「阪神の守備練習には緊張感と熱量を感じた」 高木豊が力説するキャッチボールの大切さと守備に対する意識
野球にエラーはつきものだが、勝負どころでの致命的なエラーは極力避けたいところ。しかし、長らく大洋(現DeNA)の中心選手として活躍した高木豊氏は、現在のプロ野球の守備について「練習が疎かになっているんじゃないか」と指摘する。
1987年に、日本記録となる二塁手としてのシーズン守備率.997(※2020年に広島の菊池涼介が守備率10割を達成するまで日本記録)をマークするなど、名手としてもならした高木氏に、時代の流れと共に変わった練習に対する考え方やスタンス、今年のキャンプで見ていた阪神の守備練習の変化、エラーの改善策などを聞いた。
今シーズン、ショートからセカンドにコンバートされて活躍する阪神の中野拓夢
――「練習が疎かになっている」とのことですが、どういった点が疎かになっているのでしょうか。
高木豊(以下:高木) 昔は練習時間をフルに使ってノックを受ける選手もいたんですが、今は「練習は"準備運動"」みたいな位置づけになって、試合で100%の力を出せるように持っていくのが主流になっています。体力的に100%で試合に臨むことも大事ですが、エラーをしてしまい、それが敗戦につながることもある。その点に関しては、練習と試合のどちらに比重を置くか、という問題でもありますね。
失策数を調べると、今よりも1980年代や1990年代のほうが多いんです。エラーが減っているのは、人工芝の普及やグラウンド整備の質の向上、雨や風など天候に左右されないドーム球場が多くなったことなどが要因だと思います。ただ、全体の失策数が減っている中で、明らかに増えているのが「暴投」なんです。つまり、練習量が多いとか少ないとかではなく、「キャッチボールが疎かになっている」ということは言えると思います。
――基礎的な部分が疎かになっている?
高木 そうです。守備がうまい選手はキャッチボールがしっかりしているんですけど、今はボールの投げ方を知らない選手が多い。小手先ではできていても、投げ方の基礎ができていないと大事な場面で"やらかして"しまいます。いろいろと工夫を凝らして練習しているとは思いますが、基礎的なことを疎かにしている感じがします。
昔に比べて、ピッチャーでいえば速い球を投げる、バッターであれば遠くに打球を飛ばすといった技術は格段に向上しています。ただ、守備に対する意識の低さをどうしても感じてしまうんです。
――単純に練習の量を増やすのではなく、「どんなことを意識して練習をするのか」が大事ということでしょうか
高木 そうです。暴投に関してはキャッチボールを見直すことから始めてほしい。ピッチャーやキャッチャーの送球が絡むエラーも多くなっていますからね。ファーストへの送球もそうですけど、普通に捕って投げればダブルプレーなのに、暴投でピンチをさらに広げるなど、そういった場面がすごく目立ちます。
「捕る」技術も同様です。例えばノックでも、至近距離からくる速いボールを処理するといった練習が、グラブさばきを上達させるためには必要だと思います。あと、落球も散見されますね。記憶に残っているところだと、関根大気(DeNA)が広島戦(7月16日)で平凡なライトフライを落球し、それが決勝点につながり負けたこともあった。とにかく、基礎的な練習を疎かにしなければ防げるエラーが多いんですよ。
――エラーが士気に影響したり、他の選手に伝染したりすることもありそうですね。
高木 勝敗に直結しやすいですよね。高校野球でもそうですが、"ドラマ"は必ずと言っていいほど守備の破綻から生まれます。あとは全体的に、打球に対しての反応が悪い。反射神経がちょっと劣っているなと感じます。
反射神経を含む運動神経が発達するのは12歳ぐらいまで、という理論が広まってきていますが、昔と今での"幼い頃の遊び方の違い"も少なからず影響しているんじゃないかなと。昔は外で、集団でいろいろな遊びをしていましたが、今は「外で遊ぶのは危ない」と言われることも多いでしょうし、遊び場自体が減っています。そういった生活習慣の違いが、プロ野球にも影響しているのかもしれません。
――先ほどピッチャーやキャッチャーが絡むミスが多いとの指摘がありましたが、連携不足で生じるエラーも多い?
