世間的には「読書」に費やす時間は減っているが、スマホやパソコンの利用時間が増えている。理由の1つには、インターネットの普及がある。しかし、インターネットは文字にあふれている。もちろん、動画なども多いが、インターネットにあるコンテンツの多くは、文字を使ったHTMLのWebページである。そういう意味で、文字を読んでいる時間はかえって増えているのではないかと思う。

いまでは、ブログに記事を上げさえすれば、誰でも自分の文章を「公開」可能だ。公開する文書であれば、できれば、きちんとしたものにしたいと考える人もいるだろう。そういう場合には、これまで出版業界で使われてきたルールが利用できる。

広く一般に公開する文章に関しては、長い歴史を持つ出版で、基本的なルールが確立している。強制力はないし、明確な定義があるわけでもないが、出版物を名乗るのであれば、最低限行っておくべきことがある。これに外れたからといって警察に捕まるわけでもないが、そうでないものは「恥ずべきもの」という評価を受ける。恥ずかしいことをして平気な人もいるわけで、「どうでもいい」と思うのも自由だが、「恥ずかしい」と評価することもまた自由である。どちらがいいのかは、個人の選択である。最近では、こういう、周囲の評価を気にしなければならない状態を「同調圧力」などともいうが、先人が苦労して作り上げてきたものには、それなりの理由と効用がある。それを無視して、自己満足しているのもどうかと思う。

定義はないといったが、新聞社や出版社などが社内で使っていたルールを書籍化しており、これをガイドとして使うことができる。筆者が現役の編集者だった頃は、「記者ハンドブック」(共同通信社)が標準的だった。

さて、出版で行われているルールの1つに「用字用語」というものがある。これは、単語の使い方と表記などに関するルールだ。たとえば「音引き」の有無。ユーザーは「ユーザ」、フォルダーは「フォルダ」という表記がある。理工学関係では語尾の音引きは必ず省略した。コンピュータ専門誌などでは、かつてこのルールが広く使われていた。筆者が現役の編集者だったときには、音引き省略するのが普通だった。世間的な趨勢は、語尾が“er”となるものなどには音引きを付ける方向にあり、マイクロソフトの文書などでも2008年から「ドライバー」などという表記が普通になった。

こうした用語の表記では、最低限、1つの文書、記事では統一するのがルールで、原則的には、出版物のレベル、書籍、雑誌ではすべて統一するのがルールである。基本的には、紙の印刷物が普通だった時代には、出版社や編集部レベルで、用字用語のルールを持っていることが当たり前だった。

こうした用字用語には、そのほか、「送り」、「閉じ開き」、「カタカナ/英文表記」、「原音/慣用」などがある。「送り」とは、送り仮名の付け方で「あらわす」を「表す」にするか「表わす」にするかということだ。「表す」は「ひょうす」と読まれてしまう可能性がある。送りには、昭和48年の「送り仮名のつけ方」という内閣告示があり、基本的なルールとして「本則」、「許容」がある。本則は基本ルールで「活用語尾を送る」というようなもの。「許容」は本則ルールから外れるが、世間での利用が多く許容してもよいものである(ちなみに「表わす」は許容とされる)。

「送り」はすべての単語に1つのルールを強制するものではない。特定の用語について送りを定義しておき、それ以外は本則、許容のルールで判断するという運用を行う。

「送り」は日本語IMEの設定で行える。ただし、Windows 11標準のMicrosoft IMEでは、以前のバージョンに切り替える必要がある(設定 ⇒ 時刻と言語 ⇒ 言語と地域 ⇒ 日本語 ⇒ 言語のオプション ⇒ Microsoft IME ⇒ キーボードオプション ⇒ 全般 ⇒ 互換性 ⇒ 以前のバージョンのMicrosoft IMEを使う)。「Microsoft IMEの詳細設定」の「変換」タブにある「詳細設定」ボタンで、開いたダイアログに「送り仮名とかな遣いの基準」があり、「全部」、「許容も含める」、「本則」がある。

ATOKならば、プロパティの「入力・変換」タブにある「変換補助」に「送り仮名」として「本則」、「省く」、「送る」、「すべて」がある。これは「すべて」にしておく。

どちらも、複数の変換候補が出るが、最初のうちだけ注意して変換していると、学習が有効になり使いたい送りを選択できる。逆に、他の設定だと「表わす」、「表す」のどちらかしかでないので選択肢がない(それもやりかたの1つではある)。

