。再生数も5000回くらいしかなく、スタートから10日くらいはめっちゃ焦ってました。3人のグループLINEも、お通夜みたいな雰囲気でした」(ソマ氏)

「『今の渡部はこんなもんなんだな』という思いがありました」(渡部氏)

ただ、このテレビ番組のプロが集結した精鋭たちの前にあって、その心配は長くは続かなかった。

2023年5月6日配信の「自粛中の渡部を救った豊洲の仲間たち」、2023年5月9日配信の「未公開トーク/自粛中・寿司職人から渡部へ…」というショート動画が再生回数が100万回を超えた。


100万回再生を超えたショート動画

そうしたなか、朝日新聞で脚本家・三谷幸喜氏が『渡部ロケハン』を取り上げた。YouTube界のトップランナーのひとりであるオリエンタルラジオの中田敦彦氏も自身の動画で『渡部ロケハン』を絶賛。『渡部ロケハン』は、回を重ねるごとに大きな反響を呼ぶようになった。


オリエンタルラジオの中田敦彦氏が「渡部ロケハン」が面白いと取り上げた回(画像:中田敦彦のトーク - NAKATA ATSUHIKO TALKSより)

見えてきたという「一筋の光」

「業界の身内から反響が届き始めました。徐々に先輩や後輩から連絡がきて、あとYouTubeの『さまぁ〜ずチャンネル』さんで『渡部ロケハン』を紹介してくださったのが大きかったです。しかも動画の一番の上のほうに概要欄を貼ってくださって。そこから少しずつ届き始めて、再生回数も伸びましたね」(ソマ氏)

渡部氏にとっても大きな転機となった。復帰後、単発ではない継続的な仕事にめぐり合えたからだ。「これが僕がやっていくことなんだな」という一筋の光が見えたという。

「『渡部ロケハン』には多くの反響をいただいて、コメントもすべて目を通しました。僕はSNSではX(Twitter)もインスタもコメントを閉じています。すべて自分が悪いのですが、ネットニュースなどには厳しいコメントが多く、それが丸ごと世間の声という意識がずっとありました。でも『渡部ロケハン』のコメント欄で『頑張れ』『待っているぞ』という応援の声をたくさんいただき、本当に救われたんです」(渡部氏)

実は渡部氏は『渡部ロケハン』の前に、『アンジャッシュ渡部チャンネル』というYouTubeを2019年12月に立ち上げていた。しかし、活動自粛を機に更新は途絶えている。結果的にだが、復帰後、安易にYouTubeをスタートさせなかったことは功を奏した。渡部氏への逆風がまだまだ大きい中、番組を人気化させることは、並のチームでは到底不可能だったからだ。

「最前線で活躍している西村さんとカツオさんがこの番組でいつも楽しそうにやってくれていて本当に嬉しいです。最後、ロケ現場のスナックにわざわざ来てくれたり、『この番組をこうしていきましょう』とか提案してくれる。ディレクターのソマさんも現場を楽しんでくれている。チームのモチベーションの高さを感じます。本当にいいスタッフに恵まれました」(渡部氏)

映像ディレクターのソマ氏、放送作家の西村氏とカツオ氏も実は渡部氏とガッツリ一緒に仕事で組んだ経験は少なかった。実際に現場で体感したのは渡部氏の人柄だった。

「はじめて仕事で密にご一緒しましたが、渡部さん、周囲への気遣いもすごくて、めちゃくちゃいい人なんですよ。カメラが回っていても回ってなくても。温かい人で印象が変わりました」(西村氏)

だからこそ演者・渡部氏の見え方には細部まで気を遣う。

「渡部さんが応援される番組を作ろうというのがテーマ。少しでも渡部さんが横柄な印象に見られないように、3人で話しながら注意しながらやってます」(カツオ氏)

渡部氏の武器といえば、「グルメ芸」と呼ばれる熟練されたグルメロケの話術と知識。西村氏ら百戦錬磨の制作人からしても、衝撃だという。

「言葉選びが月並みじゃないんです。たとえば、『テレビ映えはしないけど、中華の教科書1ページになる店』と表現したり、絶賛するわけじゃなくても、ちゃんと褒めるポイントが際立つようなコメントをされる」(ソマ氏)

「渡部さんは長年テレビで生き残ってきた人なので、番組が使いやすくて、かつ、お店の方が喜ぶ“グルメパンチライン”を知っている。テレビマンがテロップしたいワードも熟知されてますよ」(カツオ氏)

渡部氏のそんな技術が見えるのが、たとえば4月28日配信の堀切菖蒲園編で、町中華の店に入り、500円のラーメンを食し、「皆さんが想像しているそのままの味」「ど真ん中王道中華そば」と視聴者に脳内試食させるようなワードはまさしく“グルメパンチライン”ではないだろうか。