高木 チーム全体で取り組む守備練習が減っているのかもしれません。野球のような団体スポーツにおいて「投内連携」などは必須ですし、そういう部分を疎かにしていると、守備が破綻してしまう要因になります。
今年、そのあたりのことに最も緊張感を持って取り組んでいたチームは、リーグ優勝した阪神です。私は春のキャンプを視察したんですが、特に全体の守備練習の時にいい緊張感と熱量を感じました。「珍しいな」と思いましたよ。明るく取り組むのが主流になっている時代に、ひとつひとつのプレーに対して意図を確認するなど空気がピリッとしていましたから。
エラーはどのチームでもします。ただ、守備練習に熱量をどのぐらいかけたか、どんな意識でやっていたかによって、エラーの意味合いが変わってくるんです。
――具体的に、エラーの意味合いがどのように変わるんですか?
高木 熱量をかけて練習しておけば、打球を追う際に簡単にあきらめたりしないはずですし、「これだけ練習したんだからエラーはできない」と必死になるでしょうが......「適当に練習していて、エラーしちゃった」ではまったく先がないですよね。
阪神の話に戻ると、本拠地の甲子園が土のグラウンドということもあって、エラーの数自体は多いんです。ただ、守備への意識が高いからか、エラーが失点に絡むケースは少ない。一方で、またDeNAと広島の試合(7月17日)になりますけど、広島の秋山翔吾のライト前ヒットを蝦名達夫がチャージせず、二塁ランナーを楽に生還させてしまったこともありましたよね。ああいった怠慢プレーは、練習に熱量をかけていれば起こりません。
――練習に熱量をかけるためには、コーチの働きかけが必要なのでしょうか。
高木 コーチや、監督が持っている緊張感でしょうね。ただ、キャッチボールなど基礎的なことをはじめ、守備に関しては全体的になんとなく緩いような気がしますし、反復練習が足りないんだと思います。内野手が、なんでもないゴロを捕ってファーストに送球する際、「そんなに慌てるか?」というエラーもけっこう見ますし。
2020年に菊池涼介(広島)が、二塁手として史上初の守備率10割を達成しました。その記録は、とてつもなくハードルが高そうに見えるじゃないですか。実際にそんなに低くはないんですけど、守備への意識を疎かにしていなければ、達成不可能なことではないんですよ。
――守備で不安な部分がある場合はどのように向上させていくべきですか?
高木 できないことは、反復練習で体に覚えさせるしかないと思います。冒頭で話したような「試合に100%で臨む」ということは体力を温存することではなく、ミスを減らし、いいプレーをするということで100%になる。そのためには確かな技術がないといけません。
決して今の練習のやり方を否定しているわけではなく、キャッチボールなど基礎的なことを疎かにせず、ひとつひとつのプレーの意図を考え、熱量をかけて取り組むことが大切だということ。そうすれば、練習量はおのずと増えていくはず、という考えです。
ただ、量より質とはいっても、あまりに練習量が少ない場合はコーチが選手の首根っこを捕まえてでも練習をやらせるぐらいの感じはほしいですね。プロ野球選手として働ける期間は、一生の中で考えると短い。その期間で輝くためにも、コーチが一蓮托生でやっていかないといけませんよ。
【プロフィール】
高木豊(たかぎ・ゆたか)
1958年10月22日、山口県生まれ。1980年のドラフト3位で中央大学から横浜大洋ホエールズ(現・ 横浜DeNAベイスターズ)に入団。二塁手のスタメンを勝ち取り、加藤博一、屋鋪要とともに「スーパーカートリオ」として活躍。ベストナイン3回、盗塁王1回など、数々のタイトルを受賞した。通算打率.297、1716安打、321盗塁といった記録を残して1994年に現役を引退。2004年にはアテネ五輪に臨む日本代表の守備・走塁コーチ、DeNAのヘッドコーチを2012年から2年務めるなど指導者としても活躍。そのほか、野球解説やタレントなど幅広く活動し、2018年に開設したYouTubeチャンネルも人気を博している。