「いつもお世話になっております」が生産性を下げている? 大学教員が学生とのメールで得た気付きとは?
仕事で電子メール(以下、メール)を送るときは、付き合いの長い取引先に対しても、「いつもお世話になっております」といったあいさつ文を書くのが一般的ですが、中には、この作業を煩わしく思う人もいるのではないでしょうか。ビジネスパーソンは、1日20通程度のメールを送信しているといわれており、メールの作成に必要以上に時間をかけてしまうと、他の業務が滞ってしまう恐れがあります。
今回は、事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部の島崎敢准教授が、学生とのやり取りを通じて感じた、メールのマナーと生産性の関係について、紹介します。
メールに1日3時間以上
20世紀の終わり頃に登場したメールは瞬く間に世界中に浸透し、今やビジネスには欠くことのできないコミュニケーションツールになりました。近年、SNSやチャット、オンライン会議システムなどの新たなツールも登場していますが、いずれもアカウントの作成にメールアドレスが必要なので、私たちがメールから逃れられる日は、当分来ないのかもしれません。
なぜ「逃れられる」という表現を使ったかというと、私も含め、多くのビジネスパーソンは、日々メールに追われ、メールの読み書きに多くの時間を費やしているからです。
一般社団法人日本ビジネスメール協会(東京都千代田区)の2022年の調査では、「仕事でメールを使っている人」は1日平均66.87通のメールを受信し、16.27通のメールを送信しているそうです。また、メールを1通読むのに平均1分24秒をかけ、メールを1通書くのに平均6分5秒をかけています。
つまり、メールを読むのに1時間半強、書くのにも1時間半強、合計3時間以上はメールのやり取りに使っていることになります。そこで今回は、「メールのマナーと生産性」について考えてみたいと思います。
「体調が悪いので今日の授業休みます」だけ…
私は仕事柄、大学生からもよくメールを受け取ります。就活を始めた学生からもらうメールは体裁が整っていることが多いのですが、就活前の学生からのメールの中には、「体調が悪いので今日の授業休みます」の一文だけ送られてくるものもあります。
「あなたは誰? どの授業?」と聞きたくなるのですが、今回の目的は「今どきの若い者はビジネスメールのマナーも知らずになっとらん」と批判することではありません。何しろ、ビジネスパーソンは、1日3時間以上もメールのやり取りに時間をかけているのですから、用件だけのシンプルなメールにも、実は業務効率を改善するヒントが隠されている可能性があります。
一般的なビジネスメールのマナーでは、まず相手の会社名や役職、フルネームを省略せずに書くことになっています。株式会社を(株)とすることも禁止です。続いて、自分も所属と名前を書いて名乗りますが、大して世話になってない人に対しても、「いつもお世話になっております」などとあいさつ文を書くことになっています。例えば、次のような文章です。
株式会社〇〇〇〇 〇〇〇部 部長 〇〇 〇〇 様
近畿大学生物理工学部の島崎です。
いつもお世話になっております。
以上、よろしくお願い申し上げます。
〇部分の文字数は適当ですが、「いつもお世話になっております。」でちょうど50文字になりました。日本語の漢字仮名交じり文は、1分間に50文字程度のタイピングがビジネスレベルといわれているので、これだけで通常1分かかります。しかも社名や肩書き、人名などは文章と違って変換に手こずる場合もありますし、間違えてはいけないので、慎重に見直す必要があります。
そのため、実際には2分以上かかりそうです。最後にも「以上、よろしくお願い申し上げます。」などのあいさつを書くことが多いので、これにも20秒ほどかかるでしょう。つまりこれらを省くことができれば、メールの作成時間をざっくり2分半ほどは短縮できるので、16.27通のメールを送るなら約40分の短縮になります。
実は、先述の「あなたは誰?」と感じたメールにはヘッダーが付いていて、そこにFrom(送信元)とTo(宛先)が書かれています。ここに所属や名前が含まれていれば、送信元が特定できます。
そして「お世話になります」や「よろしくお願いします」は、「あなたにちゃんとあいさつしていますよ」という記号のようなものです。だから、2分半かけて書いている「マナー」の部分は、マナーとしての意味はあっても、実用的な意味はほとんどないのかもしれません。
メールを受け取る側はどうでしょうか。宛名やあいさつなどは最初から読み飛ばしてしまうかもしれませんが、成人の読字速度は1秒間におおよそ10文字ですから、先ほどのメール前後の「マナーの部分」を飛ばさずに読んだとすると、約7秒かかります。66.87通のメールを読むとすると、合計で7分50秒ほどかかります。
ここまでで、メールでの「マナー」が、送受信合わせて約48分を消費していることが分かりました。厚生労働省の「厚生労働白書」によると、2019年の一般労働者(正社員・正職員)の平均時給は1976円だそうです。人件費には、これに加え社会保険や管理費などが3割程度は乗ってくるので、1時間当たりのコストは2569円、48分では2055円となります。
国勢調査によると、仕事が「おおむねデスクワーク」と「デスクワークもあればノンデスクワークもある」人の合計は2521万人です。この人たちが「仕事でメールを使っている人」であると仮定すれば、全国で1日当たり518億円、年間で19兆円もの人件費が「ビジネスメールのマナー」のために費やされていることになるのです。
もちろん、私は丁寧なメールをやめるべきだとか、ビジネスメールのマナーが不要と言いたいわけではありません。表情や声色が伝わらない文字だけのやり取りはニュアンスが伝わりにくく、誤解が生まれがちです。だからこそ、仕事上のメールには、時には丁寧過ぎるぐらいの細心の注意が必要だと思います。
しかし、それは内容や相手にもよります。お願いや謝罪などは丁寧であるべきですが、事務的にYESかNOかの答えが欲しいだけのときには、前後のあいさつはかえって邪魔かもしれません。初めての相手には丁寧なメールを書いた方が良いかもしれませんが、気心が知れた取引先とは、お互いにあいさつ文を入れない取り決めをしても良いかもしれません。
ここで意識していただきたいことは、「マナー」にもコストがかかっているということです。しかも冗長なメールは自分(自社)が書くコストを負担するだけでなく、送った先の相手にも読むコストを負担させています。
日本社会は、さらなる生産性の向上を求められています。「ビジネスメールとはこういうものだ」という固定観念にとらわれるのではなく、臨機応変に、そして大胆に、メールの常識も変えていく必要があるのかもしれません。