トヨタが上海国際モーターショーで公開したbZ Sport Crossover Concept(筆者撮影)

日系自動車メーカー大手3社(トヨタ、ホンダ、日産)の中国販売台数は、2023年1〜8月にいずれも前年割れとなった。

中でも、日産とホンダが、それぞれ26.3%減、24.0%減と目立つ一方、トヨタ自動車は5.6%減にとどまったことから、中国市場で挽回する余地があると期待される。

価格競争が熾烈な中国新車市場で、「エンジン車とBEV」の二刀流作戦を展開するトヨタの巻き返しは、現実のものとなるだろうか。


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日本自動産業を牽引するトヨタには、中国市場で厳しい試練が待ち受けているといえるだろう。

フォルクスワーゲンが1984年に上海汽車と合弁で上汽フォルクスワーゲンを設立し、外資の先陣を切って中国に進出した。その16年後の2000年、トヨタは一汽トヨタ(第一汽車との合弁)を、2004年には広汽トヨタ(広州汽車との合弁)を設立し、中国での2社合弁体制を確立。その後は、中国のモータリゼーションの拡大に伴い、トヨタの中国販売は右肩上がりで伸びてきた。

「兄弟車戦略」で成功したトヨタ。しかし……

トヨタが中国で販売台数を伸ばしてきた要因としては、プラットフォーム(車台)の共通化とハイブリッド車(HEV)の好調が挙げられる。

前者では、TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)プラットフォームをベースに内外装を変えることで、2つの合弁会社からそれぞれ別の新車を投入する「兄弟車戦略」を構築。後者のHEVは、2015年に現地生産を開始し、今では中国国内で販売する1/3を占めるようになっている。中国のHEV市場でのシェアは、6割超だ。


2015年登場のレビン ハイブリッド。兄弟車にカローラ ハイブリッドがある(写真:トヨタ自動車)

中国でドイツ系メーカーに出遅れたトヨタは、新車投入や中国仕様車の開発などを通して、消費者ニーズにきめ細かく対応するマーケット戦略を打ち出し、着実に製品競争力を高めている。

2021年の中国販売台数は194.4万台に達し、過去最高を記録した。2022年には前年比0.5%減の194.0万台と10年ぶりに前年実績を下回ったものの、依然高い水準である。

しかし、2023年に入ると、BYDなど中国勢の躍進が外資系各社に大きな影響を与えている中で、業績の安定していたトヨタは苦戦している。中国乗用車市場におけるトヨタのシェアは、2021年の9.0%から2023年1〜8月には7.7%へと低下しているのだ。

そんな中でトヨタは人員削減、組織再編、販売促進などを実施する一方、自社車両・技術の安全・安定性をアピールしながら中国勢に出遅れたBEV事業に、積極的な姿勢を示してきた。しかし、そこには期待とともに「3つの条件」が浮かび上がる。

PHEV対抗、サプライチェーン、SDV開発

1つ目は、中国勢のPHEV(プラグインハイブリッド車)に対抗することだ。2023年1〜8月のBEV/PHEVのシェアは33%に達した一方、エンジン車のパイの縮小が値下げ競争を引き起こしている。

特筆すべきは、新車需要の半分を占めるボリュームゾーン(価格10万〜20万元の大衆車)で、これまでエンジン車を購入していた消費者がPHEVに流れている傾向があることだ。

PHEVはモーターと大容量電池を搭載するため、50万〜60万円以上ものコストがかかる。しかし、BYDは自社開発した「DM-iシステム」を搭載したPHEVを投入し、「油電同価(=エンジン車と電動車が同じ価格)」というキャッチコピーを掲げて、エンジン車市場に攻勢をかけている。


BYDの人気BEVモデル、SEAL(筆者撮影)

特に2023年2月に発売したコンパクトセダン、「秦PLUS DM-i」チャンピオンバージョンは、トヨタのロングセラー「カローラ」と同様の価格帯で販売しており、2023年1〜7月の販売台数は17.7万台と、カローラの1.7倍となった。

また、トヨタの優位分野である中型セダンでは、中間所得層以上が主に買い替えを目的に購入するため、「カムリ」が長年販売台数の上位を占めていた。BYDが9月に発売したPHEV「SEAL DM-i」はカムリより1割安く販売することで、中型セダン市場に打って出てきた。

