(写真:マカロニえんぴつの公式サイトより)

マカロニえんぴつという若者に人気のロックバンドがある。通称「マカえん」。

「若者に人気」と書いている時点で、書き手の年齢がバレそうだ。私は現在56歳で「マカえん」というよりは「マカほう」、70年代後半の漫画『マカロニほうれん荘』世代である。

それでも8月30日にリリースされたニューアルバム『大人の涙』が素晴らしく、ファン層よりもかなり年上、東洋経済オンライン読者の平均よりも(多分)年上であるオヤジ、つまり私の心をわしづかみにしたのだ。

というわけで今回は、このロックバンドの魅力について書いてみたい。「マカえん」の魅力が、「マカほう」世代のオヤジにも伝わると信じながら――。

「マカえん」メンバーは全員音大出身

マカロニえんぴつは4人組ロックバンドである。公式サイトによれば「Vocal & Guitar:はっとり、Bass & Chorus:高野賢也、Guitar & Chorus:田辺由明、Keyboards & Chorus:長谷川大喜」。ボーカルのメンバーの名前には、ある先輩バンドからの影響が見られるのだが、それは後述。

彼らの経歴のポイントは、メンバー全員音大出身という事実だ。洗足学園音楽大学の「ロック&ポップスコース」出身なのだという(キーボードの長谷川大喜は電子オルガンコース)。

ただ「ロック&ポップスコース」ということだから、東京藝大出身のメンバー(井口理が音楽学部声楽科、常田大希が音楽学部器楽科チェロ専攻)がいるKing Gnuとは状況が異なる。むしろ出身、大阪音楽短期大学ポピュラーボーカル学科出身のaikoに近そうだ。

それにしても音大に「ロック&ポップスコース」があること自体、オヤジ世代には驚きである。同大学の公式サイトによれば、このコースの「POINT」として「講師は現役プレイヤー。現代の音楽シーンを身近に感じながら強い個性を発掘」「プロユースのスタジオを使って、時代をリードするミュージシャンを目指す」「コンサートやライブに多数出演し、新しい音楽の可能性を広げる」とのこと――隔世の感がある。

「ロックバンド」が音楽シーンの中心ではない時代

さて、ニューアルバム『大人の涙』の魅力は「音楽を好きすぎる若者たちが心から楽しんで、ワイワイ言いながら音楽を作っている感じ」にある。一言で言えば「ロックバンド感」だ。

この記事、ここまで「ロックバンド」という言葉を使ってきた。思えばロックバンドという形態は、90年代ぐらいまでは音楽シーンの中心的な位置にいた。しかし、今や絶滅危惧種とまでは言わないまでも、音楽は、デスクトップに向かって1人で作れる時代になっている。「ワンオペ・ミュージック」の時代だ。

対してロックバンドは、「ワンオペ・ミュージック」に比べて時間、手間、金、すべての面で面倒くさい、「コスパ」「タイパ」の悪い形態である。だからこそ、音楽シーンの中で、ロックバンドは中心から少しずつ端っこの方向へと移動していった。

しかし、マカロニえんぴつは、明らかにロックバンドなのだ。サイト「音楽ナタリー」の記事(2023年8月30日)で、『大人の涙』についてメンバー・高野賢也はこう語る――「バンドでやるレコーディングの楽しさが詰まってる1枚ですね。さらに愛着が湧くアルバムになったんじゃないかなと思います」。

またサイト「Billboard JAPAN」の記事(同日)で「どんな音をライブにおいて目指している」かと聞かれて、メンバー・田辺由明はこう答えている――「ポップスバンドではなくて、あくまでもロックバンドの音像でいたい、というかね」。

そんな彼らによる『大人の涙』には、メンバー同士の激しくも楽しい相互作用の中で作られた感じ、つまりは「ロックバンド感」にあふれている。

「音素」の数が桁違い

相互作用の中で、音楽的アイデアがどんどん積み重なっていったのだろう、結果、1つ1つの曲の中に詰め込まれた豊富なアイデアが、聴き手に満足感、満腹感を与える。

昭和のロックバンドの音がブラウン管、平成のそれがハイビジョンだったとすると、マカロニえんぴつの音は4K、いや8Kの超・高精細画面だ。画素数、いや「音素」の数が桁違いだ。

