転職した先でうっかり「前の職場では……」と話してしまってはいませんか?(写真:mits/PIXTA)

三千年の時を経て読み継がれる中国の古典『易経(えききょう)』。人が悩んだり迷ったり、決断を迫られる場面で示唆に富んだ教えを示してくれることから、経営者や研究者、医師、スポーツ選手など、いまも多くのリーダーが愛読していることでも知られています。その叡智をわかりやすく解きほぐした、易経研究家の小椋浩一氏の新刊『人を導く最強の教え『易経』--「人生の問題」が解決する64の法則』から、謙虚な心の大切さ、前職の話で気をつけたい点など、転職者が職場に早くなじむための処世術を紹介します。

紀元前からあった「ノウハウ」

『易経』は、今流行の成功法則に比べたら、非常識な考え方かもしれません。しかし、紀元前からずっと語り続けられてきたノウハウです。

「時流に乗る者は時流により滅ぶ」という真理の裏で、三千年もの歴史の波を経て生き抜いた『易経』には、決してブレないものがあります。

『易経』の教えをしっかり理解し、正しい手順で実践すれば、驚くべき結果が待っています。筆者の毎日も、学ぶ前と後ではまったく違うものになりました。仕事や家庭など、人生全般における悩みや迷いが消え、1つひとつが納得のいくものとして輝きはじめたのです。これは、10年以上『易経』を学び続けてきた筆者の実体験です。

ここでは、その教えの中から、転職した方に役立つ心得をお教えしましょう。※外部配信先では図表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください


地山謙は「謙虚さ」のもたらす価値を存分に説いたものです。

謙虚さは、一見すると相手に対して弱い姿勢に見えますが、効果という点では最強だと言えます。謙虚さとは「受け入れる力」です。器量(行為・スキル)などの「陽=押しの力」に対して、傾聴や学ぶ姿勢などは「陰=引きの力」であり、『易経』のなかでは繰り返しその価値が語られています。

しかしながら、いつも弱く出ていさえすれば良いわけではなく、時と場合に応じた対応をする必要があります。

謙虚さが吉なのは、相手に教えを請い、引き立ててもらわざるを得ない下の身分の時や、未熟な状況でヨコの信頼関係づくりが必要な時などです。リーダーや社長など、人の上に立つ立場にあっても、謙虚だとの評判があれば良い状況が生まれる、と『易経』は言います。

別の教え「火水未済(かすいびせい)=未完成で終わる時。反省で終えよ、の意」では、渡河に失敗する小ギツネの話が出てきますが、たとえ未熟でも謙虚であればきっと渡れると励ましています。それほど謙虚さというのは大事で、かつ強力なのです。

中途採用で失敗する「出羽守(でわのかみ)」

「謙虚さが大事」という点では、昨今の企業人事でよく聞く「オンボーディング」でも言えることです。

「オンボーディング」とは、もともと「船や飛行機に乗っている」という意味の「on-board」から派生した言葉で、新しく乗り込んできたクルーや乗客に対して、必要なサポートを行い、慣れてもらうプロセスのことを指します。

人事用語としては、企業が新たに採用した人材を職場に配置し、組織の一員として定着させ、戦力化させるまでの一連の流れを受けいれるプロセスのことです。

戦後の高度成長を支えた日本型経営の「新卒採用」は、事業がグローバル化し、「ジョブ型雇用」など欧米型に合わせていく過程で減る傾向にあり、「経験者(キャリア)採用」が急増しています。となれば、早く会社や職場になじんで活躍してほしいわけです。

もちろん、職場に早くなじめるかどうかは「お互い様」なので、会社側、本人側ともに注意を払い、適応するといった努力が必要です。キャリア入社に際して私がよくお話しするのが、「出羽守にならないように気をつける」という点です。

「出羽守」とは、大坂夏の陣で「燃える大坂城から命がけで千姫を助けた」伝説の武将、坂崎出羽守直盛(さかざきでわのかみなおもり)にちなんだものと思われますが、意味はまったく違います。

「前の会社では……」「以前の職場では……」など、やたらと前職の話をする人を揶揄した言葉です。

当人に悪気のないことが多いのですが、聞く側には悪い印象を与えてしまうものです。聞く側も仲良くなりたくて相手を持ち上げているわけですが、「持ち上げに乗ってしまうとかえって嫌われる」というのが、日本人の「本音と建前」の難しいところです。

坂崎「出羽守」もこんな話に名を残したとあっては、無念でしょう。せっかくですからその無念にも想いを馳せ、新しい職場では過去はすっぱり忘れましょう。そのほうが謙虚さも認められて信頼もされ、職場になじんで早く活躍できるようになります。

尊敬されるリーダーの、謙虚さの先には…

一方、謙虚さを捨て、むしろ断固とした態度をとるべき時もあります。自らが人の上に立つ立場にあって、その地位を脅かされているために守らねばならない場面です。

たとえば、部下が大事な指示を守らない場合、上司としての厳しさを見せられないようであれば、侮(あなど)られることでしょう。

これはいつの時代でも言え、敵から攻め込まれた場合も同じです。そんな有事に弱腰を見せるようでは、リーダー失格です。誰も安心してついてはいけません。毅然とした態度で攻撃を跳ね返しましょう。


しかし、あなたの謙虚さが普段から周囲に鳴り響いているのであれば、不安はありません。その姿勢を貫き、裏表のないあなただからこそ、危機に際しての強さはまさに「緩急の妙」で、それがきっと肝心な場面で良いメリハリになり、かえって効果的にもなるのです。

かのアリストテレスは次のように言いました。

「然(しか)るべきことがらについて、然るべき人々に対して、さらにまた然るべき仕方において、然るべき時に、然るべき間だけ怒る人は賞賛される」

このように、人から賞賛され、「この人についていきたい」と尊敬される大人物とは、単に謙虚でいればいい、単に怒ればいい、という単純なものではなく、複雑な状況判断のうえで、深い洞察力をもって、最適な態度がとれる人のことを言うのです。

『易経』でも最高の対応を、「時中(じちゅう)」「時(とき)に中(あ)たる」「中(ちゅう)する」などと表現しています。その時の状況にぴったりと合った適切な行動ができる、という意味です。

●『易経』からの問い●
あなたの考える「謙虚さ」とは、どのようなものでしょうか?

(小椋 浩一 : 易経研究家)