体重70キロになった大学の豪州留学当時(左)と昨年全国大会で優勝した当時の安井友梨さん【写真:本人提供(左)、中戸川知世】

写真拡大 (全2枚)

THE ANSWER的 国際女性ウィーク1日目「ボディメイク」安井友梨インタビュー前編

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「スポーツに生きる、わたしたちの今までとこれから」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場し、これまで彼女たちが抱えていた悩みやぶつかった壁を明かし、私たちの社会の未来に向けたメッセージを届ける。1日目は近年注目される競技、ビキニフィットネスの女王・安井友梨が登場する。

 今回のテーマは「ボディメイク」。女性のボディビル競技の一つとして台頭してきたビキニフィットネス。健康的な美しさや筋肉とともに、ヘアメイクやコスチュームなど女性ならではのポイントも評価項目とされる。30歳で競技を始め、わずか10か月で日本一になった安井は以降、外資系金融のOLをしながら国内大会で7連覇、世界選手権で2度の準優勝に輝いた。競技の第一人者であり、昨年11月には「情熱大陸」にも出演するなど、女性が支持する女性として認知される。

 しかし、20代までは体重が70キロあった時期もあり、「なんの取柄もないぽっちゃりOLだった」と安井は言う。そんな彼女がなぜ30歳で変わり、今があるのか。前編では、これまでのキャリアを紐解き、ビキニフィットネス挑戦から初めて日本一になるまでの道のりに迫った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

「ビキニの女王」――。

 近年、こんなフレーズとともに安井友梨はメディアを賑わせる。外資系金融でフルタイムのOLを勤めながら、2016年からビキニフィットネスの国内大会で7連覇。2度の世界選手権準優勝に輝いた。昨年10月に韓国で世界に挑んだ舞台裏に、人気番組「情熱大陸」で密着されたことも記憶に新しい。

 ステージに立てば、キュッと引き締まったウエストや女性らしく丸みのあるヒップでポージングを披露。スポットライトを浴び、圧倒的なオーラを放つが、39年の人生を辿ってみると、実はそのうち30年はどちらかといえば日陰を歩んできた。

 愛知・名古屋に生まれた3きょうだいの長女は、小さい頃から運動音痴の運動嫌い。スポーツを勧める母に「背が高いから」との理由で入れられた高校のバレーボール部は、練習が嫌で「部活に行く」と家を出て、アルバイトに行った。性格は引っ込み思案。シャイで、人見知りで、友達も多くない。

「コンプレックスの塊のような人間でした」と笑う。驚くのは、食にまつわるエピソード。

 食べることが大好き。「うちは“ぽっちゃり家系”で……祖母が100キロ、母も80キロで、おやつは親子三代、赤福。ひと口が1列分みたいな(笑)」。当然、太る。おまけに173センチの高身長。「縦も横も大きくて、1ミリでも小さく見せたかった」。膨らみ続けるコンプレックスが猫背にさせた。

「なんで、私だけこんなに太いんだろうって。弁当箱をこんにゃくだらけにしたり、りんご1個で生活したり、糖質制限したり、あらゆるダイエットに挑戦するけど、3日坊主どころか1日で終了。次の日にはきのう我慢した分、菓子パンを食べてしまう万年ダイエッターでした」

 豪州に留学した大学時代、ホームステイ先は毎日バーベキューをする家庭。1年後、帰国した空港で出迎えた母と妹に気付かれないほど。体重は70キロあった。

 証券会社の営業職に就いたOL生活も、昼休みに一人で食べ放題に行き、男性だらけの職場で毎晩飲み会。負けず嫌いで「女性だから」を言い訳にしたくなかった。“飲みニケーション”が死語になる前の時代、浴びるほど酒を飲み、帰りにまた一人、にんにくラーメンで締める。痩せるわけがない。

 入社3年で外資系金融の営業に転職。職業の響きからはキラキラとしたキャリアウーマンの姿が思い浮かぶが――。

「性格はがさつ。靴下も左右で違うし、洋服も表裏や前後で反対。ファッションも、美容も全く興味なし。メイクもしないし、髪はボサボサ。唯一の趣味は食べること。それ以外、何も興味が湧かない20代でした。体型も五段腹どころか“段”にならないくらい(膨らんだ)お腹が出ていて(笑)。鏡を見ることも嫌でした」

