道東の漁港から定置網漁に向かう漁船に同行、ブリは多く獲れたが…(筆者撮影)

中国による水産物輸入禁止措置もあり、日本の水産物需要を支えてきた北海道の漁業・水産業が大きな転換期を迎えようとしている。中国問題では危機を乗り越えるべく応援キャンペーンが繰り広げられているが、抜本的な解決にはつながっていない。そうした中、未来を見据えた新たな動きが始まっていた。

北海道庁の地下食堂で道産のホタテフライを味わう鈴木直道知事の姿がテレビの画面に流れていた。12日から始まった「道産ホタテフェア」の様子を流すニュースだ。道はこの日から始まった第3回定例道議会に約3400億円の補正予算案を提出。道産水産物の消費拡大に向けたPR活動費などが盛り込まれた。あわせて「食べて応援!北海道」キャンペーンを展開している。

道庁のキャンペーンにとどまらず、ふるさと納税を通じた支援を訴える動きも相次いでいる。また、函館の水産物加工業者が中国向けなど海外に出荷する予定だったホタテなどを国内消費者向けに販売するECサイトをオープンしたというニュースも報じられた。

値崩れが怖くて、我慢比べ

しかし、道内の漁業、水産業者の表情は冴えない。40代の漁業関係者がこうこぼした。

「中国に輸出できないから、ホタテなんかそれこそ在庫がどんどん積み上がっているわけ。国内向けに販売すればいいというけど、値崩れが怖いからみんな様子見。我慢比べをしている。どこまで我慢しきれるかなぁ」

輸出できないホタテは大型冷凍庫に保管されているが、その保管料がかさむばかりだ。

政府は、水産業者向けの加工設備導入経費の補助や新たな輸出先開拓支援などに急遽207億円の緊急支援を打ち出した。だが、関係者からは「販路開拓なんてすぐに対応できる話じゃないし、補助があるからといって、この状況で設備投資をできるような業者は一握り」といった声も聞かれる。

すでに海産物の価格は昨年を下回っている。道によると、キンキ、サメガレイ、ウニなど道産の高級魚介類の販売価格が前年比で4〜5割程下落していることがわかったという。

また、水産庁によると道産のホタテは7月中下旬の1キロ当たり平均195円から8月には173円に下落。道産のナマコは昨年同時期は1キロ4500円だったが、4000円まで下がったという。今後、在庫が大量に放出されれば、値崩れは歯止めがきかなくなる。

そんな厳しい状況にもかかわらず、ネット上には「これまで中国にばかり輸出して、国内の仕入れ業者を相手にしてこなかったのに、今度は助けを求めるなんて虫が良すぎる」「庶民からすればまだ高値」といった声が上がっている。しかも、輸出を促進してきたのは国や道である。問題の根は深い。

海の異変による不漁も打撃

問題は中国の禁輸だけではない。海水温上昇に象徴される海の異変で、サンマやイカは記録的な不漁が続いている。その象徴がイカだ。道南沖では、この夏の海水温が昨年より約3度も高く、イカ漁はサッパリだ。2013年には2万2155トンあった漁獲量が2022年は3106トンまで激減している。

去年は豊漁だったサケはどうか。道東で取材中、こんな話を耳にした。

「今年は(春から夏にかけて獲れる)トキシラズがさっぱりだった」

釧路管内のトキシラズを含むシロザケの水揚げ量(速報値)は、不漁だった昨年よりも4割近く少ない約60トンだった。過去4年で最低だ。

釧路市の和商市場の売り場で話を聞いても「今年は少なかったね」とポツリ。


釧路の和商市場で売られていた魚(筆者撮影)

秋サケはどんな状況だろうか。北海道連合海区漁業調整委員会調べの「令和5年 秋さけ沿岸漁獲速報」によると、最新の9月10日時点では、総計が約101万尾で前年同期比27.8%減、金額は約27億2000万円で同35%減となっている。秋サケ漁は遅いところで12月中旬まで続くが、巻き返しはあるだろうか。

現状を把握すべく、9月中旬、道東の漁港から秋サケ(アキアジ)の定置網漁に向かう漁船に同行した。波に揺れる漁船で海の男たちが定置網を手繰り上げる。やがてバシャバシャと水しぶきを上げた魚の群れが引き上げられた。ブリ、ブリ、ブリ。秋サケはほんの少ししか見当たらない。ウミガメまで上がった。

4地点の定置網を引き上げてこの日の漁は終了。ブリは今シーズン最高の4トン超。一方、秋サケはわずか200キログラム。ブリがサケの20倍以上。これが北の海の現実だ。

「豊漁」の基準が下がった

どうも今年も秋サケはあまり期待できそうにない。そもそも昨年が豊漁だったというが、昨年の漁獲量は8万3800トン。それまで3年連続で5万トン台だったから「豊漁」と大騒ぎされたのだが、過去には23万トンという年もあった。5万トン台といえば10年前と比べても半分ほどの水準になっているのだ。

そんな環境の変化に対応すべく、新たな動きが始まっている。ひとつは釧路市で行われているシロザケの陸上養殖だ。事業に取り組んでいるのは、不動産事業や水質浄化を手掛ける滋賀県のウイルステージ。これまでにトラフグなどの陸上養殖の実績がある。

釧路市内の日本製紙工場跡地で4月からサケの稚魚約800匹の養殖を倉庫内の大型水槽で始めた。来年春にはふるさと納税の返礼品などでの活用を考えているという。総事業費は4193万円で、約2800万円は釧路市の補助金だ。

釧路市の担当者に話を聞いた。

「令和4年、5年の2カ年の補助事業で、いまは陸上養殖で育つかどうか実証実験の段階です。成功すれば原魚の確保により水産加工業の経営の安定化をもたらします。海面漁業と陸上養殖の2本立てが実現すれば、まちの活性化にもつながるものと考えています」(釧路市産業振興部産業推進室)

ふるさと納税に活路

豊漁のブリをブランド化し、ふるさと納税の新商品開発を行う。そんな取り組みも始まっている。舞台は釧路市に隣接する白糠町だ。ふるさと納税で4年連続、受け入れ寄付金実績全国4位(町村1位)の実績を誇る自治体だ。

9月13日、一昨年から白糠町と手を携え、ふるさと納税のデータ分析や新商品開発に取り組んできた東京のイミューの新工場が完成し、落成式が行われた。式には棚野孝夫町長も参加し祝辞を述べていた。

この工場で生産するのは白糠町の新たな返礼品。船上で活き締めした7キロ以上のブリを「極寒ブリ」として商標登録し、「ブリしゃぶ」として提供する。工場には最新鋭の急速冷凍機を設置し、ブリしゃぶをワンフローズン(1回冷凍)で寄付者に届けることを可能にした。

すでにふるさと納税のサイトには「天然極寒ぶり ブリしゃぶセット400グラム」(寄付金額2万4000円)として出品されている。初年度の生産予定は3000セット。このほか「漬け」「ブリかま」も取り扱い、初年度のブリの取扱量は約4トンになる見込みだという。


ブリしゃぶの試食会の様子(筆者撮影)

釧路市のシロザケの陸上養殖、白糠町のブリを活用したふるさと納税返礼品と、いずれも地元自治体と道外の業者が提携している点が共通している。外部のアイデア、実行力を取り入れながら地域活性化に結び付けていく。

獲る漁業から育てる漁業、新たな技術を導入した加工品で勝負する水産業。スタートしたばかりのこれらの事業はまだ規模は小さいが、こうした事業者に続く動きがどんどん出てくれば、北海道の漁業・水産業に大きな変革をもたらすかもしれない。

(山田 稔 : ジャーナリスト)