元町工場の次世代BEV実証ライン(写真:トヨタ自動車)

今、生産台数で世界最大の自動車メーカーといえばトヨタ自動車だが、技術においてすべてが世界最先端というわけではない。だが、トヨタは時代の変化に応じて自らを変えることをいとわない、チャレンジャーである――。

こうした「トヨタの現実」を肌感覚で捉えることができた。トヨタが2023年9月中旬に豊田市およびその周辺で報道陣向けに行った「モノづくりワークショップ2023」に参加してのことだ。

「人中心のモノづくりで、工場の景色を変え、クルマの未来を変えていく」

これは次世代事業の構築に向けた単なるキャッチコピーではなく、トヨタがモノづくりの現場で今、大きな変化を生み出そうともがいている「本音」だ。

1日半にわたりトヨタの3工場を視察

トヨタ東富士研究所(静岡県裾野市)で実施された、トヨタ「テクニカルワークショップ2023」の約3カ月後、トヨタの本拠地である愛知県豊田市とその周辺にある3つの工場を、1日半にわたりじっくりと巡った。

これまで報道陣にはほとんど公開してこなかった、貞宝(ていほう)工場と明知(みょうち)工場、そして歴史が長い新車製造ラインのマザー工場である元町(もとまち)工場で次世代車製造に関するデモンストレーションを見た。


貞宝工場のスタートアップスタジオ(写真:トヨタ自動車)

モノづくりワークショップ2023の冒頭、執行役員・CPO(チーフ・プロダクション・オフィサー)の新郷和晃氏が「CPOとしての決意として」、次の3点を強調した。

・工程1/2
・新しいモビリティをもっとすばやく
・工場カーボンニュートラル・物流課題解決

本稿では、トヨタが「量産」の意味で使う「号口(ごうぐち)」向け技術として、一般的に関心が高いと考えられる3つの領域、「ギガキャスト」「次世代電池」、そして「次世代BEVライン」について紹介する。まずは、ギガキャストから。

ギガキャストとは、超高圧かつ超高速で行う鋳造を指す。テスラや中国の自動車メーカーなどがBEV(電気自動車)向けの製造方法としてすでに採用しており、日系メーカーを含めてグローバルで注目が集まっている技術だ。

テクニカルワークショップ2023では、ギガキャストで一体成型した車体後部と既存のプレス加工による部品を溶接して作った車体後部を比較して展示していた。

ギガキャストによって、86部品・33工程で作っていたものを、1部品・1工程で作るという。


左が現行の製造方法による車体後部。右がギガキャストで一体成形した同等部分(写真:トヨタ自動車)

鋳造について改めて説明すると、いわゆる鋳物(いもの)だ。自動車産業で現在、使われている鋳造は、主に低圧鋳造と高圧・高速で行う鋳造であるダイキャストの大きく2種類。

そのダイキャストでの圧力と速度を上げ、大きな部品を一体成型する鋳造方法を一般的にギガキャストと呼ぶ。対応する圧力について、トヨタは「6000トン以上」としているが、「ギガキャストの対応圧力など技術面での定義はまだない」というのがトヨタの見解だ。

今回、明知工場で視察した試作機の圧力は4000トンで、テクニカルワークショップ2023に展示された次世代BEVの車体後部を一体成型する工程を見た。

改良の成果は明らか

工程の内訳は、まず10秒程度でアルミを金型に注湯し、4000トンの圧力をかけてコンマ数秒で一気にアルミを固める。そのあと、数秒でアルミの温度を約700度から約250度まで一気に冷やして、金型から離形(取り外し)。最後に、金型に特殊なスプレーをかけて次の工程で離形しやすくしている。


明知工場のギガキャスト試作用設備(写真:トヨタ自動車)

トヨタによると、これまでも高圧のダイキャスト技術は使ってきたが、今回のような大きな成形に採用したのは、2022年9月が最初だそうだ。その1回目で作った鋳物の実物を見たが、一部の肉厚が薄かったり、仕切りであるスリーブの形状がしっかり成形できていなかったりと、粗さが目立った。

その隣には、初回から数カ月後に成形した改良型が展示されていたが、初回で目立っていた粗さが一気になくなり、量産に向けた方向性がしっかり見えた印象がある。

こうした改良について、トヨタは技術を解析するソフトウェア「Topcast」を使い、さまざまな条件を盛り込んだ計算を駆使して改良を進めている。そして、この解析の仕組みをまとめた平面図、「良品条件関係図(機能ブロック図)」を今回、社外に初公開した。