 今の安井からは想像もつかないエピソード。

 しかし、そんな話を背中に板が入ったかのように美しく椅子に腰かけ、相槌を打つたびに艶めいたロングヘアを揺らしながら、凛とした所作で話す。

 転機は、30歳だった。

ビキニフィットネスとの出会い、人生を変えた一本の電話

 きっかけは「私が生まれてから一度も痩せている姿を見たことがなかった」という母の変化。

 母がジムに入会し、半年で20キロもダイエットした。刺激を受け、「ペア会員になると安いから」と同じジムに入会。10キロの減量を目指した。ただ、根っからの運動嫌いの娘は1キロも痩せられず。「運動が嫌なので、お風呂に入って家に帰るレベル。たまに歩くくらいで……」

 半年経っても体型に変化なし。ジムに相談すると「痩せたいと言うだけでは痩せません。目標になる人の写真を見つけてください」。調べていくうちに見つけたのが、ビキニフィットネスの第1回国内大会で優勝した新井敬子さん。40歳の主婦だった。

 その美しさに心奪われた。「すごく健康的な美しい体で、『私、これになりたい』と。主婦の方が40歳でこうなれるなら、私も30歳ならできるかもって」。直感でビキニフィットネスの世界に飛び込もうと思った。新井さんが通うジムが奇遇にも地元・名古屋にあった。

 すぐ、そのジムに電話をかけた。

「明日、行ってもいいですか?」

 この一本の電話が、安井の30代を、人生を変えた。

 しかし、文字通りビキニを着て、肉体美を競う大会だ。20代はプライベートでも水着を着たことがない。アトピーがあり、高校のプールの授業はいつもタオルで肌を隠し、友人と行く温泉すら抵抗感があった。そんな安井が踏み切れたのは、なぜか。

「清水の舞台から飛び降りるじゃないですが、出ると決めたら痩せるんじゃないか。痩せるための目標作りのような、どんな競技かも知らずに飛び込みました」

 恵まれたのはトレーナー・柏木三樹さんの存在。何事も長続きしなかった安井の性格を考慮し、2時間のレッスンのうち、1時間以上はストレッチ。週2回のジム、最初の半年間は柏木さんと雑談しながら、体を動かすことを楽しんだ。

「栄養を考えたこともない、トレーニングをしたこともない、こんなボコボコの土台には立派な建物が建たないと言われ、まずは筋肉をつけて増量することから始めました。肉と野菜、玄米を中心に、規則正しい食事でしっかりと栄養を摂る。トレーニングも『なんだか楽しいな』『体がすっきりするな』くらいの感覚でした」

 すると、ささやかな変化が生まれた。「歯磨きと同じように、自分の生活習慣にジム通いが自然と組み込まれて行ったんです」

 挙がらなかったバーベルがある日、挙がるようになる。ジムに行く方が疲れが取れるようになる。髪をいたわり、ネイルにこだわり始めた。3か月後には、あれほど嫌だったアトピーが消え、OL生活で悩まされ続けた肩こりが解消された。

 小さな成功体験を積み重ね、自分が変わる実感が楽しかった。そして、ささやかな変化は大きな結果となって返ってきた。

 本格的に競技を始めて、わずか10か月後、いきなり日本一になったのだ。

原動力は「コンプレックスだらけの自分を好きになりたい。だから頑張る」

 もともと身長173センチに長い手足。コンプレックスに隠されたものを武器にすると、素質は開眼した。

「まさか日本一になれるなんて思っていませんでした。無我夢中で、何だか分からないまま(大会直前の)減量期は鶏のささみとブロッコリーを食べ続けて(笑)、先生の言うことだけ聞いていこうと。分からないがゆえにすごく素直に、がむしゃらに走り抜けた10か月でした」

 ひとつ、貫いたことがある。

 柏木トレーナーのススメで、ジムに入門したその日からブログを始めたこと。指定されたタイトルは「ビキニフィットネス大会優勝への道」。2014年11月30日、初投稿は3行ほどの短い文章と数枚の写真。これから待つ挑戦の日々に決意をつづった。