価格、デザイン、パワートレインも洗練されているSEALがトヨタのドル箱である中型セダン市場で脅威になると、日本車の収益には大きな影響を与えると予測される。

2つ目は競争力を持つBEVサプライチェーンの構築だ。

トヨタは2019年以降、PHEVの兄弟車「カローラE+」と「レビンE+」、BEVの兄弟車「C-HR」と「イゾア」など、電動車を相次いで投入した。これらエンジン車プラットフォームで作られたBEVは、車載機能など「制御以外」の差別化がしづらく、かつ電池も高価なため、車両全体が高価格となる。

またトヨタは、BEV市場トレンドの変化を受け、2022年にスバルと共同開発したBEV専用モデルの「bZ4X」と、BYDと共同開発した「bZ3」を投入したが、これも成功とはいいがたい。


セダンBEVのbZ3(写真:トヨタ自動車)

bZ4Xは価格が割高で、エンジン車市場で構築したトヨタのブランド力も通用せず、販売は停滞。また、BYDの電池や駆動システムを採用するbZ3は、地場BEVのコスパに対抗できずにタクシー向け販売が多くなっている。今年7月には、ドアロック部品の安全性問題として1.2万台のリコールも発表した。

中国におけるトヨタのBEV販売台数は、2023年1〜8月に3万台となったが、市場シェアは1%にすぎない。電池駆動・制御システムを含む競争力を持つBEVサプライチェーンの構築は、トヨタの電動化シフトに欠かせないものとなるだろう。

SDV「ソフトウェア定義型車両」への対応

3つ目はSDV開発の加速だ。

SDVとはSoftware-Defined Vehicleの略で、日本語では「ソフトウェア定義型車両」とされる。SDV化は、BEV化と相まって加速しており、新たな乗車体験を実現するものだ。

テスラや中国新興BEVメーカーのクルマは、車載コンピュータを中核に据えた中央集中型の車載電子基盤を搭載し、OTA(Over the Air:無線によるソフトウェア更新)によりアップデートできる。

設計段階からEUC、車載OS、クラウドとの通信機能、HMIのアプリなど複雑なハードウェアとソフトウェアが組み込まれたBEVは、「走るスマートフォン」としてものづくりにイノベーションを起こしている。

フォルクスワーゲンは、人工知能(AI)・自動運転・コネクテッドなどの分野で先行する中国BEVメーカーの技術を活用し、開発プロセスの短縮や製品力の向上を図っている。

これにより、フォルクスワーゲンは一般的に2〜3年かかる新車開発期間を、中国BEVメーカーが求める9カ月まで短縮を目指すという。では、トヨタはどうだろうか。

トヨタは2023年8月、「トヨタ知能電動車研究開発センター(中国)」を発足させ、インテリジェント・スマートカー開発を強化する一方、中国合弁企業3社やグループサプライヤーと連携し、現地サプライヤーの開拓や部品設計の見直しを通じて生産コストの大幅削減にも取り組むとした。


江蘇省にあるトヨタ知能電動車研究開発センター(写真:トヨタ自動車)

中国新興BEVメーカー幹部の話では、こうした開発の現地化により、トヨタの新車開発期間は従来の4年から2年に短縮できるという。今後、コネクテッド技術を備えるレクサスが、SDV化でドイツ車との差別化を実現できれば、中国高級車市場でシェアの拡大を実現できるだろう。

BEV攻略への“本気”は実を結ぶか

中国政府が2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量をピークアウトさせ、2060年までに排出量を実質的にゼロにする目標を掲げている中、中国では「2035年までのガソリン車全廃」の機運が高まっている。

「クルマの端末化」が急速に進化している中、エンジン車を中心とする外資系メーカーがコスパの高いBEVモデルを投入しなければ、中国勢に太刀打ちできない状況だ。


上海国際モーターショーで発表した2台は、2026年までに発売予定のBEV10モデルの内の2モデルとして2024年に導入するという(写真:トヨタ自動車)

足元の新車市場では、中国勢の価格破壊がトヨタ車の競争力を一気に脅かした。トヨタが残存者利益を獲得するためには、車両のコストダウンだけではなく、競合企業を上回るブランド力の維持を意識しながら、サプライチェーン全体の見直しを急ぐ必要がある。

市場競争が想像以上のスピードで変化している今、BEV攻略への本気度が現われるトヨタの戦略転換には、実施スピードや成果の創出が求められるだろう。

トヨタの世界販売の約2割を占める中国で、既存の顧客層であるエンジン車ユーザーの電動化需要に対応することができれば、それはトヨタが世界で勝ち抜く1つの条件になるはずだ。

(湯 進 : みずほ銀行ビジネスソリューション部 主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)