それを見ると、ギガキャストの各工程の条件として、材料の熱伝導率、安定域までの保有熱量、離形後のスプレーの照射量や時間など、数多くのパラメーターを設定していることがわかる。

こうした図の構成方法やパラメーターの種類、そしてそれらをどう調整するかは、数値によるデータ解析のみならず、モータースポーツ用や市販車向けの鋳造で実績のある匠(たくみ)の意見も積極的に取り入れられている。


デジタルを活用した匠の技能の継承(写真:トヨタ自動車)

つまり、「技能・技術」×「デジタル・革新技術」の融合には、TPS(トヨタ生産方式)という企業哲学が生きているのだ。

トヨタによると、ギガキャストの生産技術は今後、「号口(量産)に向けて、製造コストや部品としての性能と対応する圧力との最適化を探っていく」とし、一体成型物の大きさについては「車体全体を一体成型することも技術的に可能」だという。

そのうえで、「車体中央に位置する電池の技術革新。また、人やロボットによる加工や組立工程を考慮すると、車体の前後と中央の3分割構造が採用される(その一部にギガキャストを採用する)可能性が高い」という考え方を示した。

5種類の次世代電池

次に、電池関連の技術について。テクニカルワークショップ2023で、すでに「2028年までにBEV向けで5種類の新規電池を量産する」と公表していた。


トヨタが2028年までに量産する5種類のBEV用の次世代電池(写真:トヨタ自動車)

具体的には、現行「bZ4X」の三元系をベースとした高性能な「パフォーマンス版」と、LFP(リン酸鉄リチウム)にバイポーラ型を採用する「普及版」、正極にニッケルを使う「パフォーマンス版・バイポーラ」、そして全固体電池が2種類の合計5種類だ。

このうち、今回はバイポーラ型LFPと全固体電池の開発試作ラインの一部工程を視察した。まず、バイポーラ型LFPについてだ。

リン酸鉄リチウム系電池は、日本で普及する三元系リチウム電池で使うニッケルやコバルトなどの価格が高価な材料を使わないため、トータルコストが安い。ただし、三元系に比べてエネルギー密度が低く、バイポーラ型の採用で電池容量を稼ぐ方法をトヨタは考案した。

バイポーラ型は、従来のモノポーラ型と違い、集電体に正極と負極を持ち、その間にセパレーターを持つ構成方法。HEV(ハイブリッド車)用の電池では、2021年にバイポーラ型ニッケル水素電池を量産化しており、この技術を次世代BEV向けの超大型バイポーラ構造に応用する。


現行アクアで初搭載されたバイポーラ型ニッケル水素電池(写真:トヨタ自動車)

これにより、部品点数はモノポーラ型の1/3になるという。電池パックの実物を改めて見たが、全体としてかなり薄くなり各種配線などが少ないこともわかった。

こうしたバイポーラ型LFPのメリットを最大限に引き出すために、HEVで培ってきた技術を活用することに加えて、FCEV(燃料電池車)の精密塗工のノウハウとデジタル技術を駆使している。

デジタル技術による「検討」も欠かせない

精密塗工については、集電体(金属箔)の正極または負極(活物質)を塗ることに、課題がある。高速切替バルブや瞬間圧力昇降バルブによって厚みを均一に塗ること、また塗る箇所と塗らない箇所を綺麗に塗りわけることが必要だ。

トヨタによると、バイポーラ型LFPではFC(燃料電池)と比べて数倍の厚塗りが必要であり、または間欠塗工のため、FC向けの特許である液供給を止めた瞬間に吸って戻す「サックバック機構」を採用した。実際、間欠塗工の工程を見ると、高速かつ綺麗に塗れていることがわかった。

デジタル技術については、貞宝工場で見た製造設備の最適化を検討するMBD(モデルベース開発)を用いて、量産に向けた設備開発や実機の製作を進めている。


設備づくりへのデジタルツイン活用(写真:トヨタ自動車)

混錬機、プレス機、塗工・乾燥機、セル組付機、注液機、モジュール組付機器、活性化装置など、製造工程での各機器をデジタル上で再現するデジタルツイン化。これによって、最適な物流や人の動線をデジタル上で検討する。

