FIFA女子ワールドカップオーストラリア&ニュージーランド大会まで残り100日を切って、なでしこジャパンはここから何ができるのか――。

 現地時間11日に行なわれた欧州遠征2戦目のデンマーク戦。敗戦のホイッスルが鳴ったとき、ピッチ上の誰もが落胆する。その中でもひと際厳しい表情をしていたのが熊谷紗希(FCバイエルン・ミュンヘン)だった。


試合中の話し合いでも、中心にいるのはキャプテンの熊谷紗希だ

 初戦のポルトガル戦で熊谷はベンチで君が代を聞いていた。前日までのトレーニングではコンディションが万全ではないながらも、ピッチに立つ準備はできているというアピーをしていたが、「あらゆる状況を想定」した池田太監督は、あえて熊谷を外した。

 その初戦、試合の入りで手こずっていた日本。すると、熊谷は給水時に一早く最終ラインの三宅史織(INAC神戸レオネッサ)と宝田沙織(リンシェーピングFC)の2人を捕まえ、「ずっと浮いているトップ下の(相手)選手をどうするか」、外からの情報を懸命に届けていた。

 それでも、中盤で奪い切れなかったボールがゴールにつながるスルーパスとなり、中央から先制点を奪われてしまう。プレスがハマりきらないときの1本を、ここで通されてしまった。格下を相手に苦戦しながらも、なんとか逆転勝利をおさめたこの試合はW杯初戦のシミュレーションを兼ねていたため、確実に白星につなげたことこそに意味がある、と信じたい。

 確実に格上のデンマーク戦は、W杯を戦う最終ラインと考えられる三宅、熊谷、南萌華(ASローマ)の3枚が並んだ。試合前、このデンマーク戦がラウンド16のラインだと語っていた熊谷。しかし、日本を完璧に分析していたデンマークに前半を掌握された。この試合でも日本のプレスが全くハマらない。攻撃もハーフウェーラインをなかなか超えられず、長谷川唯(マンチェスター・シティ)が放ったファーストシュートまでに20分かかった。さらに25分までにセットプレーを7本献上するワンサイドゲームだ。ただ見方を変えれば、それだけのピンチを凌ぎ切っていたとも言える。

 立ち位置を変える工夫で徐々に日本が攻め上がりはじめ、後半に入ると完全に日本は流れをつかんだ。そのなかで、南とGK山下杏也加(INAC神戸レオネッサ)との声ひとつで防げたであろうオウンゴールが勝敗を決してしまったことに背筋がヒヤリとした。こういう展開は、現実にワールドカップで起こり得るからだ。"世界のラウンド16"は、デンマークと同等のレベルであるとみていいだろう。

 DFラインが前のルーズボールを的確な判断で潰す確率は、今年2月のアメリカ遠征から高くなってきている。しかし、アメリカ遠征から続く、うしろ向きの対応に持ち込まれれば途端に大きなピンチとなり、失点につながる。この弱点を本大会までに必ず修正しなければ、ラウンド16 の壁を超えることは難しい。

 うしろが獲りやすい位置に前を動かすことを徹底したことで、試合中にプレスが改善し、攻撃力を増幅させた修正も手応えとして残った。それだけにデンマーク戦の結末は、今のなでしこジャパンの状態なら本大会で現実となりそうなリアリティを感じてしまうのだ。
 
 終了後のピッチでは選手全員で円陣が組まれていた。池田監督が話すのをうなだれるように聞いていた選手たちの顔が、一斉に上がった。熊谷が話し出したのだ。

「『ラウンド16として考えたら、本大会ならここで帰国です。この試合でこの相手に負けて帰国......(この現実を)私たちは今一度考えないといけない。そういう実感が湧いてくれ、というか身に染みてくれ』と伝えました」(熊谷)

 2011年のW杯優勝、2012年ロンドンオリンピック銀メダル、2015年W杯準優勝と、テッペンの勝負に触れてきた熊谷。次世代のなでしこジャパンを牽引し始めた2018年アルガルベカップ初戦で守備が崩壊し、6失点でオランダに敗北した直後、「フワッと人に行くのではなく、しっかりボールに行かないと!」と熊谷は、選手ミーティングで説いた。若手の意見を積極的に聞き入れていく形を取っていた熊谷が見せた初めての厳しいアクションだった。チームが固まらないまま見切り発車でベスト16に終わった前回W杯を経て、東京オリンピック前に「絶対に準備不足の状態で臨みたくない」と強い決意を見せたのも熊谷だった。ここぞの場面で、常にチームを沸き立たせる言葉を届けてきた。

 世界と戦う力をつけるために20歳でドイツに渡った。フランスのオリンピック・リヨンでは2季連続の欧州3冠も経験し、今度はバイエルンでリヨンを倒そうと、世界トップを走り続けている熊谷が32歳で迎えようとしているW杯。心技体、どれを取っても最も成熟したパフォーマンスが出せる時期だ。

 もう一度、なでしこジャパンを魅力あるチームにするために全力を注ぐ熊谷。「身に染みてくれ」――W杯前最後の海外遠征を終えて発した、願いに等しいキャプテンの言葉を選手たちはどう捉え、答えていくのだろうか。