天井まで積み上がったゴミの山。手前の毛布が唯一の生活スペースだったようだ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

会社役員としてバリバリ仕事をこなしてきたであろう男性。実は、長らく“ゴミ屋敷”となった部屋から出勤していたという。現役を引退した現在もそこで1人暮らしをしていたが、ついに大家から片付けの要請が出てしまった。そのゴミ屋敷の片付け中、予想外の事態が起きる――。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府大阪市)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、「過去もっとも片付けが困難だった現場」について語った。

近所では有名な「ゴミ屋敷」だった

ゴミ屋敷とはいえ、住人の出入りがある玄関はそれなりにスペースがあるものだ。しかし、この家は違った。玄関のドアを開けると、腰の高さまでゴミが垂直に固まっている。

その壁を超えた先は“ゴミの海”になっていた。2つの部屋、押し入れ、トイレ、すべてにコンクリートを流し込んだようにゴミが詰まっており、ゴミの上に立つと屈んでも天井に頭が当たる。ゴミの海の中に毛布が1枚敷かれていた。ここだけが生活スペースになっているのだろう。


ゴミは固まりすぎて、ドアを開けても崩れてこない(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

依頼のきっかけを住人の男性が話す。この家には約40年前から住んでいるという。すでに定年退職をし、杖をついて歩いているので70代前半といったところだろうか。

「仕事が忙しくて、なんやかんやしていたらこうなったという感じですね。15年くらい前から物が溜まりだしました。大家さんから『ちょっと片付けてくれ』って言われて、それで」


片付けに至った経緯を話す住人の男性(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

はじめにイーブイへ連絡をしてきたのは、大家の娘さんだった。母が所有するアパートにゴミ屋敷になっている部屋があるが、いくら片付けを頼んでも動いてくれないのだという。あいにく家の外にはゴミはあふれ出ていないので、強く言うこともできない。しかし、外から窓を見るとビッチリとゴミが詰まっている。

娘さんが幼い頃にこのアパートの前で遊んでいた40年前からこのような状態が続いており、近所では有名なゴミ屋敷なのだという。


室内はビッチリとゴミが詰まっているため、異常に暗い(写真左)。撮影用のライトを焚いてようやく右側くらいの明さに(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

家はあるけど、車の中で生活する日々

娘さんからのお願いで、イーブイの二見社長は片付けの説得から始めることにした。そこに住んでいる人がいる以上、大家からの依頼といっても本人の了承がなければ部屋に立ち入ることさえできないのだ。それに、依頼に対してお金を払うのは住人である本人だからだ。

「電話で話してみても、『自分でちょっとずつやっていくから』と言うだけでした。でも、片付ける様子はない。会社の役員をされていたので、お金に困っているわけではなく、費用を渋っているということでもありません。『僕たちを呼んでもらったほうが楽じゃないですか? 1回だけでも行ってみましょうか』と説得し、1カ月後にようやく片付けに入ることが決まりました」(二見社長、以下同)

というのも、住んでいる本人は部屋の様子にとくに困っているわけではなかったのだ。あるときまでは部屋で生活をしていたが、今は荷物を取りに帰るくらいで、ほとんど車の中で暮らしているのだという。車はアパートのそばではなく、わざわざ離れた場所に借りた駐車場に駐めていた。近隣の住人に見られるのが嫌だったのだろう。

「この仕事をやっているとわかるんですが、車の中で生活している人って実はすごく多いんです。わが社はゴミ屋敷をメインに取り扱っていますが、家ではなく“車の中を片付けてほしい”という依頼も定期的にあります」

今回のように、家はあるけれども車の中で生活しているという人もいれば、そもそも家がないという人もいるだろう。


今回のアパートには、依頼主の住人以外は住んでいないという(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


1日作業しても、ようやく床が見えてきたという状況。予定を変更し、2日にわたる作業となった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

イーブイの動画の中でたびたび耳にする言葉がある。それは、「本人が困っていないのであればそのままでもいい」というものだ。しかし、その条件は、その家が“ゴミ屋敷”なのか“モノ屋敷”なのかで大きく変わってくる。

「例えば、11人の家族が住んでいた前回記事の家は典型的な“モノ屋敷”です。今回の場合は生ゴミが多く、ゴキブリやその他害虫も発生していますし、衛生的な問題から説得してでも片付けるべき“ゴミ屋敷”だと思います。本人からすれば“モノ”かもしれないですが、第三者から見れば完全に“ゴミ”ということもあるので。でも、モノ屋敷に関しては自分だけの問題です。本人や同居している人がストレスを感じていないのなら、無理にモノを捨てる必要はないと思っています」


