東京・原宿のジュエリーショップ「匿名宝飾店」の正体が、実は「4℃」だったと判明。プロモーション施策が大きな話題を集めています(編集部撮影)

東京・原宿のジュエリーショップ「匿名宝飾店」が話題になっている。運営元を明かさず、商品の「デザインと品質」のみで判断してもらう。その大胆な戦略に注目が集まっていたが、正体が有名ジュエリーブランド「4℃(ヨンドシー)」だと明かされ、驚きが広がっている。

実は4℃は、SNS上で「ネタ」として扱われることも多く、なかば「イジられるポジション」として位置づけられている風潮があった。ネガティブなイメージを、あえてテコにするようなプロモーション施策とあって、称賛の声が集まっている。

ネットニュース編集を長年やってきた筆者の経験からすると、SNS上でネタにされることにより、現実社会でのイメージとかけ離れてしまうケースは多々見られる。そこで今回は、匿名宝飾店をフックに、ネット普及による「ブランドイメージの固定化」について考えてみたい。

「匿名宝飾店」期間限定ショップの正体

匿名宝飾店は、2023年9月8日から24日まで営業している、期間限定のジュエリーショップだが、閉店まで残り数日となった9月20日、その正体が「4℃」だったと発表された。

4℃を運営する「エフ・ディ・シィ・プロダクツ」は連結151店舗(2023年2月期)を展開し、親会社である「ヨンドシーホールディングス」は、東証プライム上場企業だ。ブランド名の「4℃」も、それなりの知名度があるにもかかわらず、なぜ正体を隠した店舗展開を行ったのか――。

繊研新聞(9月20日ウェブ配信記事)に掲載された、瀧口昭弘社長のコメントによると、4℃が昨年50周年を迎えたのを機に、「今だからこそ、蓄積されたイメージを離れ、今一度原点に戻り、ジュエリーそのものを見てもらいたいとの思いがあった」ことが、匿名宝飾店オープンの理由になったという。なお9月19日までに、約4000人が来店したそうだ。


(画像:匿名宝飾店ホームページ)

正体を明かしたことで、もともと「匿名宝飾店」を知らなかった人も含め、SNS上で話題になっている。その多くは、ネット上でのブランドイメージを絡めたもので、「ネガティブを逆手に取った秀逸な施策」や、「物事の本質とは何かを考えさせられる」といった感想が多い。

このニュースを聞いて、まず筆者は「想像以上に4℃は、イメージを気にしていたんだな」と思いつつ、みずからの力で覆したことに感心した。それだけネット上では、ブランドイメージが、雑に扱われていたからだ。

4℃をめぐる「ネットユーザーの価値観」

「4℃」と検索しようとすると、予測キーワードの中に「炎上」も含まれる。これは別に、4℃そのものが炎上しているのではなく、4℃をめぐる「ネットユーザーの価値観」が話題になっていたことによる。

特に有名な例は、数年前に起きた「30代へのプレゼントとして、4℃はいかがなものか」といった論争だ。X(旧ツイッター)や「Yahoo!知恵袋」の投稿をみると、「大学生など10〜20代向けで、『オトナ』には合わない」といった理由から、「ダサい」と判断するユーザーはそれなりにいることがわかる。

「そこそこの年齢になれば」的な文脈で、同じく話題になりがちな恋愛ネタが「サイゼデート」だ。とくに初めてのデートで、イタリアンファミレス「サイゼリヤ」を選ぶのは、相手に失礼なんじゃないか……といった発言は、しばしばSNS上の火種となる。

筆者は「おいしいんだから、サイゼでいいのでは。金銭感覚が合っているかも確認できるし」といった立場だが、特別なムードを重んじる人々からは、「相手を尊重していない」と批判の声がでるのも一理あるのかもしれない。

4℃とサイゼリヤに共通するのは、「手が届きやすいのに、クオリティーが担保されている」点にあるだろう。言うまでもないことだが、価格と品質は完全には比例しない。サイゼリヤの場合、本職のシェフ・料理人の中にもその美味しさを評価する声が少なくない。

しかし、その一方で「庶民的だ」とナメられやすい側面もある。どちらも優れた企業努力の結果なのだが、少なくともSNS上では、ネガティブイメージの温床にもなっている。

根付いたブランドイメージからの脱却は容易ではない

しかしながら、これまで4℃は、ネガティブイメージに対して、明確な意思表示をしてこなかったように思える。というより、むしろ意思表示できなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。

