なぜクルマの「MT」を「ミッション」と呼ぶ? 関西でよく聞く略し方? 言語学的には珍しい! 複雑な日本語とは

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「MT」「マニュアル」「ミッション」…「マニュアル・トランスミッション」はどう略す?

 クルマの「マニュアル・トランスミッション」を略していう際、「マニュアル」や「MT」に加えて、「ミッション」も用いられることがあります。
 
 実はこの「ミッション」という表現、言語学的に見るとめずらしい略し方のようです。

「MT」「マニュアル」「ミッション」…「マニュアル・トランスミッション」はどう略す?

 クルマにおける最重要部品のひとつであるトランスミッションは、エンジンが生み出した力を適切なトルクと回転速度に変換するという役目をになっています。

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 もし、トランスミッションがなければ、トルクが細すぎて発進することができなかったり、あるいは一定以上の速度が出せなかったりといった不便なクルマとなってしまいます。

 トランスミッションは、構造によっていくつかの種類に分類することができますが、一般的には「マニュアル・トランスミッション」と「オートマチック・トランスミッション」で分類されることが多いようです。

 ただ、話し言葉でも書き言葉でも「マニュアル・トランスミッション」あるいは「オートマチック・トランスミッション」と表現するケースはめずらしく、実際には略されることがほとんどです。

 代表的な略し方としては、アルファベットの頭文字を取った「MT」あるいは「AT」とするものです。

 この略し方が公的文書にも用いられるものであり、いわゆる「AT限定免許」の免許証にも「〜車はAT車に限る」という文章を見ることができます。

 また、主に話し言葉を中心に「マニュアル」あるいは「オートマ」という表現も比較的よく知られています。

 言語学的に見れば、「MT」/「AT」という表現は「頭字語」と呼ばれ、複合語を構成する単語の頭文字を抜き出したもので、英語などの略し方としては一般的なものです。

 同じような表現としては「Federal Bureau of Investigation」を「FBI」、「Automatic Teller Machine」を「ATM」と呼ぶなどの例が挙げられ、日常生活のなかでも多く見ることができます。

 この略し方のポイントは、海外の人にも伝わりやすいという点です。

 実際、英語圏の人であれば、クルマの話という文脈であれば「MT」/「AT」という表現を使って意思疎通ができることでしょう。

 一方の「マニュアル」/「オートマ」は「後省略型」の略し方と呼ばれ、単語の後半を省略するもので、「チョコレート」を「チョコ」、「コンビニエンスストア」を「コンビニ」と呼ぶなど、日本語にも多く見られます。

 海外の人には伝わりにくいという特徴はありますが、日本語の略し方としては一般的な方法のひとつです。

 このように「マニュアル・トランスミッション」や「オートマチック・トランスミッション」を「MT」/「AT」、あるいは「マニュアル」や「オートマ」と略す方法は、言語学的に見ても決してめずらしいものではありません。

 一方、一部の人は「マニュアル・トランスミッション」を「ミッション」と略して表現する場合があります。

 マニュアルもオートマチックもトランスミッションであるものの、なぜマニュアルだけをミッションと略すのでしょうか。

「ミッション」はめずらしい略し方?その成り立ちとは

 一説によれば、関西以西でしばしば見られる表現のようですが、これは言語学的にはややめずらしい略し方のようです。

「ミッション」という表現は、いうまでもなく「マニュアル・トランスミッション」から「マニュアル・トランス」を消し去ったものです。

 つまり、前述の例とは異なり、単語(複合語)の前半部を省略したものになりますが、日本語においてそのような略し方はあまり多くありません。

 強いていえば野球における「ヒット・エンド・ラン」を「エンドラン」と略すのがこれにあたります。

 ただ、この例では「ヒット」と略してしまうと、野球という同じ文脈のなかで別の意味を持ってしまうため、後半部の省略が適切でなかったという合理的な説明が可能です。

「マニュアル・トランスミッション」の場合は「マニュアル」と略し方も存在していることから、「ヒット・エンド・ラン」とは少し事情が異なります。

 ではなぜ「ミッション」という表現が存在しているのでしょうか。

 その謎を解くカギは、前述した「関西以西でしばしば見られる」という点にあるようです。

 関東とは大きく異なる文化を持つ関西ですが、その最たるものが言葉です。

 単語や語尾などに関西独特の方言がありますが、そうした特徴は言葉の略し方にも見ることができます。

 有名な例では、ファーストフードチェーンの「マクドナルド」やテーマパークの「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」を、関東では「マック」や「USJ」と略すことが多いのに対し、関西では「マクド」や「ユニバ」となることが挙げられます。

 こうした略し方の違いはさまざまなアプローチから議論されていますが、言語学的にいえば「京阪式アクセント」によって説明することができます。

 実際には非常に複雑な「京阪式アクセント」ですが、ひとつの特徴として「低高低」のアクセントを好むというものがあります。

 「マクド(↓↑↓)」や「ユニバ(↓↑↓)」はまさに「低高低」のアクセントに合わせた略し方で、「マック(↑↓↓)」や頭字語の「USJ」に比べて関西方言にマッチしているものと考えられます。

 そして「マニュアル・トランスミッション」という意味での「ミッション」は、アクセントは「↓↓↑↓」となります。

 3拍の「マクド」や「ユニバ」に比べて、4拍であることからやや変則的ではありますが、基本的には「低高低」のアクセントを保持していることがわかります。

 つまり、「MT」や「マニュアル」という表現よりも、「ミッション」という表現のほうが呼びやすいと感じる人が、関西地方の中心とした一部の地域に見られたことが、「ミッション」という表現が存在する大きな理由のひとつといえそうです。

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「ミッション」という略し方は「京阪式アクセント」ならではのものなのか?(画像はホンダ「N-VAN」)

 インターネット上には「もともとは『マニュアル・トランスミッション』しかなかったためそれを『ミッション』と略し、後に登場したものを『オートマ』と呼んだ」という説明が見られます。

 しかし、そもそも日本語には単語(複合語)の前半部を省略することがめずらしく、トランスミッションがそのような略し方になったのかが説明できません。

「オートマチック・トランスミッション」が後に登場したことは事実であるため、まったく無関係とはいえないかもしれませんが、言語学的には、両方のトランスミッションが同時期に登場していたとしても、「ミッション」という表現が成立したと考えられます。

 また、「オートマ」もトランスミッションの一種なのであるから、「マニュアル・トランスミッション」だけを「ミッション」と呼ぶのは間違っているという指摘もあります。

 機械工学的にいえばたしかにそうかもしれませんが、言語学的にいえば、前述したように「マニュアル・トランスミッション」を「ミッション」と呼ぶのにも合理的な理由があるため、決して間違っているとはいえません。

 ただ、現実的には「ミッション」という呼び方をする人は少なくなっているようです。

 その背景には、テレビやインターネットの普及による日本語の共通化や、「マニュアル・トランスミッション」自体の減少は、さまざまな要因が重なっていると考えられます。