苦しんだ1年を経て、選手としても人間としても成長した波多野。写真:安藤隆人

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 関西学生サッカーリーグ1部の第9節、同志社大は桃山学院大を1−0で振り切って、今季リーグ戦初のクリーンシートでの勝利を手にした。

「チームとしても個人としても嬉しい試合でした」

 試合後、笑顔を見せたのは同志社大2年生GK波多野崇史だ。終盤に相手の2度の決定機をスーパーセーブで凌ぐなど、完封勝利の立役者となった男は、今年にかける想いが相当強い。

「もう昨年でありとあらゆることを経験して、自分の中で価値観というか、サッカーに向き合う意味、自分の技術レベルを上げる意義をしっかりと整理することができたんです」

 昨年はまさにジェットコースターのような時間を過ごしていた。波多野は中学時代から全国の舞台で輝かしい成績を残してきた。中学生の時はサンフレッチェ広島ジュニアユースで中学3年生の時に日本クラブユースサッカー選手権U-15で優勝を経験。広島ユースでも3年時にプレミアリーグWESTを制した。

 トップ昇格こそできなかったが、同志社大に進学すると、すぐに出番を掴み、6月にはU-19日本代表としてモーリスリベロトーナメント(旧トゥーロン国際ユース)に出場し、5・6位決定戦にフル出場を果たした。帰国後、広島の練習に2週間参加。将来を担う守護神として一気に注目を集めた。
 
 しかし、この直後から波多野の名前はパタリと聞かなくなった。

「自分の人生において、これまでなかったくらい順風満帆に行っていると思ったのですが、上のレベルを見れば見るほど、もう自分が自分でなくなったというか、何をしても上手くいかない感覚に陥ってしまったんです」

 広島のアカデミーでは先輩である大迫敬介を目標に、持ち前の身体能力とアグレッシブさを武器に自信を持ってプレーしていた。それは大学に入ってからも変わらなかったが、彼の中で大きな転機となったのが、モーリスリベロトーナメントで戦ったアルゼンチン代表のエースストライカーであるFWアレハンドロ・ガルナチョの圧倒的な技術だった。

 当時17歳だったガルナチョは、この大会の直前にマンチェスター・ユナイテッドでプレミアデビューを果たしており、マンUとアルゼンチンの将来を担う選手として世界の注目を浴びる存在だった。そのガルナチョに波多野は先制点を奪われた。

「シュートセンスがずば抜けていた。シュートのパワー、正確さ、スピード、駆け引きのレベルが数段上を行っていた。一瞬、身体を開いたり、目線だったり、ちょっとした駆け引きで全て上を行かれていた。反応しているのに、『絶対に止められない』と思ってしまったんです」

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 衝撃が全身を走った。「これが世界レベルか」という体感よりも、「身体能力と反応は僕がこれから先、GKとして生きていくうえで最重要になる武器なのに、それが全く歯が立たないという現実を目の当たりにして、それが自分の中でずっと消化できなくなってしまったんです」。

 目の前に現われたとてつもない才能に、自分の自信を根こそぎ持っていかれた感覚に陥ってしまったのだ。

 ここから歯車が狂い出した。アルゼンチン戦から2か月後の8月に広島の練習に参加すると、今度は林卓人や大迫の技術レベルの高さに圧倒された。

「卓人さん、敬介さんはシュートコースに入るのが上手いし、かつ速いボールでもしっかりとボールや周りを見て弾くことができる。でも、自分はどうかというと、コースに入れているのにボールの速さについていけないという現実を目の当たりにしたんです。

 2人と自分と比べれば比べるほど、『俺はこの2人のレベルまで到達できるのか』と疑問を抱いてしまう自分がいて、さらに自信がなくなっていった。でも心の中ではプロになりたい、2人を超えたいと思っているし、翌年のU-20ワールドカップにも出たいと思っている自分がいる。その矛盾がどんどん大きくなっていく…もう悪循環ですよね」
 