期待される全固体電池は、どうだろうか。全固体電池とは、これまで正極/セパレーター/負極の間にあった電解液に代わって、固体の部分でリチウムイオンを伝える仕組みだ。

トヨタは、充電時間の短さと航続距離の長さを「全固体電池のうれしさ」として示した。

充電時間を現行電池と比較すると、これまで30分かかっていたところが次世代電池パフォーマンス版で20分、さらに全固体電池では10分と現行電池と比べて1/3まで一気に短縮できるという。

航続距離は、次世代電池パフォーマンス版で200%、全固体電池ではそこから20%増となると説明した。


貞宝工場の全固体電池開発ライン(写真:トヨタ自動車)

全固体電池の製造は、材料加工、つぶして固める電池加工、そしてできた板上の部品を「速く積む・ぴったり包む」という電池組立工程という流れで行われる。トヨタは、これを知恵と工夫、デジタル、新機構、高速制御などを駆使して、低コストで量産化することを目指す。

今回は、「速く積む」技術を詳しく見た。ポイントは、「速く」「ダメージなく」「精度良く積むこと」だ。

トヨタが独自に開発した装置では、同期制御して流れる小型コンベアの相対速度をゼロにして、上下のパレットが爪を離す/つかむタイミングを同調する「からくり」との合わせ技を使う。こうした量産工法をさらに研究し、2027〜2028年の量産化を目指すとした。

無人運転でなくなるコンベアという概念

最後に、元町工場での次世代BEVラインを紹介する。ポイントは、3つの「1/2」だ。


元町工場の次世代BEV実証ライン(写真:トヨタ自動車)

1つ目は、ギガキャストでの大型成型部品を含めた新モジュール工法による、「工程1/2」。2つ目が、車両が自走することでの「工場投資1/2」。そして3つ目が、デジタルツインで検証することでの「生準(生産準備)LT(リードタイム)1/2」だ。

今回、BEVが製造ラインを自動走行する様子を見た。従来の「コンベア」の概念をなくしたほか、シートなどを取り付ける作業も小型ロボットで自動化している。また、部品をトラックから降ろすフォークリフトや部品搬送も、無人運転で行う。

次世代BEVが自走する速度は、タクトタイム60秒に相当する時速0.36km。自動走行の仕組みは、工場内に設置したカメラでクルマの位置を認知し、目標経路とのズレを自走制御システムが計算、クルマ型の無線端末から車載の運動制御装置を介してモーター(アクセル)、ステアリング、ブレーキ、シフトバイワイヤ等を作動させるもの。

工場内の地図は、高精度な3次元地図ではなく、2次元地図で十分に対応可能だという。また、車両組立が終わった車両は、車載カメラなどのセンサーも活用して、屋外にある車両保管場所(ヤード)まで自走する。


車両搬送ロボットで運ばれるbZ4X(写真:トヨタ自動車)

なお、2022年から元町工場で混流生産されているbZ4Xとスバル「ソルテラ」は、電池組付工程がライン上に構築される2023年の夏休み休暇前までの期間、簡易的に元町工場の屋外、約80mを時速5kmで自走した実績があり、すでにBEV完成車の自走は可能となっている。

そのほか、ヤード内で素早い移動を行うためにトヨタが自社開発した、「ヴィークル・ロジスティックス・ロボット」が実走する様子も見た。

クルマづくり(モノづくり)の原点に戻ろう

以上が貞宝工場、明知工場、元町工場での1日半にわたるさまざまな視察の一部だが、全体を通じて、最も印象に残ったのは、「人の存在」であった。

匠の技術はもちろんのこと、最新デジタル技術を活用して工場間や部門間の垣根を超えた「人の共同作業」の密度の高さを実感した。

そうしたさまざまな部門の「トヨタの人たち」から聞こえてきたのは、「クルマづくり(モノづくり)の原点に戻ろう」という言葉だ。

BEV化を筆頭に、製造現場の環境が大きく変化しようとしている今だからこそ、そうした考え方がトヨタ社内で自然と広がっているのだと思う。


トヨタ創業の精神を実感する、当時24歳の豊田佐吉が考案した「豊田式木製人力織機」(写真:トヨタ自動車)

トヨタは今、大きく変わろうとしている。貞宝工場で見た、豊田佐吉が24歳のときに考案した「豊田式木製人力織機」を実際に動かすトヨタ社員の姿を見ながら、トヨタが今置かれている現実を再認識した。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)