また、相互作用によって、音楽性が、聴き手の予想を裏切って、あさっての方向へと展開する。定番的なJポップから、どんどん外れていく。

このあたりは、青春時代の私も愛したロックバンド=UNICORNからの影響だろう。実は、ほとんどの作詞・作曲を手掛けるメンバーのはっとりは、奥田民生が在籍したUNICORNが大好きで、その名前もUNICORNのアルバム『服部』から名付けられている。

UNICORNへの憧れが高じて、今年5月19日には、UNICORNとマカロニえんぴつの「ツーマンライブ」が実現。はっとりがUNICORNをバックに「服部」を歌ったというのだが(そして奥田民生とはっとりが「旅をゆけ」という曲を共作したことが9月21日、発表された)。

今回の「大人の涙」においても、「TIME.」という曲のはっとりのボーカルはまるで奥田民生だし、「ありあまる日々」という曲は、タイトルがUNICORN「すばらしい日々」ぽくって、中身は同じく彼らの「ミルク」という曲に近い。

ただ違うのは、当時のUNICORN(特に後期)に感じた、聴き手をはぐらかそう・はぐらかそうという姿勢を、マカロニえんぴつの作品には、それほど感じないことだ。つまり開かれている感じがする。あさっての方向に向かっても基本ポップで、決してマニアックにならない。

このあたりはUNICORNとの時代の違いか、または音大での学びも影響しているのだろうか。そんな「変なことをやっても、基本ポップ」という感じは、同様に若者に人気のOfficial髭男dismに通じるものがあると考える。

オヤジリスナーをわしづかみにした楽曲

さて、『大人の涙』収録曲について言えば、リードトラックは#1「悲しみはバスに乗って」。テレビの音楽番組で見て驚いた。それ以降も、全曲飽きさせないが、オヤジリスナーには、特に#3から#6がいいと思った。

#3「たましいの居場所」にはクイーンみを感じ、以降#4「ペパーミント」にビートルズみ、#5「ネクタリン」にテクノポップみ(?)、#6の「愛の波」にユニコーンみ、という感じ。

ビートルズ、クイーン、テクノポップ、そしてユニコーン……ある意味、これだけオヤジにも開かれた若手ロックバンド(29〜34歳とのこと)はないのではないか。

思えば、我々オヤジ層は、ロックバンドが音楽シーンの真ん中にいた時代に青春を過ごした。ロックバンドに憧れて、楽器を始めて、即席バンドを組んで、スタジオに行って、チューニングもそこそこに無我夢中で演奏して、コードやアンプを急いで片付けて……を経験した世代だ。

あの頃の夢、スタジオの中に所狭しと楽器が並べられたUNICORN『ケダモノの嵐』(1990年)のジャケットにうっとりした世代の夢=「音楽を好き過ぎる若者たちが心から楽しんで、ワイワイ言いながら音楽を作っている感じ」が、『大人の涙』には詰め込まれている。

『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(2017年)という映画があったが、現代の奥田民生になりたいボーイの音を元・奥田民生になりたいボーイが聴いても、まぁ、バチは当たらないだろう。

「バンドマン」という言葉は…

マカロニえんぴつの音を聴きながら、私は「バンドマン」という言葉を思い出した。忌野清志郎が好んで使った言葉だ。

これだけロックバンドなのだから、マカロニえんぴつのメンバーはさぞかし「バンドマン」という言葉が好きなのかと思いきや、はっとりは意外にもこう語るのだ――「アーティストも嫌だけど、バンドマンはもっと嫌なんですよね」「バンドマンって、楽器持ってる映像がパンと出てきません? ミュージシャンのほうが5億倍いい。バンドマンって言われたくない。だってバンドマンですよ?」(ROCKIN'ON JAPAN/2023年10月号)

このあたりのはぐらかし方、やっぱりUNICORN譲りということか。じゃあ「バンドマン」の代わりに、憧れのバンドのアルバムタイトルでもある「スプリングマン」(SPRINGMAN)はどうだろう。


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(スージー鈴木 : 評論家)