 自信が失われていく自分に焦り、大学に戻ってから、がむしゃらに練習して、自分を必要以上に追い込んでしまった結果、9月に後十字靭帯を損傷。それでも無理して3週間ほどトレーニングをしてしまったことで、さらに悪化して9月末には動けない状態に陥ってしまった。

「完全にオーバーワークでした。結果としてもう昨年の後半はサッカーができない状態にまで自分を追い込んでしまった。でも、サッカーから一度離れたことで自分としっかりと向き合うことができたんです」

 サッカーができないからこそ、なぜ自分はここまで自信を奪われてしまったのか、どこが課題で、今後どこを伸ばしていかないといけないのかを冷静に考えることができた。そこで気づいたのは、あまりにも自分が身体能力と感覚に頼ってプレーしていたことだった。

「基礎を疎かにしていた。ステップワーク、身体の向き、ポジショニング、セービングの姿勢、キャッチング技術など、全ての基礎の部分をもう一度しっかりやらないといけないと。今、考えると僕のプレーはかなり勢い任せで雑でした。そこに繊細さを求めるようになったんです」

 GKとして、これまで自分がなぜこのシュートを止めることができたのか、なぜ止められなかったのかなどを分析し、感覚に理論や現象の裏付けを加えながら、プレーイメージを自分に落とし込んだ。
 
 昨年のリーグ後半を棒に振ってしまったが、年明けに復帰すると、練習やトレーニングマッチでイメージしてきたことを1つずつ表現していくうちに、これまでと違って冷静にプレーできている自分に気づいた。

 さらにメンタル面でも「チームメイトがサッカーをする姿や、敬介さん、ガルナチョがプレーする姿を見て、心の底から『もう一度、あの舞台に戻りたい』、『その先の舞台に立ちたい』と思えたんです」と、自分の目標や夢を再認識できた。

 そして今季は絶対的な守護神として、同志社大のゴールマウスの前で堂々たる姿を披露している。

「シュートに対してギリギリまで地面に足をつけて、しっかりと反応と身体のバネを活かして止める。ボールが動くたびや、相手のモーションが変わるたびにポジションをしっかり意識しています。

 今日の2本のシュートストップも、その成果が出たと思います。1本目は、シュートの瞬間はブラインドで見えなかったですし、シュートも味方に少し当たってコースが変わりましたが、ギリギリまで地面に足をつけていたことで反応できた。

 2本目も相手がペナルティエリア内に持ち込んできた時に、まずシュートコースを切ったのですが、一瞬、外側に持ち出した瞬間にディフェンダーがクロスのコースを切ってくれたので、瞬時にバックステップして、ニアに蹴ってくるコースを消すことができた。

 以前の僕だったら触ることができていなかったシュートだと思います。自分でも良い判断だったと思います」
 
 目標としていたU-20W杯には選ばれなかったが、波多野は苦しんだ1年間を経て、確実に選手としても人間としても大きく成長した。

「昨年の後半から“名前が消えた”時に、『サッカー辞めたんでしょ?』と言われたこともありました。でも、悩んでいた時に同志社大の松井清隆GKコーチや、広島ユースでお世話になった高田哲也さん、加藤寿一GKコーチから電話をもらったり、いろんなアドバイスをもらったりすることができた。僕だけじゃ絶対に立ち直れなかったので、いろんな人にこれから恩返しをしていきたいです」

 自分を見つめ直すきっかけを作ったガルナチョは、6月15日のオーストラリア戦でアルゼンチン代表デビューを飾った。

「いつか彼のシュートを真っ向から止められる選手になることも、自分のモチベーションの1つです」

 大きな刺激を受けて、野心に満ち溢れている波多野は、ここから再び、その名を全国に轟かせてくれるはずだ。挫折を乗り越えた人間は強い。これだけは間違いなく言える。

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)