ネットの風評と真正面から立ち向かってしまうと、「ムキになっている」と感じさせてしまう。従来からのファンを失望させないためにも、言葉で反論するのは得ではないだろう。その点、行動で示した「匿名宝飾店」は、最適解だったと言える。

相手の反応がないと、余計にたたく。これは人間に対するイジメの構図とも似ている。ひとたび「イジっていいブランド」だと認定されてしまうと、からかうユーザーも徐々に増える。その先にあるのは、ネガティブな形でのブランドイメージの固定化だ。

では、どうすれば、固定化されたブランドイメージを脱却できるのか。ひとつ考えられるのは、全く別のブランドを育てるパターンだ。関東や関西、九州を中心に70店舗以上を展開する寿司居酒屋の「鮨 酒 肴 杉玉」は、その成功例と言えるだろう。

この「杉玉」、実は回転寿司チェーン「スシロー」の系列だ。落ち着いた店内と、お酒をメインにした商品ラインナップ、そしてスシローより少し高めの単価にすることで、同じ寿司をメインにした業態ながら、違った印象を受ける。

杉玉とスシローの関係は、匿名宝飾店のように隠されているわけではないが、本稿を読んで「そうだったの!」と知る方もいるだろう。一連の「迷惑客騒動」は起きたが、イメージの異なる別ブランドを持っていたことで、リスク分散につながったのではないか。

あえて正体を隠して活動し、一定の成果を残したあとに「ネタバレ」することで、それまでのイメージを払拭するスタイルもある。今月解散した2人組YouTuber「ヴァンゆん」のヴァンビさんは、すでに人気YouTuberでありながら、1年ほど前から「spider-maaaaaaan(スパイダーメーン)」として覆面で活動。チャンネル登録者1000万人を達成したのを機に、今年8月に正体を明かした。

ヴァンビさんは2021年末、チャンネル登録者数に応じて、「ヴァンゆん」の相方・ゆんさんと結婚すると題したライブ配信を行った。しかし、事前の企画説明がされていなかったため、ゆんさんは困惑。視聴者からはブーイングが飛び、「大炎上」となっていた。スパイダーメーンとして活動を始めたのは、それから半年ほどたってからとなる。

ヴァンビさんの場合は、アメコミヒーローの「スパイダーマン」に乗っかった形ではあるが、むしろ「便乗」だからこそ、より内容で評価される必要があった。また、正体を自分から明かすのではなく、それなりの成果を残す前に「身バレ」してしまうと、視聴者からの興ざめを招くおそれがある。そのリスクを背負ったうえで挑み、成功したことは称賛に値するだろう。

「本質」を見極めることの大切さ

ライトノベルなどでは「異世界転生もの」と呼ばれるジャンルがある。その筋書きは、ふびんな主人公が死んでしまい、別の世界での転生を余儀なくされるものの、前世での記憶や技術が重宝がられ、活躍の場を得る--といったパターンが珍しくない。ファンタジーと現実社会は当然違うわけだが、レッテルや色眼鏡を排した「本質」を見極める大切さは共通している。

匿名宝飾店のコンセプトには「ブランド名からではなく、ものを見て、自分の指や肌のうえで ジュエリーを好きになってほしい」「あなたの中で、もう一度デビューしたいから」といったフレーズがちりばめられていた。SNSでの風評を強く意識し、商品価値を再評価してもらいたいとの思いがうかがえる。

人は誰しも、変身願望を持っている。その手助けをしてくれるのが、ファッションだ。アクセサリーを身にまとう理由には、「いつもと違った自分」を演出したい側面がある。しかし、同時に「ホントの自分」も評価してもらいたい。素材のポテンシャルを引き出して、「いままでのイメージじゃない、自分らしさ」を醸し出す。匿名宝飾店が持つストーリーは、そうした欲求への「答え」を体現するものではないだろうか。

なお、今回のコラムでは「イジっていいブランド」と表現してきたが、本来そんな存在はあってはならない。企業そのものに感情はなくとも、そこで働く社員たちや、好んで買ってくれる消費者は、それぞれの思いを抱いている。法人も、また「人」だということを忘れてはいけないのだ。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)