今回の家は“ゴミ屋敷”と言わざるをえない惨状だった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

電話越しに男性は「大家さんに片付けろと言われたから」と何度か繰り返した。見積もりにもなかなか行かせてもらえず、荷物の量を尋ねると「たかがしれていると思う。軽トラック1台でいける」と話していた。片付けの当日、初めて現場を訪れると、簡単な現場ではないことが見てすぐにわかった。

男性からの希望で、まだ使えそうな家具だけは残しておいてほしいという。ゴミで埋もれているので、まずは家具が見えるまでゴミを搬出し続ける。いつもは近隣への迷惑も考えて、部屋の中でゴミの仕分けを済ませるが、5時間後にはパッカー車(ゴミ収集車)が来てしまうので、量が多すぎる場合はそれでは間に合わない。

とりあえずゴミを袋に詰め、パッカー車が来たときに仕分けをすることにしたが、住宅街ではパッカー車をアパートの前に駐めておくわけにもいかない。近くの空き地を借り、そこまでゴミを1つひとつ運ばなければいけなかった。


作業中は尋常ではない量のホコリが舞い、スタッフを苦しめた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミを踏み続けて40年間生活

作業の終盤、予想外の事態が起きた。ゴミの山の上層は、小さな袋にゴミがまとめられていたので、比較的簡単に搬出することができた。男性いわく、下層には家具があるというので、上層さえ片付けてしまえばあっという間に終わるはずだった。

「想像していたのとまったく違ったんですよ。下層のゴミは袋に入っていなくて、この家全体がゴミ袋になっているような状態だったんです。それを40年間踏み続けているから、その圧でゴミがコンクリートのようにギチギチに固まっていました。さらに湿気も相まってより硬く、重くなっています。それを掘り起こして袋に詰めたら3倍くらいには膨らむので、かなりの量になります」


ゴミの重みで床に穴があいてしまった箇所もあった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

大家には「1日で終わらせてほしい」と言われていたが、急遽2日間に分けることになった。普段は和気あいあいと楽しそうに作業をしているスタッフからも、さすがに笑顔が消えていた。

最下層のゴミは新聞紙などの紙類が湿気で分解され、もはや土になっていた。40年もの間、押し固められているので、手でどうにかなる硬さではない。腐敗が進んで畳に穴が開いているところもあった。スタッフの1人がバールで固まったゴミを掘り起こし、それをひたすら袋に詰めていく。

男性は「15年くらい前からモノが溜まり出した」と話していたが、それより前の住み始めた約40年前から部屋はゴミ屋敷になっていたようだ。最下層からは、1987年の新聞や1983年の漫画雑誌が出てきた。松田聖子がCMで「SWEET MEMORIES」を唄った懐かしの缶ビールも発掘された。


地面が出てきたと思ったら、“土化”したゴミだった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


ゴミ屋敷になったのは「15年くらい前から」と住人は話すが、40年ほど前のものが次々と発掘された(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「正直、またすぐにゴミ屋敷に戻るパターン」


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片付けは2日間、計11時間45分で完了した。男性は畳や壁の張り替えなどの修繕をした後、引き続きこの部屋に住むそうだ。車の中で待っていた男性が部屋に戻ってきたが、反応はすこぶる薄い。

40年ぶりにゴミのない部屋を見たら、普通は喜ぶものだ。その反応を見て、「正直、またすぐにゴミ屋敷に戻るパターンだと思いました」と二見社長が言う。ゴミ屋敷から脱却できる人との違いは何だろうか。


片付いた部屋を見ても反応が薄い住人。この状態をキープできるだろうか(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「決定的な違いは、本人が困っているかいないか。片付けた後にゴミ屋敷やモノ屋敷に戻らない人って、やっぱりその部屋にストレスを抱えながら住んでいて、“なんとかしたい”という思いを持って依頼してくれています」

ゴミ屋敷脱却のために重要なのは、誰かに促されての片付けではなく、自発的に行動をしたかどうか。そこまで住人の気持ちを持っていければいいが、根気よく待つ時間が必要であるし、実る保証もない。どうしても脱却できないという場合は、散らかるたびに今回のようにお金をかけて一気に片付けてしまうのもひとつの手だ。


片付け前の和室。ライターがいくつも出てきて、スタッフを悩ませた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け後の和室。住人の要望通り、家具のみを残してすべて処分(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け前のキッチンとダイニング。奥に見えるのはトイレだ(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け後のキッチンとダイニング。湿気でゴミがコンクリート化&土化し、困難を極めた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

(國友 公司 : ルポライター)