「円滑相続」、実際にいくらかかる?(写真:CORA/PIXTA)

相続する前に親が認知症になったら――。介護費用として当て込んでいた預金口座は「財産凍結」され、実家を売ることも難しくなります。そのためには、認知症になる前に「家族信託」をしておくこと。そのメリットや方法については、すでにお伝えしてきました(下記、過去記事)。今回は、家族信託にかかる実際の費用について解説します。

本稿は、“相続のエキスパート”で税理士・行政書士の牧口晴一氏が上梓した新著『日本一シンプルな相続対策 - 認知症になる前にやっておくべきカンタン手続き』より一部抜粋・編集してお届けします。

【第1回:「認知症で親の財産凍結」子の"相続地獄"避ける策
【第2回:「認知症の親」から円滑に相続する"1つの方法"】

「家族信託」実際にいくらかかる?

実家(不動産)に「家族信託」を設定するときに、登記等の費用がかかります。しかし、家族が受託者になりますから、その後の信託報酬などの費用がかかりません。

厚労省のデータによると、高齢者のみの世帯はこの10年で1.5倍増えました。子どもたちの多くは「忙しい人」で、仕事と家庭で忙殺されています。それは親と同居していても同じです。その分、親への対応が、残念ながら「おろそか」になっています。

「相続」は必ずきます。しかし認知症は必ずではない。それでも、確率は高く、いざそうなってしまうと、先に見てきたように周りは大変です。それは仕事と家庭を直撃します。

それでは、次の「家族信託」の費用をもう少し詳しく見比べてみましょう。


図表:『 「認知症で親の財産凍結」子の"相続地獄"避ける策』より

●家族信託をしないで、認知症になった場合

成年後見制度で後見人が必要になります。後見人への支払いは月々3〜6万円ほどで、これは亡くなるまで必要です。

認知症の期間が平均10年としても6万円×12か月×10年=720万円に初期費用50万円で770万円! これが認知症の1人ごとにかかります(東京家庭裁判所の基本報酬の目安は、管理財産額1000万円以下は月額2万円、1000万円超5000万円以下は月額3〜4万円、5000万円超は月額5〜6万円)。

●家族信託の場合

最初のときだけ、登記と専門家の費用がかかります。財産額にもよりますが、登記の費用を除き30〜100万円ほどです。専門家に任せても、成年後見制度で、アリ地獄に陥ったうえに、770万円かかるより、結局は安上がりなのです。

専門家の費用は、初期費用が5万円程度(信託財産が500万円の金銭のみの場合)からあります。しかし、別途契約書作成費用・登記費用などがかかります。そして毎年の維持費用に3万円ほどにして分割払いのようにしているのです。

詳しくは、財産によって変わりますが、総合計では、先の100万円程度となると思います。ただし、短期間で亡くなると毎年の維持費がストップするので、安くなるかもしれません。「トリニティ・テクノロジー」や「ファミトラ」を検索してください。

“終活”以前の「老い支度」こそが必要

手間と安全性を考えれば、家族信託の専門家に依頼した方がよいに決まっていますが、実はここが悩みどころです。

成年後見制度のアリ地獄に陥るよりは遥かに安いのですが、まだその意識が醸成されていないため、専門家費用に対して「高い!」というイメージが先にきているようです。私のお客様でもそうです。そうこう迷っているうちに手遅れになっています。

費用面で躊躇する方は、ご自身の手間をかければ、できなくはありません。手遅れになるよりは、と考え苦肉の策として、自分で行う方法を考えたのです。最低6万円ほどの登記の費用等だけで可能です。

それでも、専門家による認知症への対策の家族信託は徐々に増えてきました。「家族信託」の件数は、登記の件数を調べれば明らかです。日本公証人連合会の初調査で、2018年に2223件だったことがわかりました。

家族信託は公正証書でする義務まではないので、総数はもっと多いでしょう。それに対して、成年後見制度は伸び悩んでいます。つまり、庶民はちゃんと良し悪しを嗅ぎ分けて合理的な選択をしているのです。

相続は生と死の二元論で考えてはいけません。オーバーラップするのです。それは2500年前のブッダの「生老病死」の悩みからも明らかです。突然死を除けば、生老病死の4段階で進行します。それが、医療の発展で死に至る過程が長期化して、「法的な死」との間に10年間のズレを生じさせました。

「親が死んで財産を分けるとき、兄弟のあいだでもめたくない!」。皆そう思います。その対策として「親に遺言書を書いてもらおう!」という話も聞きます。しかし、それでは生と死の二元論です。その間に「老と病」があるのです。

その間、親には豊かな老後を送ってもらいたい。できるだけ苦痛少なく。つまり「相続対策」や「終活」以前の「老い支度」こそが必要なのです。

老人ホームに入ったら、年金ではまかなえない

老いを生きるための年金収入の平均額をご存じですか?