「いきなり『優勝への道』って書くなんて、やりたくないですと言ったら、書かないとジムに入れませんって(笑)。でも『君が書くことで、これが教科書のようになり、後に続く誰かの役に立つ時が必ず来る。自分が減量でつらい時も支えになるから』と背中を押してもらいました」

 最初の読者は、父と母と妹と弟とトレーナーの身内5人。「5いいね」が読んでくれた証しだった。ところが、どこにでもいるOLが大それた目標を掲げ、挑戦をつづる様子が目に留まり始め、大会で優勝する頃には読者は数千人に。今も連日更新し、人気ブログとなっている。

 もともと、ネガティブな人間だった。何をやっても失敗ばかりで長続きしない。いつも誰かと自分を比べ、いつも最悪のことを想定し、行動できない。たった1年前までラーメンを食べ、左右違う靴下も当たり前だった女性が、日本一になった。

 以降、外資系金融のOLとの“二刀流”で仕事と競技に奮闘。分刻みのスケジュールを日々送りながら、35歳でアジアチャンピオンになり、37歳で世界選手権準優勝。いつしか「ビキニフィットネスの絶対女王」と呼ばれ、競技の「顔」になっていく。

 安井の経験が教えてくれるのは、変わりたいという気持ちを持つこと。そして、失敗してもいいから一歩踏み出してみること。チャレンジに遅すぎることはない。本人は「初めて優勝した日に見た風景とその感動は、今も忘れられません」と実感を込める。

「コンプレックスだらけで自分を好きになれない。好きになりたいから、頑張る。その気持ちが原動力でした。高校生・大学生の時も社会人の時も、早く大人になりたい、早く30代になりたかった。今の自分はイヤって否定して、自分のコンプレックスと向き合えなかったから。

 30歳まではなんの取柄もないぽっちゃりOLで、何ひとつ秀でるものがない。“虫歯ゼロ”くらいしか表彰されたことがありません。でも、ビキニフィットネスと出会って初めて自分を好きになれた。私は“何もできない”から“何でもできる”という思考に変わったんです。

 昨日できなかったことが今日突然できて、先週1回しかできなかったことが今週10回できて、『できる』の心が育っていく。人生最高の瞬間は未来にしかない。去年より今年の方が絶対に良いし、今日より明日、なんなら今日の朝より今日の夜の方が自分は絶対進化すると思えるんです」

 人生を変えたビキニフィットネス。しかし、安井にとって、日本一の喜びは苦悩の始まりでもあった。

(後編「世界一細いと評された53cmの究極ウエスト 日本人不利に抗い、世界と戦うビキニの女王の哲学」へ続く)

■安井 友梨 / Yuri Yasui

 1984年1月13日生まれ。愛知・名古屋市出身。幼少期のスポーツ歴はソフトボールとバレーボール。大学時代は和菓子好きが高じて茶道部。30歳にビキニフィットネスと出会い、競技歴10か月で出場した2015年からJBBFオールジャパンフィットネスビキニ選手権7連覇中。外資系金融のOLをしながら、2019年アジアビキニフィットネス選手権優勝、2021年から世界フィットネス選手権2年連続準優勝。同年元日のTBS系「マツコの知らない世界」に年1200個食べる「おはぎ好き」として出演し、話題に。以降、数々のバラエティー番組やフィットネス番組に出演。2022年11月にはTBS系「情熱大陸」で特集された。今年1月に勤務していた外資系金融が日本事業撤退に伴い退職。新たなキャリアを模索している。

<3月5日「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催>

 オンラインイベント「女性アスリートのカラダの学校」を3月5日に開催する。アスリートや専門家が女性アスリートのコンディショニングについて議論を交わしながら、参加者の質問にも答える。第1部は「月経とコンディショニング」をテーマにスポーツクライミング東京五輪銅メダリスト・野口啓代さんをゲストに迎え、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第2部は「食事と体重管理」をテーマに体操でリオデジャネイロ、東京五輪2大会連続団体入賞の杉原愛子さんをゲストに迎え、公認スポーツ栄養士の橋本玲子氏が講師を担当。1、2部ともに月経など女性アスリートの課題を発信している元競泳日本代表・伊藤華英さんがMCを務める。参加無料。応募は「THE ANSWER」公式サイトから。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)