高齢者のお金をあの手この手で吸い取ろうとする”だましのプロがいる。彼らの本当の顔に迫る(デザイン:小林由依、中村方香、松田理絵)

「オレオレ詐欺」をはじめとする特殊詐欺の被害に遭うのは、大半が高齢者だ。なぜ高齢者が狙われるのか。4月3日発売の『週刊東洋経済』の特集「狙われる高齢者 喰い尽くされる親のカネ」では、高齢者が詐欺や悪徳商法に狙われる社会的構造と、加害者たちの実像に迫った。親の資産防衛マニュアルも収録。家族を被害から守るための完全保存版だ。

「何を言ってんだい。私がオレオレ詐欺なんかにだまされるわけないでしょう」

愛知県で一人暮らしをする田中芳枝さん(仮名、88)は、1年前に息子へ言い放った自身の言葉を、苦々しく思い出している。


近所で暮らす息子が「お母さん、自分はだまされないと思っている人ほどだまされるんだからね」と指摘したのに対し言い返したのだ。

自信はあった。詐欺を見抜いた経験があったからだ。電話口で「俺だよ」と口にした男に、「毅志なの?」と聞くと「毅志だよ」。そこで「毅志の声じゃない。あなたは誰?」と突いた。「風邪をひいていて」と慌てた男を、田中さんは「風邪をひいたら病院に行きなさい」と一喝し、電話を切った。

この体験が慢心につながっていたのかもしれないと、今は思う。

病院から突然の電話

自宅の電話が鳴ったのは昨年の、残暑が続く9月初旬、日が傾き始めた午後4時ごろのことだった。

「名大病院の耳鼻咽喉科の青木と申します。息子さんが喉から血を出して運ばれてきました。お母様に確認したいことがあって。親族に同じ経験をされた方はおられますか。遺伝的なものか、突発的なものなのか確認したいのです」


オレオレ詐欺で150万円をだまし取られた88歳の田中さん。「オレオレ詐欺なんかに自分がだまされるわけがない」と信じ込んでいた(写真:記者撮影)

ひどく驚いた田中さんは、ひと呼吸置き、親族の病歴を頭に浮かべた。が、思い当たらなかった。

田中「親族にはいないと思います」

青木「そうですか。じゃあがん系統ではないなあ。わかりました」

田中「息子は今どういう状態なんですか。すぐ名大に行きます」

青木「意識はあるから大丈夫ですよ。ただ、声はしゃがれています。(電話)代わります?」

田中「はい、代わってください」

息子「お母さん、心配かけてごめんね。何とか声は出るけど痛いんだ。終わったら、そっち寄るから」

電話は切れたが、気は動転していた。5分後、再び電話が鳴る。

息子「お母さん、まずいことになった。病院では携帯が使えないから公衆電話で仕事の電話をしていたんだけど、財布と書類を棚の上に置いてきちゃったんだ。急いで戻ったんだけど、なくなっていた。今、病院の警備室に説明してきたところ。緊急事態だからお母さんも電話のそばにいてくれる?」

田中さんはさらに動揺する。しばらくすると、また電話が鳴った。

警備員「名大病院の警備室です。落とし物の届け出があったので捜してみたのですが、財布も書類も見つかりませんでした」

5分後、再び電話が鳴る。

息子「警備の人に捜してもらったんだけど見つからなかったみたい。実は書類の中に会社のカードが入っていて、今日中に取引先に支払わなければならない案件があるんだ。ちょっと上司に代わるね」

上司「あ、お母さんですか。支払いの件は、私が今親戚中に頼んでお金をかき集めていますから、心配しなくても大丈夫ですよ」

「いくらなら出せそう?」

息子「書類をなくしたのは僕なのに、上司がお金を集めてくれているんだ。お母さん、うちが一銭も出さないわけにはいかないから、ちょっとだけでも出せないかな」

田中「いくらあったらいい?」

息子「いくらなら出せそう?」

田中「この時間だと銀行はもう閉まっているけど、ATMなら1日50万円までなら引き出せるから。今から行っておろしてくるよ」

息子「ありがとう。そしたら、これから上司と一緒に帰るから」

田中さんはタクシーを呼び、ショッピングモールに向かった。ATMコーナーに並ぶ三菱UFJ銀行、名古屋銀行、ゆうちょ銀行から50万円ずつ、計150万円を引き出し、自宅に戻った。

そこへまた電話が鳴る。

上司「息子さん、また血を吐いたので、救急車を呼んだところです」

電話口では救急車のサイレンが鳴り響いていた。田中さんは頭が真っ白になる。

上司「息子さんと一緒に病院に戻ります。そちらには私の息子を行かせますから、お近くのコンビニで合流してください」

田中さんは150万円が入った封筒を手にコンビニへ向かった。若い男が「田中さんですか?」と声をかけてきた。「父から、お金を預かってくるように言われて参りました」。田中さんは封筒を渡した。男は頭を下げ、去っていった。