国民年金は月額約5万円、厚生年金は月額約14万円が平均です(出典:厚労省「平成29年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。これが年々厳しい年金財政のために、減る傾向であることもご存じの通りです。

これに対して介護費用は、施設介護の場合で、月額平均11.8万円です。しかも最も多い分布の人数になるのは月額15万円以上です(生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査(平成30年)」)。他に衣食住の費用も要りますから、多くのケースで年金だけでは不足です。

さらに、この調査によると、介護期間の平均は、4年7カ月(54.5カ月)です。

つまり、安く見積もっても、月額11.8万円×54.5カ月=643万円。両親共なら倍とはならなくとも相当な負担です。

別の調査では、介護に手間のかかる認知症では、月額段階からは約2倍、25万円とも試算されています。ここでも認知症の、資金面での恐ろしさがみえます。本稿では介護保険の詳細にまでは踏み込みませんが、こちらも負担額の増加は間違いありません。

まだ難関があります。それは、老人ホームの入居一時金です。次の一覧表を見てください。目安に過ぎませんが、判断の基準になります。認知症が進み自宅で看護できないケースで対象となるのは、表の◆印のところが中心です。


図表:『 「認知症で親の財産凍結」子の"相続地獄"避ける策』より

しかし、先にお話ししたように一番人気の特養は要介護3以上が要件です。認知症だけでは、体は動けるので、要介護1ランクで、特養は入居不可です。

では、グループホームは、といえば、認知症が進んだ状態では入れません。

ケアハウスは少なく認知症介護は難しいので、残るのは、「介護付き有料老人ホーム」です。しかし、入居一時金が「0〜数億円」と極端です。それには理由があります。

一般的に入居一時金が安いと、月額料金が高くなる傾向があります。だから一時金0円なら月額料金40万円……というようにこの表を見るわけです。要は、仮に一時金の安い所に入れても、その後、年金だけではまかなえなくなります。

「介護付き有料老人ホーム」は民間の施設ですから慈善事業ではありません。良い看護師・介護士の定着率を高めるためにも、事業者は採算を重視します。

入居一時金は、老人ホーム独特の制度で、簡単にいえば“家賃の前払い”です。そのため、入居一時金がないと、どうしても月額料金が割高になります。

多くの有料老人ホームが採用している方式が「終身利用権方式」です。これは、入居一時金で、個室や共有空間を死ぬまで利用できる権利を得るのです。つまり老人ホームにとっては、利用者が死ぬまでの預り金なのです。

入居後、間もなく亡くなれば相当部分が未利用のため、返還してくれます。利用した分は返還されません(「償却される」という言い方をします)。

しかし、死ぬ時期はわかりませんから、統計的に考えます。これが「平均利用期間」で「償却期間」といわれるものになります。この償却期間を終えると預り金は0になります。つまり返還金はなくなります。

「財産凍結」されているのに、月謝が高額に…

入居一時金が「0〜数億円」では幅がありすぎて検討に困りますので、次の表をご覧ください。1000万円以上が半数近くになっています。


図表:『 「認知症で親の財産凍結」子の"相続地獄"避ける策』より

さらに、民間の老人ホームではホームの倒産リスクも考えておく必要があります。つまり、倒産すると高額な入居一時金が戻らないこともあり得るのです。
入居後に他の入居者や介護者との相性が悪いので退去するというときも問題です。入居早々に亡くなると、一時金の戻る部分がありますが、確実かどうか不安は残ります。

こうした不安に対応して、2018年4月に老人福祉法が改正されました。有料老人ホームに対し、保全措置をとることが義務付けられたのです。これで一定程度(最大500万円)は保護されましたが、まだまだ少額です。特養で入居一時金が不要なのは、公営(住民サービスの一環)だからです(近年、民間でも入居一時金不要な施設も増えています)。

したがって、月額料金の決め方は利用者の財産に応じて決まります。

こんな可哀そうな事例がありました(日経新聞2020年12月25日付)。

親の資産総額は1億円超(うち預金は1000万円弱)と多かったので(しかし、都市部では、今どき、決して金持ちといえる財産ではないですね)、要介護3に認定されて特養に入居できたとしても、財産凍結(つまり使えないのに)、預金や実家が“ある”というので、月額料金が上がってしまったのです。

結局、特養の軽減措置が受けられず、月額費用は20万円近くになりました。

これは、先の表にある月額料金15万円より高いのです。「こんなに払うのであれば、サービス内容の良い介護付有料老人ホームへ入居させたかった」と悔やむ相談者の記事は身につまされました。

介護費用を親の預金から引き出そうとしたら…

介護費用や老人ホームの入居費はどこから出したらよいのでしょうか?


親の年金で不足するならば、当然、親の預金からです。老人ホームの入居一時金は、先の表で見たように平均で1000万円以上でした。こんな大金はATMでは引き出せず、当然、銀行の窓口で引き出します。すると預金口座の名前は親のままですから、「ご本人でないと出せません」と言われ、「親が認知症なので代わりに来ました」と言えばその場で、財産凍結されてしまいます。

平成のはじめのころまでは、親族が引き出すことができました。ところが、最近ではコンプライアンスが厳しくなって、引き出せないのです。

なぜなら、遺産分割のときのもめ事に銀行が巻き込まれるからです。他の相続人が「お前が勝手に使って、お父さんの預金が少なくなったんだ!」と、家族意識の変化に伴い、相続財産に対する権利意識の目覚めから争いが多くなりました。

そして、「銀行はけしからん! 父さんの預金を、本人以外がおろすのを見逃した!」と裁判に訴えてくる人が多いので、銀行は引き出してくれなくなったのです。

暗証番号を知っていればキャッシュカードで少額ならば出せるでしょう。しかし入居一時金は大金で、窓口扱いになってしまいます。「ならば分割引き出し」で。ところが銀行も50万円の引き出しが連日なされると、ATMが自動停止です。

しかし、親の介護のためなのに使えないことへの不満は高まりました。そこで政府指導で、介護目的が明らかであれば、少額引出しが可能となりました。それでも高額な老人ホームの入居では困難です。「代理人カード」でも1日の引き出しは50万円程度が限度です。

たとえ遺言書に、配偶者や子どもに「相続させる」と書いてあってもダメ。そもそも、遺言書というものは、亡くなってからしか有効にならないのです。だから、相続対策としての遺言書では、介護のための対策にならないのです。

(牧口 晴一 : 税理士・行政書士)