いとこの浩樹だからこそ知る井上尚弥の素顔。ドネアとの再戦秘話、珍しい出来事を明かした
元東洋太平洋チャンピオン・井上浩樹
現役復帰インタビュー 後編
(前編:井上尚弥の「匂わせツイート」も現役復帰を後押し。アニメ『バンドリ』を見て最終決断を下した>>)
日本人ボクサーとして初めてPFPランキング1位となった"モンスター"井上尚弥、その弟で元WBC同級暫定王者の拓真のいとこにあたる井上浩樹。最強の兄弟と共に汗を流す浩樹だからこそ知る尚弥の強さの源、ドネアを圧倒できた理由とフィニッシュブローを当てるまでの流れ、浩樹自身が復帰後に目指すものを語った。
2019年に日本タイトルを獲得した際の井上浩樹選手(中央)と、尚弥選手(左)、拓真選手(右)photo by Kyodo News
――浩樹選手はリングから離れたあとに漫画を描くようになりましたが、「ヰ乃上ころまる」という名前でVTuberもされています。その名前の由来は?
「僕は昔から『ころちゃん』と呼ばれていて。おばあちゃんが名前を平仮名で書いた時に、『こうき』の『う』をひと筆のように書いて『ころき』と見えたことがきっかけです。それと、マンガ家で声優の徳井青空先生のあだ名『そらまる』から勝手にとって、『ころまる』と名づけました。今考えると、イタい奴ですね(笑)」
――ちなみに、浩樹選手がハマっているマンガなどはありますか?
「前にも読んだことはあったんですが、大友克洋さんの『AKIRA』にあらためてハマりました。自分でマンガを描き始めるようになって、勉強のために買い直して読んだら......画力と書き込みがハンパじゃなくて。すごすぎて参考にならないので、今は純粋に作品を楽しんでいます(笑)」
――浩樹さんがリングから離れていた時に描いたマンガ『闘え! コウキくん』(ステキブックス)を読むと、井上尚弥・拓真選手の普段のイメージとは違う面が見られますね。
「特に尚弥のいたずら好き、童心が残っているようなところなどは世間のイメージとはだいぶ違うと思います。逆に、そういう一面を見たらさらに好きになる人が多いでしょうけど(笑)。でも、尚弥は王者として世間からどう見られるべきか、ということも考えているはず。本当にプロ意識が強いですね」
――ジョンリル・カシメロ選手に繰り返し挑発されていた時には、尚弥選手が自身のTwitterで珍しく怒りを露わにする場面もありましたね。
「ただ、怒っている時の尚弥は本当に強いんですよ。相手選手へのリスペクトのほうが勝っちゃうと、強いことに変わりはないですが、少しだけ出力が落ちる印象があります。その反面、怒りを抱えて臨んだ試合では相手をあっという間に倒している。2019年のワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)の準決勝、スコットランドのグラスゴーで試合をした時もそうでしたね」
――それは、父親でトレーナーの真吾さんが相手の公開練習の偵察に行くも、制止されて相手陣営に突き飛ばされる騒動があった時ですね。試合では、エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を2ラウンド回1分19秒TKOで倒しました。
「あの時も怒りが噴火していた状態ですね。今年6月の(ノニト・)ドネア選手との2戦目は、ドネア選手への怒りはなかったと思いますが、1戦目の苦戦によって世間に好勝負を期待させてしまった"自分への怒り"が相当あったんでしょう。それが、あの2ラウンドでの圧勝劇につながったんだと思います」
――1ラウンドと2ラウンド間のインターバルで、尚弥選手はセコンド陣に「倒しにいかない」と話していたそうですね。ただ、結果としては2ラウンドで勝負を決めています。
「インターバルの時は、本当に倒しにいく気はなかったんだと思いますが、試合の中で『いける』と感じた瞬間があったんでしょうね。昔から尚弥には"野生の勘"みたいなものがあって、それを勝ちにつなげてしまう勝負強さも抜群です。普通は『いける』と思っても、『カウンターをもらうかもしれない』と警戒してしまうものですが、見事にフィニッシュしてしまうわけですから。
尚弥はゲームでも勝負どころを見極めるのがうまくて、子供の頃にやっていた『遊☆戯☆王』などのカードゲームも強かったですね。あとは、ものすごく負けず嫌い。拓真と『ポケモン』で対戦をやっていた時に、『強すぎるから使わない』と決めていたモンスターを拓真が使ったことがあって。それに尚弥が激怒して、それ以来、2人でやっているところは見たことがありません(笑)」
――ドネア選手との再戦に向けた、尚弥選手の様子はいかがでしたか?
