来年のパリ2024パラリンピックの開幕まで500日を切った。車いすテニスでは、女子シングルスにおいてリオ大会で銅メダル、東京大会で銀メダルを獲得した上地結衣(三井住友銀行)の活躍に期待がかかる。そんななか、彼女は今、「自分がやるべきこと」に集中し、次なるステップに向けて歩み始めている。


パリパラに向けて新しいことにチャレンジを続ける上地結衣

 女子の世界勢力図を見ると、すべてのショットにパワーとコントロールを備えるディーデ・デフロート(オランダ)が単複ともに世界ランキング1位と、女王に君臨する。そのデフロートを筆頭に、トップクラスの女子は昨今、男子同様にパワー化とスピード化が進んでいる。2位につける上地は、2月のABNアムロオープンの時点でデフロートに18連敗中だ。

 そんななか、「自分もスピードを上げてプレーするために」と、上地はある決断を下した。プレーヤーの脚である競技用車いすを新しく変えたのだ。

「元の車いすは、スピンをかけやすく、しっかりと安定したボールを打つことができました。自分のプレースタイルに合っていたので、これまではそれでよかった。ただ、爆発的な、ボールを上からたたくようなショットの場合は、車いすに頼れないというか、自分の身体だけで(ポジションに)持っていかないといけませんでした。自分が求めるものが少しずつ変化していくと、車いすと自分の身体とがプレースタイルにマッチしていないところが出てきたので、車いすを変えることにしたんです」

 高く打つ、と言っても打点を高くしたいわけではなく、ボールにより力を伝えるというイメージだと言う。そのため、車いすは座面を上げるのではなく、フットレストを5cm下げて中腰のような体勢がとれるようにした。常に踏ん張るような姿勢で車いすを操作することになり、これまで以上にフィジカルの強化、とくに体幹を鍛える必要があるが、そのためのトレーニングにはすでに取り組んできたという。

 新しい車いすを受け取ったのが3月24日。その2週間後のダンロップ神戸オープンが、実戦で使用する最初の機会になった。「本来はしっかり練習で使用して感触を掴んでからなので、メーカーさんにも『2週間かそこらで試合に出るやつはおらんで』と言われましたけど」と、苦笑いを浮かべる上地。4月はソウルオープン、ジャパンオープンにも出場し、5月以降は海外遠征が続くが、あと1年に迫ったパリパラリンピックへの道のりを考えれば「不安がないわけじゃないし、正直言って時間はない」と、上地。

「ただ私は、変えたほうがいいと分かっているのに、何もせずにいるタイプではないです。結果として、今はディーデに勝てていないという事実がある。このままだと負け続けることが分かっているのに停滞することは、すごくもったいないと思う。無理に変える必要はないけれど、変えたら勝てるチャンスがあるかもしれない。それなら決断しよう、と。結果が思うようにいかなくても受け入れるつもりで挑戦をしました」と、想いを語る。

【国枝慎吾からアドバイス】

 4月のジャパンオープンには単複でエントリー。毎日車いすのセッティングを変え、よりよいポジションやプレーを模索した。女子シングルス決勝ではデフロートとの対戦が実現し、0−6、4−6のストレートで敗れたが、デフロートのボールの威力やバウンドの回転量にマッチしなかったこと、どのように間合いを取られて試合のペースをコントロールされるのか、そのなかでも自分がポイントを取れるパターン、制限はかかるがポジションに入れればかなり良いショットが打てる、など「良いことも、悪いことも」さまざまな収穫があったと前を向く。

「思い描くプレーがなかなかできなかった。もちろん勝ちたかった。でも、やっと1カ月たった車いすで、どこまでできるのかを知るのが今回の目標のひとつだった。出場してよかった」

 手ごたえもあった。第2セットは1−4とリードされながら、第6ゲームから4−4に追いついた。とくに第8ゲームは安定したサーブでデフロートのリターンアウトを誘い、ラブゲームで奪った。ほかのショットと同様に、サーブも球種を変えて、スピードにも変化をつけるなど試行錯誤しているところだ。新しい車いすにして姿勢がまっすぐな分、後ろに反ることはできるが、それを戻す体幹が土台としてないと威力が不十分でダブルフォルトも多くなる。だが、うまくハマった時はこのゲームのように「相手にさせたいこと」ができ、それが勝利への糸口となっていくのだ。

 実はこのサーブについては、元世界王者で1月に引退した国枝慎吾氏からの金言があった。1月のオーストラリア遠征から帰国後に東京に滞在した際、国枝氏に「私とテニスをしてほしい」と声をかけ、相談する機会を得ていたと明かす。

「国枝さんはすごくサーブがお上手だった。男子のなかで一番速いサーブを打つ選手ではなかったけれど、回転量がすごかったし、バリエーションが豊富だった。いろんな技を持っていたからこそ、サーブからのポイント取得率が高かったんだと思います。なので、どうやって打っていたんですか?って聞いてみたんです。そうしたらいろいろアドバイスをくださって。私は自分の背丈(身長143cm)やパワーを考えるとスピードを出すには限界があるので、すごく参考になりました」

 上地は5月1日からポルトガルで開催されるワールドチームカップ(国別対抗団体戦)の女子日本代表に選出されている。クレーコートシーズンも本格的に始まる。とくに、全仏オープンは過去に4度制しており、6月の大会で3年ぶり5度目の優勝なるかに注目が集まる。

「ローランギャロスはパリパラリンピックの会場にもなる。車いすをしっかりと調整して、どれだけクレーで力を発揮できるか。楽しみですね」と、上地は言葉に力を込める。

4月24日に29歳の誕生日を迎えた日本のエースは、新たな境地に挑戦し自らの可能性を切り拓いていく。