そのとき近くを黒っぽい車がゆっくり走行しているのが田中さんの視界に入る。妙な胸騒ぎがした。

自宅に戻った田中さんは、すぐ名大病院に電話をかけた。「そちらに青木さんという医師、おられますか?」と尋ねると、「おりません」と返ってきた。

日は、とっぷり暮れていた。

高齢者を喰う若年層

当時を振り返りながら、田中さんはため息をつく。「息子が血を吐いたなんて聞いたら母親は動揺する。そんな親心に付け込むようなこと、誰がやっているんでしょう」。

田中さんが被害に遭ったのは「オレオレ詐欺」。特殊詐欺の代表格だ。警察庁の定義によると、特殊詐欺とは「被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定した預貯金口座への振り込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪(現金等を脅し取る恐喝も含む)の総称」である。

もちろんこの定義は一般論で、実際は実行犯たちの手練手管でいかようにも変わる。自分はだまされないと自信があった田中さんがだまされたのも、想像を超えるシチュエーションだったからだ。

警察が特殊詐欺の摘発に本腰を入れ始めたのは2004年以降のこと。被害額は年々増え、2014年には過去最悪の565億円に達した。その後、警察の啓発活動や防犯意識の高まりにより減少傾向となるも、コロナ禍の2022年には再び増加に転じている。


被害者の内訳を見ると、大半が65歳以上の高齢者で、中でも目立つのが女性の被害だ。


加害者の7割が10代と20代

では、加害者は誰か。法務省の犯罪白書によると、特殊詐欺で検挙された人間の7割が10代と20代で占められている。

なぜ高齢者を狙うのか。取材で接触した特殊詐欺グループの統括役は、「経済が成長していた時代に金を貯め込み、かつ、今は1人で孤独な毎日を過ごす高齢者ほど狙いやすい」と、はっきり語る。

2021年末、日本の家計金融資産は初めて2000兆円を超えた。現預金が最も多く1000兆円超。保有者を世代別に見ると、60代以上が6割を占める。

総務省統計局の家計調査報告によると、純貯蓄額(貯蓄現在高から負債現在高を差し引いた額)は60代が最も多く、次に多いのが70代だ。一方で負債を多く抱えているのが40歳未満である。主なものは住宅ローンだが、奨学金なども含まれる。


特殊詐欺の実態に詳しい、社団法人日本防犯学校学長の梅本正行氏は「特殊詐欺に関わってしまった若者は、大きな借金を抱えているケースが多い」と指摘する。

「2000年以降、格差が進んだ社会の中で、大学に通うために多額の奨学金を借りなければならない家庭が増えた。また、クレジットカードが普及したことで、若者でも大きな借金ができる社会ができ上がった。会社に入ってまじめに働いても低賃金が続き、リストラも簡単にされる。そんな憂き目に遭っている若者たちが『日給5万円』の闇バイト募集を見つけ、飛びついてしまっている」

近年は暴力団や半グレが介在

特殊詐欺グループのあり方も変遷した。当初は、バックに組織のついていない独立系グループが多かったが、近年は暴力団や半グレ(準暴力団)が介在し、ケツ持ち(用心棒)という形で詐欺の収益を吸い上げるケースが目立つ。

独立系グループを乗っ取ってきた現役暴力団組員は「バックがいない組織を次々に喰った」と語る。

その手口はまず、手下を闇バイトに応募させる。「金が取れました」とうその報告をさせ、迎えに来た人間を捕獲するのだという。

「そいつに誰がトップか吐かせ、わかったらトップを脅す。『警察に行くか? それとも俺の言うことを聞くか?』と詰め、ハコ(グループ)ごと乗っ取る」

広域強盗事件を指示したとされる「ルフィ」疑惑の4容疑者についても、警察は彼らの上に暴力団が存在するとみて捜査を進めている。しかし、暴力団が積極的に特殊詐欺に関与しているかといえば、必ずしもそうとは限らない。

先の梅本氏は「暴力団は本音では特殊詐欺に手を出したくない」と語る。「末端が詐欺で捕まれば使用者責任で組トップまで逮捕される。『ルフィ』の事件以後、暴力団の中には改めて『特殊詐欺に関わるな』との通達を出したところもあるようだ。それでも関わる組員が絶えないのは、ほかに稼げる手段がないからだ」と指摘する。

暴力団の経済活動を封じる暴力団対策法によって、暴力団構成員の数は1990年代の9万人から、2万人前後にまで減った。

それと反比例するように増えたのが半グレや特殊詐欺グループだったが、今その特殊詐欺グループが、暴力団組員たちの新たな収益源になりつつある。

闇カジノでロンダリング

得た金の上納の仕方も巧妙だ。ある現役組員は「闇カジノでロンダリングしながら上納する。こうすると『詐欺で得た金』かどうかわからなくなる」と語る。


高齢者の資産に若年層が喰らいつき、そのうまみを、困窮した暴力団組員が吸い上げてゆく。特殊詐欺の現在地だ。


(野中 大樹 : 東洋経済 記者)