「閉じ開き」は、漢字で表記するか、ひらがなで表記するかというルールだ。文章校正では漢字表示をひらがな表記に直す指示を「ひらく」という。これに対して漢字表示にする場合は、正しい表記に訂正し「とじる」とは指示しない。おそらく「閉じ開き」は慣用的な呼び方ではないかと思う(だからカギ括弧付きにしてある。これは意図的に表記していますという意思表示である)。

日本語IMEを使えば、何でも漢字表記できてしまうが、ひらがな表記が望ましい場合もある。「閉じ開き」は、品詞で決まる部分と、慣用的なルール、「精いっぱい」として「精一杯」とはしない、当て字はひらく、などがある。

当て字は、かな漢字変換だと、間違いが入りやすい部分。「美味しい」、「美味い」は当て字なので「おいしい」、「うまい」である。ただし、出版物でも小説や広告文などでは、当て字は許容範囲である。ここでも最低限のルールは、文章内での統一である。

当て字の変換禁止は単語削除で対応できる。ATOKならシステム辞書の単語でも変換直後に「Ctrl+Del」で単語削除が可能だ。Microsoft IMEはユーザー登録単語と推測変換辞書ならば単語削除できるが、「標準統合辞書」の単語削除はできないようだ。Windows 7の頃には、変換抑制単語として辞書登録することで単語削除と同じ機能を実現していたが、もうその機能が見当たらない。

「カタカナ/欧文表記」は、外来語をカタカナ表記するか外国語文字で表記するかということだ。欧文は、和文(日本語)でないもの全般を指す出版用語である。簡単にいうとアルファベットで表記するものが欧文だが、非欧米諸国の文字もひっくるめて、和文以外は欧文と呼ぶ(もっとも大半は欧米の単語)。

コンピュータ関係では外来語が多く、読者が検索することを考えると欧文表記を優先せざるを得ない。また、中国、韓国以外の外国人名もカタカナ書きすることも一般的だが、インターネット検索するならば、欧文表記があるほうが助かる。表記をカタカナにするか欧文にするかは、自分で決める。出版物では、編集部や出版社で頻出する外国語に関してはルールを定めていることが多い。

外来語のカタカナ表記には「原音」と「慣用」の2つの方式(主義)がある。日本では原音主義が優勢で対象が所属する国や地域での発音に近いものをカタカナ化することが多い。なのでオランダ系移民の米国大統領“Roosevelt”は「ルーズベルト」ではなく「ローズベルト」と表記することがある。しかし、外来語のカタカナ表記は、明治時代から使われており米国などの英語圏経由でもたらされた非英語圏の用語は原音主義が使われないことがある。古代ギリシャの数学者として有名なユーグリッドは、エウクレイデスの英語読みだが、「ユーグリッド原論」、「ユーグリッドの互除法」など、一般的にはユーグリッドのほうが通りがよい。とはいえ「ユーグリッド原論」の著者名にエウクレイデスを使うものを見かける。

カタカナ/欧文表記は、慣用的なものなので、自分でルールを作る。IMEを使うならば、単語登録を使う方法がある。ユーグリッドではなくエウクレイデスに統一したければ、読みとして「ゆーぐりっど」を使って「エウクレイデス」を登録する。日本語IMEでは、カタカナ変換を学習するので、単語登録をしなければ、「ゆーぐりっど」は「ユーグリッド」に変換されるが、単語登録すれば「エウクレイデス」に変換される。もちろん「えうくれいです」と打って入力してもいい。しかし、こうした表記のルールは自分で作っても忘れがちだし、参考にしたWebページなどの慣用表現に引きずられることもある。辞書登録することで自分で決めたルールが記録され、変換で自動的に適用できる。

英文表記も同様である。欧文表記を優先したければ、「ゆーぐりっと」の読みに「Euclid」を登録する。これは、IMEで欧文入力への切り替えを省けるので、入力が楽になるというメリットもある。

IMEの登録単語は、比較的簡単にテキストファイルなどに出力して、別のIMEに読み込ませることが可能で、登録した単語は長期間維持できる。筆者の辞書には、俗に言うバブル期に登録した30年以上前のものがある。

今回のタイトルネタは、ディレーニイ(Samuel R. Delany)の「バベル-17」(ハヤカワ文庫SF。原題BABEL-17)である。初版は1966年、ALGOL 60やFORTRAN IVが作られ、言語的相対論が登場したのがこの頃。タイトルから神の怒りに触れて言葉を混乱させられた「バベルの塔」の伝説が下敷きにあるとうかがわれる。横山光輝の「バビル2世」で主人公が住むのも「バベルの塔」とされているが、アニメの主題歌では「コンピューターに守られたバビルの塔」と唄われている。ちなみに某コンピューターメーカーの本社高層ビルは、その建設時期から「バブルの塔」と呼ばれているらしい。