アメリカの株価はインフレ高止まりで楽観論が後退、日本株もツレ安した。今後の株価はどうなるのだろうか(写真:ブルームバーグ)

日米の株価は、徐々にではあるが「買われすぎ」から「正常な位置」へと歩みを始めたと判断する。すなわち、まだ株価調整は序盤であって、さらなる下落を予想する。

今回は日米の市場を2つに分けて、「なぜ株価が買われすぎだと判断するのか」を解説しつつ、楽観に浮かれている投資家に「冷静になれ」と水を浴びせる株価下落要因をまとめてみよう。

米国株は楽観に走りすぎていた

まずはアメリカの株式市場だ。少し前まで、「企業業績悪化を懸念するほど景気は悪くないし、インフレの高進とそれに伴う金利高を心配するほど景気は強くない」といった、「いいところ取り」に走っていた。

あとで解説するように、そうした楽観にきしみが生じ始めているのだろう。主要な株価指数である、NY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均、S&P500種指数、ナスダック総合指数は、3つとも終値ベースで最近の最安値である8月の水準を下抜けた(ザラ場ベースでは、ナスダック総合指数は8月安値のわずか手前にある)。

それでも、株価指標で見るとまだ高すぎる。S&P500の予想PER(株価収益率、アメリカのファクトセット社集計)は、近年は15〜18倍で推移してきた。おおよそ15倍を割れると割安、18倍を超えると割高を示すが、このPERは7月下旬には19.7倍とかなり高い水準でピークをつけた。その後はやや低下して、先週(18〜22日の週内平均値)は18.4倍となっているが、それでも18倍超でなお割高な局面が続く。

筆者は、NYダウの当面の安値予想値としてちょうど3万ドルとしている。そう語ると、「そんなに下がるのですか!」と驚愕したり、「そんな暴落はありえない」と反発する人が大半だ。しかし3万ドルは、22日の終値(3万3963ドル)からたった12%下にすぎない。別に暴落でも何でもなく、よくある株価調整の域だ。

また、NYダウが3万ドルに下落した場合、その間S&P500が同率下がったと仮定し、企業収益予想値に変化がなければ、S&P500のPERは16.1倍となり、これは通常の15〜18倍の範囲内で「普通」だ。つまり、NYダウが3万ドルまで下落するという筆者の主張は、結局は「高すぎる株価が普通になる」という意味にすぎない。

米国株が調整するとしたら、その要因は?

米国株が過度の楽観に支配されたのは、いいところ取りだと述べた。しかし、最近の材料は「企業業績悪化を懸念するほど景気は悪くなりそうだし、インフレの高進とそれに伴う金利高も心配しなければならないようだ」という厳然たる事実を示し始めている。

まず景気面を述べると、雇用情勢は景気の先行きを判断するうえで重要だ。雇用動向より先に動くとされるデータ(先行指標)はいくつかあるが、その1つである週当たり労働時間は前年比で減少基調を続けており、労働力が過剰であって、先行き雇用リストラが進む可能性を示唆している。また、別の先行指標である派遣業の雇用も、昨年3月をピークとして着実に減少しており、雇用リストラが派遣から正社員に広がるリスクが懸念される。

それでも最近まで個人消費は堅調だった。この背景は、2020年のコロナ禍において、連邦政府が家計向け補助金や失業保険給付金を上乗せして家計に現金をつぎ込み、それが手元の余剰貯蓄として積み上がっていたためだ。最近では、その貯蓄を取り崩して消費に充てていたことが個人消費を支えてきた。しかし、諸調査機関の試算では、その過剰貯蓄は11月には尽きるとされている。

一部の家計では、余剰貯蓄はとっくに消えてなくなっていると推察される。だが、一度味わった「身の丈以上の消費」というぜいたくはやめにくい。そのため、借り入れ(クレジットカードの利用を含む)への依存度を高めた家計が増えているようだ。

実際、クレジットカードの延滞率(返済が予定日より30日以上遅延した比率)をみると、直近の4〜6月のデータにかけて急上昇し、最近のピークを上抜けている。借り入れ依存による消費も行き詰まりつつある。

金融面では、経済全体の資金量を測るM2の前年比を見ると、史上初のマイナス圏に陥っている。これは、FED(連銀)の量的引き締め(ただし、経営が悪化した中堅銀行向けには、支援のため、連銀は資金を貸し付けている)や、前述の連邦政府による家計支援策の一巡に加え、民間銀行が融資に慎重になっていることが大きい。

