通貨処理機で世界最大手となったグローリーの買収が成功した理由を分析します(写真:EKAKI/PIXTA)

日本企業による海外企業の買収が増加している。

著書『海外企業買収 失敗の本質』と『海外M&A 新結合の経営戦略』で、日本企業による100億円超、255件の海外M&Aを調査し、成功と失敗の要因を探った松本氏は、日本企業の買収が失敗する原因について、「買収後の経営について他社から学ぶ機会が限られているからではないか」と指摘する。

「買収後の経営で最前線に立つマネジメントが直面した課題とその克服法を共有して、相互に学ぶ機会を作る」ことを意図して書かれた『海外M&A 新結合の経営戦略』から、通貨処理機で世界最大手となった日本企業、グローリーの買収について紹介しよう。

買収の狙いはどこにあったか

グローリーは通貨処理機で世界最大手のメーカーである。造幣局、印刷局、日本銀行などの金融機関や小売り企業などを取引先とし、国内市場で高い占有率を維持してきた。


2000年代に入って海外事業の拡大を計画したが、おもに代理店を通じた販売、保守を行っていたため、「GLORY」ブランドが市場に浸透せず、現地ライバルメーカーとの競争で苦戦していた。

そこでグローリーは、買収によって海外事業を拡大する方針に転換、2012年に欧米を中心に世界22カ国で通貨処理機の直販と直保守サービスを行う英国のタラリス・トプコ社を800億円で買収した。

タラリスは2008年に英国デラルー社の通貨処理機部門が分社して発足したもので、投資ファンドのカーライル・グループが株主となっていた。

分社後は、通貨処理機の製造はEMSに委託、設計やマーケティング、保守サービスに注力し、特に保守は全体売上高の43%を占めていた。

大手金融機関を顧客基盤とした経営は安定しており、買収時点でタラリスの売上高約400億円は、グローリーの海外売上高353億円を上回っていた。

買収発表時、グローリーの尾上広和社長(現会長)は「通貨処理機分野で世界のトップブランドを目指す」と海外展開の加速を強調した。

海外比率と利益率の同時上昇を果たす

買収後、グローリーは海外で大きな成果を挙げている。

海外セグメントの営業利益はタラリス買収前の18億円から2017年度には111億円まで増加した。グローリーの海外売上高比率は47%に上昇し、営業利益の海外比率は57%と全体の半分以上を占めるようになった。

オペレーションも、買収前は直販・直保守サービスの拠点は8カ国であったが、買収で26カ国になり、現在、100カ国以上で製品を販売している。金融機関向け現金入出金機の世界市場占有率は、約6割に拡大した。

グローリーの海外事業は代理店を通じた営業から、買収後は直販、直保守サービスを主とする体制に転換した。また、機器売りにとどまらず、通貨処理に関するソリューションを提案する営業に移行しつつある。

その結果、これまでにない大型案件を欧米の金融機関から受注するなど、海外事業はグローリーにとって成長の柱となった。

2010年代に入り通貨処理機の業界では再編が続いたが、他社は買収後の経営で苦戦している。

規模を大きくするだけでは成果は挙がらない

流通向けでは、東芝テックが2012年にIBMのPOS端末事業を8億5000万ドルで買収した。東芝テックはこの買収で、トイザらスなど米国の有力な小売企業を顧客に加え、POS端末の世界市場占有率を3割近くに伸ばし、最大手となったが、買収から3年後の2015年度に業績の不振から696億円の減損を計上している。

金融向けでは、米国のダイボールド社がドイツのウィンコール・ニックスドルフ社を2016年に18億ドルで買収し、銀行ATM販売台数で世界一となった。しかし、買収直後から赤字が続くなど業績は低迷している。

買収で規模を大きくするだけでは成果は挙がらないことがわかる。

タラリス買収の効果は社内のさまざまなところに現われた。例えば、グローリーに入社した若いエンジニアの間では海外勤務を希望する人が増えたという。買収によって社員が活躍できる場が大きく拡がった。

グローリーの経営の特徴はカンパニー制を用いた自主性尊重にある。旧タラリスのマネジメントを米国、欧州、アジア担当の責任者、そして本社執行役員などに積極的に登用し、給与や賞与も従来どおり個人ごとに市場価値にもとづいて取り決めるなどインセンティブ・プログラムも設計している。

また、海外の子会社から、日本本社側の生産性が低いのではないかと指摘されることもあるという。このような指摘が出てくるのは経営の透明性が高く、社内で健全な議論が行われていることの表れで、カンパニー制のメリットでもある。

新市場形成への新たな戦略

タラリス買収によって海外での成長を実現したグローリーは、2028年に売上高を現在のおよそ2倍の5000億円に拡大することを目標としている。

タラリス買収後も海外で同業者や販売代理店を買収し、「GLORY」ブランドの浸透と直販、直保守サービス網の拡張に余念がない。

2021年には米国の同業大手のレボリューション・リテール・システムズを約210億円で買収し、米州地域での売上高は、全社売上高の2割を超えた。

グローリーはこれまで現金処理の効率的な運用を目的に製品やソリューションの提供を行ってきた。そして、今、世界的なキャッシュレス決済の拡大を見据え、海外カンパニーは、新たな成長の柱となる事業の探索と投資を先導している。


2020年にはドイツ フィンテック企業Cash Payment Solutionsとフランスのセルフサービスキオスク機器メーカーのAcrelec Groupを買収した。

2021年には現金の預入や引出し、決済などのシェアードサービスを提供する英国のUnified Financialに出資している。

また2022年には小売・飲食事業者の売上金入金の代行サービスを提供するカナダのClip Moneyに出資している。

タラリス買収は通貨処理機市場における事業拡大に大きく寄与し、「GLORY」は世界のトップブランドになった。そして、グローリーは長期ビジョンの中に、2028年までに多様な決済手段の提供と、通貨流通の新たな管理スキームの構築を試みることを掲げた。

海外カンパニーの役割は、タラリス統合時に目指した規模の拡大から、海外のスタートアップへの投資やアライアンスによる新市場形成へと拡がっている。

買収が成功した5つの理由

タラリス買収がうまくいった理由をまとめると、次のようになる。

1、能力重視を貫きタラリスの有能な営業や保守の人材を維持して戦力とした。

2、製品ブランドを「GLORY」に統一、海外での開発から販売、保守事業を迅速に統合した。

3、国内事業と分離しインセンティブ報酬などを継続。海外カンパニーの経営成績を開示し、買収後も収益貢献への動機付けを行った。

4、追加買収を行うことで旧タラリスの販売、保守網を拡充し現地での競争力を高めた。

5、成熟した通貨処理機器市場の寡占に留まらず、海外カンパニーを新事業探索に活用した。

グローリーは世界市場でのトップシェア実現と、新事業開拓に海外M&Aをフルに活用している。

(松本 茂 : 京都大学経営管理大学院特命教授、城西国際大学大学院教授)