船舶業界で進む脱炭素の流れは、小型の高速艇でも同様です。いわゆるジェットフォイルに代表される水中翼船にも、CO2を排出しないゼロエミ船を開発し、日本に導入しようとする動きがあります。

デビューは神戸? 水素燃料の水中翼船

 船体を水面から浮かせるようにして水の抵抗を減らし、高速航行を実現する「水中翼船」。島国日本に欠かせない高速艇にも“ゼロエミ化”の波が来ています。
 
 スイスの宇宙・舶用エンジニアリング企業アルマテックが、水素を燃料に使用するゼロエミッション水中翼船「ZESST」を開発・建造し、日本の商用航路に投入しようという計画を進めています。2022年7月25日には神戸市とUNOPS(国連プロジェクトサービス機関)が共催する、SDGs(持続可能な開発目標)課題解決のための共創プログラム「SDGs CHALLENGE」に採択、まずは神戸市での就航実現を目指します。


水中翼船ZESSTの6人乗り「Precursor」のイメージ。背景は神戸港(画像:Almatech SA)。

 その水中翼船ZESSTは、飛行機のように丸みを帯びたデザインが特徴となっています。動力は水素燃料電池を搭載することでCO2(二酸化炭素)を排出しないゼロエミッション航行を実現。船体の素材には植物性繊維を基盤とする複合材料を用いる予定です。

 船型は6人乗りの「Precursor」(全長10.68m、幅4m)と、旅客船型で100人乗りの「100 PAX」(全長25m、幅8m)が用意されるほか、より大型となる400人乗りタイプの建造も想定されています。いずれも最高速力は30ノット(約56km/h)。航続距離は「100 PAX」で100kmです。

 アルマテックは先行して「Precursor」を2023年末までにスイスで建造し、2025年に開催される大阪・関西万博でデモンストレーションを行いたいとしています。旅客船型の建造に向けたプロトタイプと位置付けている「Precursor」は、水上タクシーやホテルの送迎、洋上風力発電サイトへのアクセス船といった用途での活用を見込んでおり、万博期間中には、会場となる夢洲と関西国際空港のあいだで航行し、来場者にアピールします。

 本格的な旅客船タイプとなる「100 PAX」に関しては2023年以降の就航を目指します。建造ヤードについては日本の造船所も想定しており、船価は10億円程度を見込んでいます。アルマテックはZESSTの力を発揮できる場所として、神戸空港と関西国際空港を結ぶ航路を上げており、「ゼロエミッションで高速航行する水中翼船が就航すれば大きなインパクトになる」との認識を示しています。

 ちなみに、「神戸-関空ベイ・シャトル」に使用されている双胴高速艇「うみ」と「そら」は定員110人、速力30 ノットとなっており、スペック的にはZESSTで代替が可能です。

神戸は導入に最適? いろいろ揃った条件

 神戸空港島には液化水素荷役実証ターミナル「Hy touch 神戸」が置かれており、豪ビクトリア州ラトローブバレー産の褐炭から製造した水素を液化し、日本まで専用船で輸送する国際水素サプライチェーン構築実証試験の場として活用されています。

 さらに神戸市は「水素スマートシティ神戸構想」を掲げ、FCV(燃料電池自動車)の導入や水素ステーションの設置といったインフラ整備や、神戸ポートアイランドに設置した水素ガスタービン発電設備「水素コジェネレーションシステム」からのエネルギー供給の実証実験に協力するなど、水素燃料船を就航させる下地が整っているのです。

 同市に拠点を置く川崎重工業は、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」(タンク容量1250立方メートル)やジェットフォイルを建造した実績があるため、アルマテックは同社の技術力に期待を寄せています。

川重が製造するジェットフォイルの代わりになるの?


東海汽船の新造ジェットフォイル「セブンアイランド結」(深水千翔撮影)。

 日本で就航している水中翼船としては、川崎重工が米ボーイングから製造・販売権を得て建造している川崎ジェットフォイルが代表的な存在です。2020年6月には、25年ぶりとなる新造船「セブンアイランド結」が東海汽船に引き渡されました。

 ただ、ジェットフォイル用のガスタービンエンジンが製造を終えていたため、この時は中古のエンジンを流用しています。それでも船価は50億円超と非常に高額なものになり、東海汽船以外は新造船の発注を見送っています。

 ZESSTは航走可能な波高が1.5m程度で、航続距離も100kmというスペックからすると、東海汽船が東京〜伊豆諸島航路で運航するジェットフォイルを代替するのは難しいでしょう。とはいえ、水中翼船に新しい選択肢が増えるのは、海事産業へプラスの方向になりそうです。

 なお、大阪・関西万博をターゲットにした水素燃料船を巡っては、ヤンマーが小型船向け舶用水素燃料電池システムの市場投入に向け開発を進めているほか、岩谷産業と名村造船所なども、夢洲ならびに大阪市内で水素燃料電池船を導入する構想を発表しています。