連銀の四半期調査でも、融資審査を厳格化している銀行の比率が急上昇している。これは、家計向けローンの延滞増加もあるが、リモートワークの定着によるオフィスビルの業況悪化などを受けて、商業用不動産向け融資の劣化が懸念されるため、銀行が石橋をたたいて渡る融資姿勢を強めているからだろう。

次第に広がる「景気低迷下での高インフレ」

また、経済活動規模に対しての相対的なカネ余り状態を示すマーシャルのk(M2÷名目GDP)は、このところ低下基調を強めていたが、株価はそれに逆らって少し前まで上昇していた。だが、そうした大幅な両者の乖離は近年では見たことがなく、株価が下落する形で両者の乖離が縮小に向かうのだろう。

連銀はまだ利上げする可能性を残してはいるが、大幅な利上げを続けるわけではない。しかし、同国の長期金利(10年国債利回り)は強含み状態を続けている。そうした長期金利上昇の主要因としては、同国債の格下げや国債増発など、財政要因が挙げられる。

また、長期金利上昇のきっかけとしては、サウジアラビアの自主減産延長の報道を受けて、原油の国際指標であるWTI原油先物価格が1バレル=90ドルを超えてきたことが挙げられる。

アメリカ国内でも、クリーンエネルギー政策の推進を背景とした先行き懸念から、原油産出業者が原油の産出量を抑えてきている。需要の拡大ではなく、供給の抑制によるエネルギー価格の上昇は、「景気がよくもないのにインフレが高進し金利が上がる」との懸念を膨らませかねない。

では、日本株はどうだろうか。日本では、予想PERで見る限り、株価は割安ではないが割高でもない。TOPIX(東証株価指数)の予想PER(前出のファクトセット社調べ)は、近年は通常13〜16倍で推移しているが、先週(18〜22日、週平均値)は14.5倍で、ちょうど適正水準の中央に位置する。

ただ、とくに7月初めまで顕著だった株価の高騰は、日本企業の低PBR(株価純資産倍率)改善のための構造改革や日本経済のデフレ脱却(健全なインフレへの移行)といった「長期的構造的な変化」が「短期的に一気に進む」と誤解した「ツーリスト投資家」(日本についての知識が乏しい海外投資家)が、飛びついて買い上げたためだと判断する。

日本のことを熟知した海外長期投資家は日本を悲観視していないが、本当に構造改革が進むかどうか確認したいと、依然慎重な姿勢を崩していない。

どうやら、勝手に期待したツーリスト投資家は、「改革が一気に進むと思ったら、進捗が遅い」と勝手に失望しているようだ。例えば8月第1週から9月第2週の7週間で見ると、海外投資家の日本株現物投資はそのうち4週で売り越しとなっており、売り越し額も大きめだ。

筆者は日経平均株価の安値を2万7000円だと見込んでいるが、22日の終値(3万2402円)からわずか17%下にすぎない。加えて、前述の米国株と同様に、日経平均とTOPIXの下落率が同じ、企業収益予想値に変化がないと仮定すれば、日経平均2万7000円時のTOPIXのPERは11.9倍で、最近では昨年9月と同レベルだ。1年ほど前に現実にあったPER水準であり、とりわけ底を抜けるわけではない。

もし日経平均が2万7000円へ下落するとの見通しが途方もない暴落に思えるのであれば、7月初めまでの株価の上振れで視線が上に持ち上げられているからだろう。

円安の追い風も織り込み済み

日本経済・企業収益の実態面では、直近の8月分までの日本からの輸出金額が、2カ月連続の前年比マイナスに陥っていることが懸念される。一方で、株式市場では「円安だから輸出企業の収益は上方修正」との大合唱だ。

確かに、企業側が開示している自社の収益見通しにおいては、現状に比べてかけ離れた円高を前提としているところも多く、そうした企業の業績見通しは上方修正されるだろう。しかし市場は、現状の1ドル=145〜150円のドル円相場は、アナリストの予想値とともにすでに織り込んでいるものと考えられる。

まだ対ドルで前年比円安であるにもかかわらず、世界経済の悪化に伴い、輸出数量は減退している(輸出数量の前年比は11カ月連続のマイナス)。そのことにより輸出金額が前年比マイナスに落ち込んでいるという「事実」を踏まえると、本当に現水準までの円安を輸出企業の株式の買い材料とみなしてよいかどうかは疑問だろう。

さらに、前述のようなアメリカ経済の悪化や同国株の下落が進展すれば、ドルが対円で大きく反落することがありうるだろう。「円安だから企業収益見通しは上方修正」とさけび続ける向きのはしごが外されて、地に落ちる可能性も、留意すべきだと考える。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)