広島大学病院側は、第三者を入れた調査会を立ち上げると回答した

「教授になりたいからといって、患者を蔑ろにしていいはずがない。賄賂だと非難されても、仕方がありませんよ」(広島大学病院関係者)

 広島市に位置する広島大学病院は、先進医療を担い、多数の人材を輩出する、中国地方の医療の中心的存在だ。

 しかし冒頭の発言のとおり、この“巨塔”を舞台に、贈収賄事件が起きた疑いがあるのだ。

 主役は内分泌・糖尿病内科の長を務めるM医師と、製薬メーカーの小野薬品工業(以下・小野薬品)だ。

「M氏は糖尿病の専門医ですが、上昇志向が強く、人望はありません。上司から部下の時間外勤務が多いことを指摘されると、17時以降病棟で働く医師らに『仕事が遅いだけ』と非難するメールを送り、顰蹙(ひんしゅく)を買ったこともあります」(別の大学病院関係者)

 このM医師の現在の肩書は、「寄附講座教授」というもの。寄附講座とは、企業が大学に寄附金を納め、開設する講座のことだ。

「医療分野の場合、たとえば製薬会社が寄附講座を開設することで、大学に治療法などの新技術を研究してもらい、自社の新薬の開発などに役立てるといった目的があります。寄附金には教授や事務員の人件費なども含まれるので、大学側にとってもメリットが大きい」(医療ジャーナリスト)

 M医師が“教授”を務める寄附講座は、2018年4月から2021年3月までの3年間の予定で開設された。寄附者と年間の寄附額はそれぞれ、小野薬品が1500万円、田辺三菱製薬、興和創薬(現・興和)、テルモが各300万円の計2400万円。

 M医師の人件費は1040万円で、小野薬品だけで3年間で4500万円もの資金が投じられた巨額な寄附だ。

 そして、小野薬品とM医師との間で不審な動きが始まったのは、開講直前の2018年3月のことだった。

「糖尿病患者に対し、DPP−4阻害薬という種類の薬を処方することがあるのですが、病院ではMSD社の『ジャヌビア』が採用されていました。

 しかし3月7日に、同じ種類の薬で、小野薬品の『グラクティブ』が新たに病院外の調剤薬局で採用されることが決まったんです」(前出・病院関係者)

 その2日後、「糖尿病薬の使用」と題したメールがM医師から部下らに届いたという。

「大学病院の外来や外勤先にて、寄附講座の設立に貢献した、小野薬品、興和創薬、田辺三菱の薬剤をなるべく使ってあげてください。添付は努力目標です。一見したら破棄・削除をおねがいします」

 このメールを見た病院関係者は、疑問を感じたという。

「ジャヌビアとグラクティブは、製造会社が違うだけで中身は同じ薬なんです。しかもグラクティブのほうが、ジャヌビアよりも1錠あたりの薬価が2円ほど高いんです。寄附講座を開講してくれたからといって、やりすぎです」

 糖尿病専門医も疑問を呈す。

「効果が同じで、薬価が高い薬をわざわざ処方することはあり得ません。患者の負担が増えるだけですからね」

小野薬品が販売するグラクティブ(左・公式ホームページより)/写真・時事通信

 さらに、講座開設から10カ月後の2019年2月。M医師から院内の医師らに「処方薬について」と題されたメールが届いた。冒頭に「これは秘密のメールですので、読んだら削除してください」と書かれたその内容は、ジャヌビアの処方をなるべく制限したうえで、グラクティブをより多く処方するための具体的な指示が書かれていた。

「上司の言うことに歯向かえる部下はいません。グラクティブの使用量はどんどん増えました」(前出・病院関係者)

 そして、決定的ともいえるメールが部下らに届いたのが、2019年9月のことだった。「寄附講座」と題されたメールには、寄附講座を延長すべくM医師が奔走し「小野薬品本社の本部長に電話をし、グラクティブの院内採用が条件で、寄附の2年延長が約束されました」「院長下知と〇〇教授のご承諾により、グラクティブの院内採用(ジャヌビアは院外)が決まりました」と書かれていた。

「これはまずいと思いました。院内採用されると、患者の入院時はもちろん、退院後も処方されるので、決定的にグラクティブの使用量が増えますから。結局、小野薬品は延長する2年分の寄附は“特別な事情”で中止しましたが、一連の寄附講座を手柄として、大学病院の正式な“教授”になることを目指していたM医師は、狙いどおり2023年2月に内分泌・糖尿病内科の教授になる予定です」(別の病院関係者)

 本誌は事実関係を確認すべく12月上旬、仕事を終えたM医師を直撃した。

 M医師は、グラクティブの使用を部下にすすめた点については「指示はしていないけど、お願いはした」「ほかの薬もそうですよ」と開き直った一方で、寄附講座の延長と引き換えにグラクティブの院内採用を約束したことは「絶対違います」と否定した。

 だが、大学病院側に取材を申し込んだところ、本誌の取材を受けて「第三者を入れた調査会を立ち上げたところ」だとしたうえで、M医師がグラクティブの処方をすすめたメールの存在については認めたが、寄附講座の延長と引き換えにグラクティブを院内採用したことについては「関係ありません」と回答した。

 また小野薬品は、M医師の一連のメールについて把握しておらず「寄附講座への寄附と営業活動はそれぞれ独立して進めるもの」だと回答した。

 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師はこう語る。

「小野薬品には“前例”があるんですよ。自社の薬剤を多数使用してもらうために、研究助成を目的とした奨学寄附金200万円を三重大学医学部附属病院に寄附しました。これが問題視され、2021年1月、社員2名が贈賄罪で逮捕され、同病院の元教授も第三者供賄罪で逮捕されました」

 小野薬品が広島大学病院への寄附の延長を中止した“特別な事情”とはこれのこと。三重大での事件を受け、全面的に寄附を見直したのだ。

「奨学寄附金は、誰がどこに納めたのか発表されるもので、個人にこっそり渡すものではありません。しかし、大学病院と製薬会社が交わした約束をもとに、賄賂と認定されました。今回の広島大学病院の寄附講座も、実質的には一緒ですので、贈収賄にあたる疑いがあります。刑事事件化されなかったとしても、国立大学の医師はみなし公務員ですから、その倫理を問われるのは間違いないです」(上氏)

 患者を置き去りにした醜い“教授レース”につける薬はなさそうだ。

写真・馬詰雅浩