奥野一成のマネー&スポーツ講座(30)〜投資と情報の関係

 野球部の顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いている3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。実際に株式投資の経験がある先生からさまざまな話を聞くうちに、株式投資への興味はますます膨らんでいく。「実際に自分が株式に投資をするとしたら?」と考えると、より現実的な疑問が次々と湧いてくるのだ。

 前回は「投資と時間の関係」について話を聞いた。投資には短期的な投資と長期的な投資があり、「投資家=テレビに出てくるデイトレーダーみたいな人」は誤解であることがわかった。

鈴木「パソコンのモニターを見ながら、一日中、売ったり買ったりしてるのかと思ったら、そういう人だけじゃなかった」
由紀「何かが起きたら買いまくったり、売りまくったりするのが株式投資、というわけじゃないのね」
鈴木「でも、じゃあみんな、何を根拠に買ったり売ったりしているんだろう」
由紀「やっぱり情報が大事なんだと思うけど......」
鈴木「情報って、たとえば新聞に載っている『A社から来月、こんな新製品が発売されます』みたいな記事のことかな。で、『これは大ヒットする』と思ったらA社の株を買うとか?」

「でも、その時点で、新聞を読んでいる人の多くは、そう思うはずだよね。それってはたして新しい情報と言えるかな」と、奥野先生が会話に加わってきた。

由紀「確かに、もう遅いですね」
鈴木「じゃあ、どうやって誰も知らない情報をゲットできるか、ですね」
由紀「スパイじゃないんだから、そんなこと簡単にできるわけないじゃない。でも、そう考えると、普通の人は専門家に比べて知識も情報も少ないのは確か。そこに、投資に一歩踏み出せない理由のひとつがあるのかもしれませんね」
鈴木「投資に必要な情報について、どう考えればいいんですか?」

【プロの投資家と個人投資家】

奥野「今、鈴木君が言ったような、『誰も知らない情報をゲット』して投資をしているプロがいるのかどうかっていうことなんだけど、投資を知らない人は結構、『そうやっているんだろう』って思っているみたいだね。

 つまり、株式投資で儲けている人は、誰も知らないような内部情報を持っていて、他の人に先んじて投資できるから儲かるだろうってことなんだけど、それをやったら犯罪で捕まります。インサイダー取引という言葉を聞いたことがあるかもしれないけど、金融商品取引法違反ということで、証券取引等監視委員会によって刑事告発されるんだ。

 ちなみにインサイダー取引に対する罰則は結構厳しくて、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、またはその両方が科せられることもある。それと、インサイダー取引によって得た財産についても、原則として没収もしくは追徴されてしまう。それでもなお、インサイダー取引をする人はいるんだけど、それを投資家とは、もはや言えない。単なる犯罪者です。

 じゃあ、プロの投資家と個人投資家の間に情報格差があるのかということだけど、これも今となってはあまりないんじゃないかな。

 確かに、プロの投資家は経営者に直接会って話を聞く機会があるし、海外に出張して、現地法人を視察したり、あるいは海外企業そのものを取材したりすることはできるのだけれども、最近は決算説明会の様子を動画で配信している企業も増えているし、その気になれば株主総会に出席して、経営について自分の思うことを、壇上にいる経営陣に質問することだってできる。企業のホームページを見ると、IR(Investor Relations、インベスター・リレーションズ。企業の投資家・株主向けの広報活動)関連の資料もふんだんに用意されている。

 インターネットがまだ民間ベースで普及していなかった時代は、明らかにプロと個人の間に情報の格差が存在していたのだけど、今のように個人でもインターネットなどを通じて企業情報をリアルタイム、かつ豊富に入手できるようになると、もはや情報の質、量の両方において、プロと個人の差はほぼない、と考えていいだろうね」

鈴木「でも、そうだとしたらプロの投資家って何者なんですか?」
由紀「個人でもプロと同じように投資できるってことですよね」

【ビジネスの良し悪しを見抜く目】

奥野「情報の質、量に差がないのだとしたら、プロのプロたる所以は何なのか、ということなんだけど、それは考えること、つまり思考の質、量なんじゃないかな。

 これは僕の持論でもあるんだけど、『情報の量と考える量は反比例する』と思うんだ。多くの人たちは、情報をたくさん仕入れれば仕入れるほど、それで知った気になってしまう。

 でも、情報をたくさん持っていたら、何か自分にとって有利な展開ができるのかというと、それは絶対にないと断言してもいいね。だって、インターネットには膨大な量の情報が流れているし、話題のChatGPTを使えば、知りたいことを瞬時に取り出すことだってできるようになる。昔は、物知り博士といえばある程度、尊敬を集めることができたのだけれども、今は無理だよね。物知り博士は、君たちも持っているスマホの中にいるんだ。

 ということで、プロは自分が持っている情報に向き合いながら、『どの企業に投資するのがいいのか』ということを、寝ても覚めても考えている。仕事の時間中も考えているし、休日も考えている。ここが、個人と違うところなんだ。そして投資決定に必要な仮説を構築・検証するんだ。

 個人の場合、学生なら勉強、社会人なら自分が従事している仕事のこと、あるいは家庭のことを考えるのに、どうしても時間を割かなければならない。

 でも、プロの投資家は投資のことだけを1日中、考えていられる。ここが個人と違うところで、プロは圧倒的に考える時間が長いんだ」

由紀「でも、何をどのように考えればいいんですか」
鈴木「そうそう。儲かる会社はどこなんだろうって考えても、なかなかそこから先に思考が広がっていかないですよね」

奥野「投資の考え方って、何か特別な方法があるということではないんだ。超短期で株式を売ったり買ったりするデイトレーダーの人たちは、また別のセンスが求められるのかもしれないけど、少なくとも、長期で株式に投資する場合は、株価の値動きを捉えるのではなく、あくまでもビジネスに資金を投じるのと同じだから、それはビジネスパースンとしての基本的なスキルでもある。

 ビジネスの良し悪しを見抜く目を持っていないと、会社員としての成功も覚束ないし、株式投資もうまくいかない。でも、ビジネスの良し悪しを見抜く目を持っていれば、仕事も投資も成功するはずなんだ。

 と言っても、由紀さんが言うように、何をどのように考えればいいのか、そのとっかかりはほしいよね。

 そこで、プロの投資家の考え方を参考にすればいいんだ。方法は意外といろいろあって、たとえばプロの投資家が書いた本を読む。と言っても、『チャートの読み方』とか、『デイトレ成功法』いった類のものではなく、『投資家の思考法』をしっかり書いているような本がいいね。

 あとは、投資信託といって、プロの投資家に資産運用を任せる金融商品があるんだけど、それをまず最小単位でいいので買ってみる。全部がそうだとは言わないけれども、なかには投資信託の保有者を対象にして、どうやって運用しているのか、この企業に投資した理由は何なのかといったことを、ネットセミナーなどで公開している運用会社があるんだ。

 このような運用会社のネットセミナーなどに参加してみるといいかもしれないね。たいてい、その投資信託の運用者が講師を務めていたりするから、質問も自由にできる。そんなやりとりを続けていくうちに、投資家に必要な思考法が身についてくると思うよ」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。