メルボルンのフィーチャーレースで岩佐歩夢(21歳/大阪)がポールトゥウインを飾り、FIA F2の選手権リーダーに躍り出た。日本人ドライバーがF1直下の選手権をリードするのは、史上初めてのことだ。

 しかし岩佐は「僕としても、チームとしても、今、チャンピオンシップはまったく頭にないくらいです」と語る。


FIA F2ランキングで現在ポイントリーダーの岩佐歩夢

 もちろん、昨年の段階から「2023年はF2でタイトルを獲り、2024年にはF1に行く」と語っていた岩佐だけに、選手権をリードする位置にいるのは当たり前のことだ。

 超激戦のF2でポールを獲るというのは強烈な速さの証。それに加えて、岩佐にはレースの巧さもある。昨年1年間をかけて磨いてきたそのふたつに、今年はさらに磨きがかかっている。

 そんな岩佐が、選手権のことを考えていないわけはない。しかし岩佐が言いたいのは、それ以上に主眼を置いていることがある、ということだ。

「(前戦の)サウジアラビアのあとからやってきたのは、まずチームとして強くならないと、僕たちも前に行けないということです。それを強く感じていました」

 開幕当初から優勝争いを念頭に置いてきたチームDAMSと岩佐だったが、フタを開けてみれば、予選でも決勝でも圧倒的にライバルたちの後塵を拝していた。

 バーレーン、サウジアラビアの開幕2ラウンドは、ポールポジションのART勢に比べれば0.6秒も遅いマシンに苦しみながらも、なんとかレース巧者ぶりを生かしてスプリントレースでの優勝と4位2回を獲得。ダメージを最小限に抑え、ライバルたちの自滅にも助けられるかたちでランキング3位を死守した。

「前回のサウジアラビアまではマシン自体の速さがないと感じていたので、その改善をするためにいろいろと考えました。今回はセットアップ面で大きな変更をトライしたものがあって、それがいいステップにつながったのかなと思います。

 まだ断トツのトップとか確実に自分たちが一番だと思えるところまではきてないんですけど、前回までのように1周0.4秒とか0.5秒遅れるような状況にはなっていないんじゃないかなと。それはフリー走行から感じました」

 岩佐の強みはこれだ。

【同僚はC・ルクレールの弟】

 F2ルーキーシーズンの昨年も、DAMSのマシンは決して競争力が高いとは言えないところからのスタートだった。しかし、18インチタイヤが導入された2020年からずっと低迷してきたDAMSを、エンジニアたちとともにトップレベルまで持ち上げてきたのは、ルーキーの岩佐だった。

 用意されたマシンでなんとかしようともがくのではなく、ファクトリーに通ってシミュレーターでの作業を重ね、エンジニアとも頻繁にディスカッションを重ねたりしてきた。その結果が、昨シーズン後半の快進撃だった。

 今年も再び苦しい地点からのスタートになった。だが、焦ることなく自分がやるべきことをやり、またマシンとチームの競争力を取り戻してきた。

 今季のチームメイトは、フェラーリ育成のアルトゥール・ルクレール(22歳/モナコ)。チーム内でデータは共有しないという彼の希望で、岩佐とルクレールは個別のセットアップ作業をすることになった。実質的に1台体制のチームとなるので、当然ながらデータ量は不足する。それがチーム全体の競争力を下げることとなり、誰も得をしていない状況になってしまった。

 これに対して、岩佐は真正面から論理的にこの間違いを指摘し、まずは各ドライバーの意向よりもチームの利益を優先すること、それが結果的に各ドライバーの利益につながることを説明して、チームの方針を改めさせた。

「バーレーンのあとにチーム代表も含めてミーティングを行ない、データ共有することの目的を理解しなければいけないという話をしました。僕はその重要性を昨年の1年ですごく感じていたので、強く言い続けて、僕がレッドブルから得ている情報や、アーサー(アルトゥール・ルクレール)がフェラーリから得ている情報は共有できませんが、結果的にサウジアラビアからできるところは共有するようになりました。

 まずはドライバーズ選手権よりもチーム選手権を考えて戦ったほうが、後先を考えると自分にとってもいいと思いますし、アーサーにとってもよくなります。もちろんドライバーズ選手権は大事なんですけど、まずはチーム選手権を前提に考えて改善を進めていくのが重要だということです」

【昨年のF2最終戦で学んだこと】

 サウジアラビアでは、マシンが苦しいなかでもスタートに主眼を置いてポジションを上げ、そこからは後方からのプレッシャーを受けながらも抑えきって優勝した。

「曲がりくねったセクター1は、自分が持っているポテンシャルの30〜40%くらいで、自分のフィーリングとしては1〜2秒くらい落として走っていました。というのも、ターン4のあとは絶対に抜けないので、そこからターン10まではスピードを落とすことで後続とのギャップを縮め、ダーティエアを与えてタイヤをヒートアップさせました。

 セクター1でのスピードの落とし度合いはかなりオーバーに、ふだんではしないくらいのレベルまで落としてペースを作っていました。レース後には後続のふたりから『あれはペースを落としすぎだよ(笑)』と言われましたが、それによって自分が望むレース展開に持っていくことができたと思います」

 その際に思い描いていたのは、昨年の最終戦アブダビでペースの速いF2王者フェリペ・ドルゴビッチ(22歳/ブラジル)を最後まで抑えきって優勝した時のことだったと岩佐は語る。2023年のタイトルを念頭に戦ううえで、あの経験がさらに自分を強くしてくれているのだという。

「去年の最終戦アブダビは2023年の『第0戦』として戦おうってDAMSと話していたんです。その流れが非常にうまくきていると思います。

 歴代のシーズンを見ても、とっ散らかるようなレースをしていいことは何もないのは明らかですし、まずは目の前のレースをひとつひとつ勝って、少しでもいいので改善をしていく。そしてコース上では、自分たちのできる範囲の仕事をすべてするのが大事だと思っています」

 F1チームのバックアップを受けてF1を目指す才能豊かな若いドライバーたちが、キャリアを賭けてしのぎを削るFIA F2でタイトルを争うのは並大抵のことではない。どれだけ才能があっても、速さだけで勝てる世界ではない。自分のドライビング、バトル、戦略、マシン、チームワーク......すべてを徹底的に突き詰めなければ勝つことができない世界だ。

【日本人初のF2王者なるか】

 これまでに多くのドライバーたちが挑み、才能があったとしてもF1のチャンスを掴むことなく、夢破れては去っていった。

 しかし、そんな試練さえも自分の努力と知性で乗り越え、そしてコース上で速さを結果に結びつけて勝ってくる。今までの日本人にはいなかったタイプのドライバーだからこそ、岩佐歩夢は日本人初のF2選手権リーダーの座についている。

「チームとしてかなり改善できているのは見えています。ただ、ここからしっかりと細かい煮詰めをやっていけるかどうかが、チーム選手権を戦えるかどうかにつながります。そのためにも、ドライバーふたりとも上位で戦えることが絶対条件なので、まずはそこを前提にやっていく必要があると思います」

 FIA F2の2023年シーズンは、14ラウンドのうち3つが終わったばかりでしかない。まだまだ長いシーズンで、岩佐がこれまでの日本人には成し得なかった戦いぶりを見せてくれるはずだ。

 その先には間違いなく、F1への道がある──。