Aが勾留されていた東京拘置所(記者撮影)

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東京都葛飾区の小菅にある東京拘置所。3月上旬、面会室で取材に応じたAは、「こんなことになるとわかっていたら、あんな相談には乗らなかった」と、悔しそうな表情を見せた。

昨年11月、妻と共に探偵事務所を営むAは、警視庁暴力団対策課によって逮捕された。容疑は電子計算機使用詐欺と窃盗。特殊詐欺の共犯者と見なされたのだ。


発端は2021年4月、友人であるXから相談を受けたことだった。

「自分の後輩が部屋を借りようとしたが、審査に通らなかった。住む所がなく、困っている。代わりに契約してもらえないか」

Xはかつて指定暴力団・六代目山口組の傘下組織に属していたが、「足を洗った」と話していた。

Aは、Xの後輩だという男が組員であるかは確認しなかったが、「Xは組を脱退していたので、その後輩も一般人だと思った。友人の頼みだし、何とかしてやろうと考えた」と振り返る。暴力団対策法によって、現役の組員は不動産を借りられない。

Aは部下であるBに指示し、Bが代表を務める会社の名義で部屋を借りることを決める。Aは名義貸しが違法であることはわかっていたが、「何も問題が起きなければ表面化することはない」と考え、世田谷区のマンションの一室を借りた。

その際AはXと2つの約束をした。居住用として使うこと、そして犯罪には使わないことだ。

「見張られている」

だが半年ほど経った2021年秋、AはXから奇妙な連絡を受ける。「マンションが何者かに見張られている気がする。Aさんの探偵事務所で調べてほしい」

実際に調査するAの妻がいぶかしんでXに尋ねた。「見張られているってどういうことですか? (相手は)暴力団?」。Xは「後輩は金銭トラブルを抱えて関西から逃げてきている。債権者かもしれないし、暴力団の可能性もある」と返答した。

妻は何日かに分け、マンション周辺を調査した。不審な車や人がいないか、監視カメラが設置されていないかを調べたが、不審な点は見つからなかった。

程なく、Xから再び依頼が来る。「後輩が引っ越しをしたがっている。もう1回、名義を貸してもらえませんか」

AはBと相談したうえで再び名義貸しをして、世田谷区の別のマンションを借りてやった。引っ越し当日、Xから「尾行する車がないか見張っていてほしい」と頼まれ、Aの妻が車で尾行がないかを探った。この日、尾行車両は確認できなかった。

半年後に事態が急変

ところが、それから半年が経過した2022年6月、事態が急変する。警視庁がマンションの強制捜査に入ったのだ。部屋の中では、2人の男が還付金詐欺の「かけ子」をしていた。

かけ子は市役所職員などを装い、奈良県の67歳の女性に電話をかけ、「介護保険料の還付金3万6000円が返還される」「申請書類がなくても受け取る手続きができる」などと言い、ATMで、犯人グループの口座に現金100万円を振り込ませていた。

グループの中で捕まったのは2人だけではない。宮崎県の女性に「健康保険の過払い金がある。今日手続きしないと返金できなくなる」などと虚偽の電話をかけ130万円をだまし取った還付金詐欺の容疑が浮かび、今年1月、集金部隊の指示役である指定暴力団・住吉会傘下の組員も逮捕された。

このグループによる詐欺行為は世田谷区のマンションが重要な拠点になっていた。捜査が進む中、自分たちも犯罪に加担していたと見なされるのではないかと懸念したAがXに問いただすと、「不動産のことはこっちで処理するから大丈夫」と言い張られた。

だが不安は的中する。警視庁は昨年10月、Bを逮捕。続けてAを11月に逮捕した。警察は名義貸しをしたAとBを詐欺グループの一味と判断したのだ。身の危険を感じたXは姿をくらました。

その後の捜査で、この詐欺グループが関与した特殊詐欺は100件ほどあり、被害総額は1億円に及んだことが確認されている。


Aが逮捕される直前にXと電話で交わした会話の記録がある。

「名義を貸したのは事実ですよ。でも、それは友人であるX君の頼みだったから」「じいさんやばあさんから金をだまし取るようなことをやっていて、その共犯にされたんじゃ、心折れますよ」とまくし立てるAに対し、Xはこう返答するのが精いっぱいだった。「全部、自分の判断ミスです」。

説明しても信用されない

Aは逮捕後、Xが現役の暴力団組員だったことを警察から知らされた。「居住用に使う」としていた部屋に、2人のかけ子が毎朝出勤し、夕方には退勤している姿が、警察の隠しカメラで撮られた画像にはっきりと写っていた。


警察が作成した実行犯らの「出勤記録」。居住はしておらず「出退勤」している(記者撮影)

Aは特殊詐欺を「いっさい知らなかった」と話す。Xへの親切心があだになってしまったという。

逮捕されたAとBが頭を抱えたのは、自分たちは特殊詐欺には関わっていないとどんなに説明しても警察から信用されなかったことだ。詐欺グループの連中に「詐欺とは関係ない」と真相を供述してほしかったが、Xは逃亡したままで、捕まったかけ子らは弁護士の指示で「黙秘」を貫いていた。

捜査のターゲットは、明らかに暴力団組員のXだった。XがAに、「見張られている」などと主張していたのも、捜査を警戒したためだと推測できる。

警察は詐欺で得られた金が暴力団に流れているとみて、首謀者であるXを捕えようと躍起になっていた。その配下で暴力団組員とみられる男も逃亡していた。それゆえ警察は、Xと直接話をしていたAに疑念の目を向けたとみられる。

Aにかけられた疑いを晴らしたい妻は「私がXを呼び出すから、そこを捕まえて」と警察に持ちかけた。だが警察は「相手は暴力団。万が一、拳銃を所持していて、あなたを人質に取ったりしたら、取り返しがつかない」と、取り合わなかった。 

今年2月、AとBの特殊詐欺についての不起訴が決まった。名義貸しをした賃借権詐欺については1件目が昨年12月、2件目が今年2月に起訴されている。

3月下旬、東京地方裁判所で開かれた公判。Aは賃借権詐欺についての起訴事実を認めたうえで、次のように述べた。「Xを当時は友人だと思っていたが、自分だけ逃げるような人間とは付き合うべきではなかった。今は後悔と反省しかありません」。

賃借権詐欺の判決は今年5月の予定だ。

(野中 大樹 : 東洋経済 記者)