(写真:Indeed「いい未来は探せる(衛二の告白)」篇)

人材サービスを傘下に持つ大手企業幹部が苦笑する。「私にも転職勧誘メールが結構来るんですよ」。

求人情報が目に触れない日がないくらい広告が目立つ。求人情報関連のテレビCMの放送回数は2022年度に過去最多を記録し、今年も高水準で推移する。中でもこの数年で正社員の転職求人のCMが急増、テレビCMの4割は、若手を中心としたいわゆるハイクラス転職が占める。

CM総合研究所のCM好感度調査でも転職への関心度が高まっていることがわかる。「嫌だから辞める」から、生きがいや給料アップを目指す「転職勝ち組」時代がきたのかもしれない。

求人情報関連CMの放送回数は15年前の25倍

2022年度(同年4月度〜2023年3月度)に、放送されたCM(東京キー5局集計)のうち求人情報関連CMは、46企業から計5万7961回に。15年前の2008年度には2335回にすぎなかったから、ざっと25倍に膨れ上がった。


(出所)CM総合研究所

中でもスカウト型やエージェント型など、ハイクラス転職をうたった求人サービスの放送回数がコロナ禍明け以降激増している。放送回数は以下のとおり。2018年度2337回、2019年度2948回、2020年度1704回、2021年度1万2946回、2022年度2万3516回。

もう1つデータを示す。リクルートが8月に公表した「2023年4-6月期 転職時の賃金変動状況」は今後の賃金動向を示唆している。「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者数の割合」が35.0%と過去最高を更新した。2021年同期比で5.9ポイント増、2022年同期比で2.3ポイント増となっている。

働き方決める主権は企業側から働く個人に

2021年公表の総務省の労働力調査で転職希望者が増えていることについて、リクルートの藤井薫HR統括編集長が指摘していた。コロナ禍を機にテレワークの普及など働く自由度の高まりもあり「キャリアを見直した人が非常に多い。働き方を決める主権が従来の企業側から働く個人側に移行している」(2021年12月18日の日本経済新聞)。

労働市場の構造変化、働き手の意識変化は求人CMに表れている。

CM総研のデータによると、ハイクラス転職市場で「スカウト」というフレーズを2020年度にCMで使ったのが「ビズリーチ」。以後、「スカウト」「ハイクラス」「ハイキャリア」などとうたった求人CMが増えた。

これらのフレーズを使ったものでは、2021年度に「ビズリーチ」のほかパーソルキャリア「デューダX」、リクルート「リクルートダイレクトスカウト」、医療関連の求人をターゲットとするメドレー「ジョブメドレー」の4ブランドで計6371回放送された。

2022年度はさらにIndeed Japan「Indeed」、若手ハイクラス転職サービスを展開するエン・ジャパンの「アンビ」なども加わり9ブランド計1万4531回が放送された。

それぞれのフレーズをみると--「今すぐ転職じゃなくても、登録して待つだけ」(リクルートダイレクトスカウト)。「すべての未来は選ぶことから始まっている。やるべきことは自分の未来を考えること」(デューダX)。「あの会社から?こんなポジションで。なんて魅力的な仕事。こんなにスカウトが来るなんてすごいな」、「登録したよ。スカウト見ないと自分の市場価値わからないもんな」(ビズリーチ)など。

自分の仕事上のスキルを客観視し、生き方を問うCM展開が多い印象を受ける。

転職CMに40代男性が反応

IT人材をターゲットとする「レバテック」のCMでは、ITエンジニア役の賀来賢人が宇宙人役の八木莉可子とこういう会話を繰り広げる。

八木「そこ(会社)楽しいのか?」
賀来「楽しくは、ない」
八木「それでいいのか?」

このCMについてCM総研のモニターからは「『仕事って何だろう』と思わされるCM」「考えさせられる」などの反応が返ってきた。

受け手の視聴者側の反応はどうか。視聴者のCMへの関心を示すCM好感度は2020年に前年の4倍に伸長した。CM好感要因15項目のうち「商品にひかれた」のスコアが最高値となっており、転職意欲への表れが見て取れる。15階層別にみると、40代の男性がもっとも高い9.0%で、50代の男性が8.7%といずれも最高値を記録した。

ハイクラス転職のCM出稿時間帯を見ると、ビジネスパーソンの在宅時間を狙った20時以降が目立つ。20時台2597回、21時台2421回、22時台2399回、23時台3511回。いずれの時間帯も前年の約2倍に増えている。24時以降の深夜帯となると3000〜5000回とさらに増えている。

リクルートの「リクルートダイレクト」は19時〜22時台のAタイムを狙った出稿が多い。就寝前の隙間時間である深夜帯に多くオンエアするなど、各社の広告戦略の違いがある。


(出所)CM総合研究所

転職をポジティブにとらえる傾向も

6年ぶりにブランドコンセプトを、「いい未来は探せる。」と刷新した「Indeed」。Indeed Japanのマーケティング本部シニアディレクターの田尻祥一氏は次のように語る。

「終身雇用が当たり前ではなくなりつつある中で、自分のキャリアを見つめなおす機会が増えている。6月に公表した、『転職に関する5カ国比較調査』で、日本は他国(アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国)と比べ、転職動機で、現状の職場に不満という回答が目立った。

しかし今後は転職をポジティブにとらえるデータもあり、今変わり目にいると感じている。日本人が転職に期待することは給与に次いで、『やりがいを感じたい』が2位になるなど前向きな回答が上位を占めた。人々の仕事に対する価値観やライフスタイルが多様化する中、新たな仕事や働き方、人生を見つけるために転職を選択する人も増えるだろう」

業界関係者の1人は「構造的な人手不足を背景に求人市場は活況を呈している。また学生と話すと職業観が変わってきている。ジョブローテーションで昇進するより、専門領域に特化した仕事で生きていきたいとの考えも多い。終身雇用の価値観は崩れていくと思うが、世代間での違いはまだ残っており、転換期だと感じている」。

また現在の大量の求人CMについて「1つの求人ニーズに、複数社が殺到する広告バブルっぽい感じもする」と指摘する関係者もいる。

現代の転職CMが問いかけるメッセージ

日本の労働市場はバブル崩壊後、終身雇用と比較的抑制した賃金、低失業率という社会的黙契の基で推移してきたと理解する。それが産業構造の変化、海外企業との競争、そして突然のインフレに揺さぶられている。不可逆的な構造変化が起きているととらえるべきだろう。

社会全体として生産性の向上が最重要課題になった。そして働き手こそ生産性向上の重要資源でもある。

転職を含めた雇用の流動化は、むろん個人として「勝ち組」となれるかどうか重要なインセンティブとも考える。だがその流動化は社会全体にプラスに働くかもしれない。

現代の転職CMが伝えたいメッセージには、根源的な問いかけがあるようにも思える。「あなたの仕事や職場、そして生き方はそれでいいのか?」。

(関根 心太郎 : CM総合研究所 代表)