今年の『年忘れにっぽんの歌』に出演することが決まった北島三郎

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 大晦日の風物詩といえば『NHK紅白歌合戦』のイメージが強いが、高齢者を中心に年々話題を呼んでいるのがテレビ東京系で放送されている『年忘れにっぽんの歌』だ。

【写真】年内で『純烈』を卒業する小田井涼平、LiLiCoとの仲良しツーショット

「'66年の大晦日に『歌こそわがふるさと』と言う特別番組を放送後、その流れで'68年から『なつかしの歌声』という番組名で、毎年大晦日に放送するようになりました。'80年から現在のタイトルに変更。前身番組名に“なつかしの”とついているだけあり、放送当初から幅広い年齢層に向けて、日本中で聞かれた曲を取り上げ続けています」(スポーツ紙記者)

出演歌手が語る番組の裏側

 海外で活躍したアーティストなど、出場歌手の多様化が進む『NHK紅白歌合戦』とは異なり、誰もが知るヒット曲が披露されることも人気の秘訣。

「年々、世代視聴率が下がっている『紅白』と違い、'21年の『年忘れにっぽんの歌』は8.3%と前年より1%近くアップ。紅白の裏番組としては、民放2位と大健闘しています」(同・スポーツ紙記者)

 ‘22年は年内をもって歌手活動休養に入る氷川きよしが『きよしのズンドコ節〜箱根八里の半次郎スペシャルメドレー』を披露するほか、同じく年内をもって小田井涼平が卒業する純烈。芸道60周年を迎えた北島三郎に加えて、来年で歌手活動を終える橋幸夫など、中高年世代には激アツな歌手たちが顔を揃える。

 今年で放送55回を迎える同番組は、出演者たちにとってどのような存在なのだろうか。梓みちよとのデュエット『ヘイ・ポーラ』や'64年に発売した『二人の星をさがそうよ』などのヒット曲があり、自身も長年出演している田辺靖雄氏に話を聞いた

「年々、昔の『紅白』が担っていた“幅広い世代の人と聞ける歌番組”という位置づけの番組になってきたと感じますね。歌手なら誰しも自分の新しい歌を歌いたいという気持ちがあると思いますが、『年忘れ』は絶対に代表曲しか歌わせてくれない(笑)。

 でも番組から指定してもらえる曲があるということは、それだけ自分のやってきたことが求められているということですからね。“毎年同じ歌ばかり”と思われる方もいるかもしれませんが、期待されている歌を歌えるという喜びを噛み締めながら出演しています。年の瀬で家族団らんしている家庭に歌を届けられればなによりです」 

出演歌手の高齢化も

 田辺氏は現在、創立60年目を迎える日本歌手協会の会長を務めており、古くから親しまれた楽曲を歌い継ぐ活動も行っている。

「若い人たちが古い歌に関心がないのは当然かもしれません。僕だって若い頃は自分より上の世代の人の曲は、馴染みが薄く別世界の音楽という感覚でしたから。でも、今の若い方が聞いている曲もいずれ“懐メロ”とされるときがきます。流行にとらわれない歌番組はこれからも必要だと思いますよ」 (田辺さん、以下同)

 出演者たちにとっては「同窓会のような番組」だと語る。

「以前は共演者とゆっくり挨拶とかできる貴重な場でしたが、コロナ禍以降は自分の歌の番が終わると帰ってしまうようになったのが寂しいですね。歌手協会の方にも出ていただいた里見浩太朗さんに会えた際は、お礼を言わせていただきました。京都の撮影所で芝居したときに共演したこともあって古い仲なんですよ」

 '21年に番組に出演した『ザ・ドリフターズ』の仲本工事さんが今年10月に亡くなるなど、出演歌手の高齢化により共演者との別れも続いている。

「年齢を重ねると共演していた仲間が亡くなることも増えるので、寂しいものです。この番組でよくご一緒していた弘田三枝子さんは一昨年。ジェリー藤尾さんは昨年亡くなってしまいました。自分もいつどうなるかわかりません。それでも歌える限り歌い続けて行きたいですね」

 時代を越えて愛され続ける“日本の歌”を届け続けるテレビ東京。大晦日の風物詩が『紅白歌合戦』から変わるのも、そう遠い日ではなさそうだ。