「飲食店の方々は、命懸け」

一時期、テレビ業界で「グルメ王」と呼ばれ、さまざまな番組で食レポを通してグルメの素晴らしさをプレゼンしてきた渡部氏にはある信念がある。

「飲食店の方々は、命懸けで経営されている。もしテレビで変な写り方をしてしまったら、一生の生活を脅かすことになってしまいます。だからいい加減なことはできない。テレビで食レポをやっている中でわかったことです。『どうすればこの店がよく見えるのか』『どうすればこの人が魅力的に見えるのか』という視点でロケに関わるようになりました」(渡部氏)

『渡部ロケハン』でも渡部氏は飲食店への敬意と配慮を忘れない。

「この番組は必ず美味しいものはフォーカスの仕方で『これがすごい』とわからせることができるし、一見、普通の店でもこういう角度で光を当てたらこの店の良さが出るっていうのは、心がけてますね。チャーハンを食べて、何が美味しいのかをきちんと言わないといけないですし、このメニューをこの値段で提供していることがいかにすごいのかも伝えないといけない。お店のいいところを見つけることなんです」(渡部氏)


2年前に魚に目覚めて海鮮料理屋を始めたという元・テニスコーチのお店で談笑する渡部さん(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

たとえば、2023年7月28日配信の庚申塚編ではまだどのメディアからも紹介されていない、その日とれた旬の魚を楽しめる海鮮料理店やスコッチエッグが美味しい町の洋食屋を発掘。その際も「2年前に魚に目覚めて海鮮料理屋を始めた元・テニスコーチ」と「日本を代表するグランメゾンの元・支配人とソムリエが営む洋食屋」というバックボーンを知ることができたのは渡部氏のトーク力とグルメ知識があってこそである。

左腕には「ロケハン」の腕章が

逆風がまだおさまったわけではないが、『渡部ロケハン』によって、ようやく今後進むべき道が見えてきたという。

「以前、僕が全国を食べ歩きする番組があって、飛行機の機内放送で流れていたんですよ。いつか、飛行機の機内放送で『渡部ロケハン』が流れないかなと。旅に行く人も多い飛行機に食べ歩き、飲み歩きの映像はフィットするんですよ。ずっと先だとは思いますが、その夢に向けて、この『渡部ロケハン』を本当に全力で誠心誠意、一生懸命やっていきます」(渡部氏)

『渡部ロケハン』の現場で、渡部氏は左腕に「ロケハン」と書かれた大きな腕章をつけている。まだ売れていなかった頃の渡部氏は、自身が芸能界で生き残るために“グルメロケハン”を全力で行っていたが、それへの原点回帰にも映る。強力メンバーで立ち上がった『渡部ロケハン』で渡部氏は今後、地上波にまで捲土重来を果たせるだろうか。

(後編に続く)

渡部建 お笑い芸人。1972年9月23日東京都出身。所属事務所のタレント養成所・スクールJCAの同期だった児嶋一哉とコンビを組み、アンジャッシュを結成。多数のレギュラー番組を抱え、イケメン芸人としても活躍。食べ歩きの趣味が高じて、グルメガイド本を出版するなどグルメ通としても知られる。2020年6月9日、自身のスキャンダルを理由にテレビ各局に対し、番組出演の全面自粛を申し入れた。2022年2月5日、芸能活動の再開を発表。

ソマシュンスケ 映像ディレクター。1984年8月29日福岡県出身。18歳で芸人を志し大阪のNSCへ。途中挫折。その後、大阪で映像の専門学校に行って卒業後上京。24歳の頃、制作会社に入りADとして下積み。『劇的ビフォーアフター』(ABC・テレビ朝日系)や『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)などを経て、番組ディレクターになる。人気バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)、『有吉反省会』(日本テレビ系)、『ニューヨーク恋愛市場』(ABEMA)を担当。2023年4月に制作会社いまじんを退社し独立。株式会社バリサンを創立。

西村隆志 放送作家。1977年。福岡県出身。 中央⼤学在学中に⽇本テレビの深夜放送の『電波少年的放送局企画部放送作家トキワ荘』に参加 、グリーンのネグリジェを着た「グリーン⻄村」として6カ⽉間、マンションと⼭奥の寺に隔離。最終オーディションを勝ち抜き、放送作家に。現在は、『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)『ZIP!』『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)などの人気番組の構成として活躍。またテレビ以外に、成田悠輔のYouTubeチャンネル、企業PRコンサルなどに取り組んでいる。

カツオ 放送作家。1980年、東京都荒川区生まれ。2000年、早稲田大学在学中に、劇団「盗難アジア」を旗揚げ。2005年まで、劇団主宰・俳優としても活動。2001年に演劇活動と並行して、放送作家の活動も始め、現在に至る。過去、年間600本の企画書を書いた実績もあり、自称・企画書渋滞系放送作家。現在は『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)、『千鳥の鬼レンチャン』(フジテレビ系)、『有吉ぃぃeeeee!』(テレビ東京系)など、30本以上のレギュラー番組・SNS映像コンテンツを担当。またバスケットにも精通し、バスケ系SNS等にも参加。

(ジャスト日本 : ライター)