中野信治に聞くなぜフェルスタッペンはここまで強いのか?レッドブルのマシン特性から考察
中野信治・F1インタビュー<2023年前半戦>前編(全3回)
2023年のF1は第14戦オランダGP(決勝8月27日)から後半戦がスタート。前半戦はレッドブルが全勝し、10勝を挙げたマックス・フェルスタッペンがチャンピオンシップを独走している。だが、元F1ドライバーの中野信治氏は「今のレッドブルのマシンにライバルを圧倒するほどの力はない」と語る。では、フェルスタッペンの強さの理由とは?
中野信治 新しいマシンレギュレーション(規定)になって2年目となりますが、レッドブルが開幕から連勝を続け、シーズンを席巻しています。レッドブルがレースに強い理由はいくつかあります。
まず、レッドブルのマシンはタイヤにやさしいんです。今季の前半戦、気温の低いサーキットではタイヤがなかなかあたたまらずに苦戦しているレースがありましたが、あたたまないということはタイヤへの負担が少なく、決勝で強さを発揮します。しかも、今ではあたたまりにくいという弱点をチームがクルマでアジャストしていますし、マックス・フェルスタッペン自身もドライビングで合わせこんで、タイヤをうまくコントロールできています。
2023年前半戦を全勝、圧倒的な強さを見せているレッドブル 撮影/熱田護
レッドブルはDRS(空気抵抗低減システム)が他チームのマシンよりもすごく効きます。直線スピードが伸びますので、当然、大きなアドバンテージになっている。さらに忘れてはならないのは、ホンダが開発した安定感のあるパワーユニット(PU)です。
今年のPUはパワーがあるだけでなく、信頼性も高く、ドライバビリティもいい。運転しやすいPUだからタイヤにも余計な負荷がかからず、結果的に長くもたせることができるという側面があると思います。レッドブルとフェルスタッペンの活躍の影には、ホンダの力が大きいんです。
ただ、今のレッドブルのマシンにはシーズンを全勝し、ライバルを完全制圧するほどの強さはありません。それでも、前半戦に他のチームに大差をつけてチャンピオンシップをリードできたのは、フェルスタッペンのドライバーとしての能力によるところが大きいと感じています。
ここ数戦、とくに予選では僅差の戦いが続き、時にもライバルにおくれをとることもあります。それでも際どい勝負のなかでしっかりとポールポジションを獲得できているのは、フェルスタッペンの力です。
マックス・フェルスタッペンの強さを解説する中野信治氏 撮影/村上庄吾
ただ、今年のレッドブルは、フェルスタッペン好みのクルマではないと思います。新レギュレーションが導入される以前、2021年までのレッドブルは「フェルスタッペン・スペシャル」と言っていいと思います。ピーキーな挙動ですが、フロントが入りやすく、すごく曲がっていくオーバーステア傾向のクルマでした。そういう特性のマシンをフェルスタッペンは得意としており、彼の持ち味がよく出ます。
ところが2022年以降のレッドブルは、簡単に言うと、重くて、フロントが入りづらく、曲がらないクルマ。でも、挙動はすごくマイルドで、乗りやすい。フェルスタッペンよりは、むしろチームメイトのセルジオ・ペレスのドライビングに合ったクルマだと言えます。
ペレスはピーキーな挙動は苦手で、少し曲がりづらいけれども、ステアリングをパッと切り込んでいくクルマを得意としています。開幕前のテストでのデータを見ると、今年のレッドブルは昨年のマシンよりもさらにマイルドな挙動になっていて、ペレスにとってはすごく乗りやすいだろうなと思っていました。逆にフェルスタッペンは、自分のおいしいところを使えないだろうなという印象を受けました。
実際、シーズンが開幕すると、ペレスがフェルスタッペンに負けないくらいの活躍を見せました。それはシーズン序盤、ペレスが得意とする市街地コースでのレースが続いたことも大きかった。平均速度が低く、高速コーナーのない市街地コースでは、ペレスとフェルスタッペンの間に大きなタイム差はありませんでした。ところが中盤戦に入り、ロードコースでのレースが続くと、徐々にフェルスタッペンが強さを発揮してきました。
その理由は明白です。やっぱり普通のサーキットに来てしまうと、コーナリングスピードがどんどん上がってくるので、ドライバーのもともと持っているスピード感覚やマシンコントロールの差が出てくるんです。その微妙な差のままでシーズンが進んでいくのかなと予想していたのですが、ペレスが普通のサーキットでミスを繰り返すようになってしまった。きっかけは、第7戦のモナコGPだったと思います。
ペレスは得意とする市街地コースのモナコGPの予選でクラッシュ。決勝は最後尾スタートとなり、ノーポイントに終わってしまいます。
ペレスに速さがないわけではありませんし、もともと強いドライバーです。だから、ゆっくりと自信と余裕をとり戻していけばよかった。でも、失ったポイントを早くとり戻さなければならないという焦りと、フェルスタッペンとのチャンピオン争いから脱落してはいけないプレッシャーにさいなまれ、ペレスはそれ以降にミスを連発。メンタルが少しずつむしばまれていったように見えました。結局、自分で自分を追い込んでいってしまったんです。
一方のフェルスタッペンは、ペレスが迷路に入り込んでいる間に、自分の走りを今年のクルマに完全に合わせこんできました。今のフェルスタッペンはレッドブルのマシンを完璧に乗りこなしています。
一見すると普通に走っているように見えますが、決勝では、前後のマシンとのギャップや路面状況などをすべて計算し、タイヤを守りながら限界ギリギリのところで走っている。あそこまで完全にコントロールされてしまったら、もう誰もかなわないですね。
ペレスは今、チャンピオン争いから完全に外れて、ようやく余裕が出てきました。夏休み前の第12戦ハンガリーGPと第13戦ベルギーGPでは表彰台に上がり、本来の走りに戻りつつあります。
前半戦を終えた時点でのドライバーズポイントは、首位のフェルスタッペンが319点で、ランキング2位のペレスは189点。この差はもういかんともしがたい。両者の間にこれだけの大差がついてしまったのは、純粋にドライバーの能力の差なのかなと感じます。
とはいえ、ペレス以外のドライバーがレッドブルのマシンに乗ったとしても、今のフェルスタッペンに近づくことは難しいと思います。それぐらい今のフェルスタッペンは乗れているんです。
昨年、フェルスタッペンは全22戦中15勝を挙げ、それまでミハエル・シューマッハ(2004年)とセバスチャン・ベッテル(2013年)が持っていた13勝という年間最多勝記録を更新しました。今年もフェルスタッペンは自らの最多勝記録を間違いなく更新してくるでしょう。(つづく)
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【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿(前・鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として、現在F2選手権に参戦する岩佐歩夢をはじめ国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜日のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。