高橋大輔「まだまだスタート地点じゃないかと」 かなだいの「物語」は続くのか? 今季ラストダンスで自己ベスト
4月12日、東京体育館。フィギュアスケートの世界国別対抗戦、開幕を前日に控えた練習で、"かなだい"と呼ばれるふたりは、とてもリラックスした表情だった。
全日本選手権で優勝、世界選手権ではアイスダンス史上日本勢最高位タイ(11位)という記録もたたき出し、シーズン最後のチーム戦で重圧から解き放たれたか。
「不安な要素がない」
村元哉中は明るい声でそう言いきった。
高橋大輔も柔らかい口調で語った。
そして、ふたりは3シーズン目の花を咲かせるのだ。
4月13日、かなだいはリズムダンス(RD)の『コンガ』で世界選手権の得点を5点以上も上回る78.38点を叩き出した。
冒頭から手拍子に乗って止まらなかった。音をとらえた疾走感は、ふたりのアドバンテージだろう。ツイズルはレベル4、最後のローテーショナルリフトも美しかった。
「最後はフォーって叫んでいました(笑)。細かいところはいろいろあったと思いますが、それを超すくらいよかったです。自分たちにとってはいいパフォーマンスで締めくくれて。
アイスダンスを始めた頃はエッジワークとかテクニックのところに追われて、パフォーマンスのところまで行かなかったんですけど、そこは成長なのかなって」
そう語る高橋は興奮気味だった。
「(高橋)大ちゃんが言うように、3シーズン目に入って、お互いの息が合ってきて。パフォーマンスにも余裕が出てきました。全体的な底上げができて、一つひとつの演技につながっているのかなと思います」
たった3シーズンで、ここまでたどり着けるものか。
「(高橋)大輔は夢を見せてくれるんです」
今回、マリナ・ズエワコーチが不在で、リンクサイドに立った長光歌子コーチは、かつてのインタビューで啓示的な話をしていた。
高橋のシングル時代、二人三脚の濃厚な師弟関係で、2007年に高橋が世界選手権を『オペラ座の怪人』で初めてメダルを獲った時のコーチでもある。
「ファンの方には、(高橋の競技人生は)ジェットコースターって言われているくらいで、アップダウンですよ。
でも『そんな物語を書いたら、くさいな』って思うことをやってのけちゃう。『だって、大輔やもん』って。次の予感を抱いてしまう、そんな選手ですね」
長光コーチが語っていたように、アイスダンス転向3年目で世界トップテンに迫るところまできた。
リンクサイドに立った長光歌子コーチ(左)
4月14日、フリーダンスの『オペラ座の怪人』で、かなだいは役に入っていた。高橋は怪人ファントムそのもので、RDの陽気で明るい空気感はない。狂気を帯びた愛と芸術性の塊だった。
一方、村元も歌手クリスティーヌの気配を身にまとっていた。
「本当の物語でも、『オペラ座の怪人』ではファントムの力があってこそ、クリスティーヌも輝けました。
そこは重なるところがあって。私も大ちゃんと組めたことでアイスダンスに戻ってこられて、こうやってできていて」
村元は胸中を明かしている。
フリー冒頭から、ふたりは観客を引き込んだ。ストレートラインリフト+ローテーショナルリフトをレベル4で決めると、一気にエネルギーが沸騰した。
ダンススピンはふたりの白と黒の衣装が溶け合って、ひとつに交わったようだった。いつもは後半に乳酸がたまるワンフットもレベル3でクリア、最後のコレオリフトも見事に成功した。声にならない声をふたりは一身に浴びていた。
フィニッシュポーズのあと、村元は首を体ごと後ろに反らせ、会場を沸かしている。
それは16年前、高橋がシングル時代に同じ舞台で滑った『オペラ座の怪人』へのオマージュだった。ファンの間で「オーマジュのポーズでは?」とささやかれていたものに、エッジを効かせた。
「試合前に大ちゃんと、『覚えてたらやってみる!』って話していて、覚えていたのでやってみました」
村元はいたずらっぽく語っている。
「今大会の前に、大ちゃんの『オペラ座の怪人』を見てみようと思って。モチベーションアップじゃないですけど。
やっぱり、16年ぶりに滑るってすごいなって感動して。本当に幸せな4分間でした!」
ひとつの完成形だった世界選手権を超える演技で、シーズンベストの116.63点だった。
「5分間練習から、『頑張れ』ってお客さんの声援をもらったり、終わったあとの歓声だったり、それを滑って肌で感じられて......」
高橋はそう言って、今も競技者を続ける愉悦を語った。リンクサイドでは、長光コーチがぴょんぴょんと跳んでいた。タイムスリップしたような光景だった。
「現役って緊張感も高くて、よかった、悪かったというのはあるんです。でもすべて含めて、日々の生活ではなかなか感じられない感覚で。それはすばらしいことだし、素敵なことだなってあらためて思いました。
運命を感じるプログラムを、思い入れのある場所で、最高の演技ができたのはうれしいです。16年ぶりで、哉中ちゃんとアイスダンサーとして、いい思い出にできて。だから、ここに来るために今シーズンがあった!って感じちゃおうかなって思っています(笑)」
ふたりにとっての2022−2023シーズンが終わり、どこへ向かうのか。しばらくはアイスショーやイベントに出演し、その間にふたりで話し合い、現役続行かの結論を出すという。世界選手権、国別対抗戦の演技で、違う次元に入りつつあるだけに......。
「(アイスダンスは)やればやるほど、お互いの考えがわかってきて。どういう形であれ、演技ができる間はやっていきたいという話もしています。まだまだ、わかり始めたスタート地点じゃないかと」
高橋の言葉だ。それは新しい物語の兆しか。ふたりは同じ船に乗る。
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