「前日の計量からずっと一緒にいたんですが、計量後にご飯を食べている時から尚弥は自信満々な感じで、『けっこう早いラウンドで倒せると思う』と宣言していました。それが少し不安でしたね」
笑顔でインタビューに答える浩樹選手 photo by 立松尚積
――それほどいい準備ができたからこその自信のようにも思いますが、どこに「不安」を感じたんですか?
「試合前にそこまで自信を口にすることは珍しいんです。いわゆる"入れ込みすぎ"の状態で『自信が空回りしなきゃいいけど......』と思っていました。前回の試合で、早い回に左フックをもらっていたこともありますから。
試合では1ラウンドでダウンを奪いましたが、会場のボルテージと一緒に気持ちも昂って、決めにいってカウンターをもらうことを考えてしまって。『無理しないで』と思っていました。それも、尚弥にとっては杞憂でした。簡単に有言実行して倒しきってしまうあたり、さすがはPFP1位です(笑)」
――じわじわと追い詰めてからのフィニッシュシーンは、ワンツーでドネア選手をコーナーに押し込む形になり、そこから再度ワンツー、そしてスリーとつなげた左フックが最後のパンチになりました。
「最初に打ったワンツーの右のストレートは倒すことが目的ではなく、それをよけた相手の顔の位置を確かめたんじゃないかと思います。そこで、左フックで倒すイメージができた。ツーをしっかり打ち抜くと返しのフックが打ちづらくなりますし、タイミングも遅くなるので、次はツーのストレートを途中で止めてからスリーの左フックへとつなげていますよね。コンパクトで、完璧なコンビネーションでした」
――試合中の刹那に、そこまでの判断ができるものなんでしょうか。
「スパーリングで、実際の試合のさまざまな場面を想定しているからこそ、咄嗟に出せるんでしょうね。あのフィニッシュのタイミングも、練習で掴んでいたからこそ自然にできたんだと思います。
『倒せる』感覚があっても、それを実践できる力があってこそですけどね。尚弥は空振りしても体の軸がブレず、リングに根を張っているような感じ。練習でミットを持つとわかるんですが、どんな体勢からでも安定したパンチが打てるんです。こちらが急にタイミングを変えて、いきなり『ワンツー!』と入れても、必ず強いパンチがきますから」
――浩樹選手から見て、特にすごいパンチは?
「右ストレート、いや、やっぱり左フック......ボディもありますね。言ってしまえば全部です(笑)。相手からしたら、どのパンチを警戒したらいいかわからない上に、尚弥はテンポも速いのでペースも握られてしまう。それで『こんなはずじゃないのに......』と不用意にパンチを振ったりすると、ドンとカウンターを合わせられてしまいます。
試合の最初はジャブやステップで様子を見て、踏み込みの速さなど相手の力量を掴む。その見極めも速くて、『こんな感じだったら、これくらいのジャブは当たるだろう』といったようにどんどん更新しながら試合を進めていく。そして、閃きとベストなタイミングで相手をKOする。完璧ですね」
――尚弥選手はオフェンス力が注目されますが、ディフェンス面もピカイチです。
「自分がパンチを打ったあとに、必ず相手にもらわない位置にいますね。あと、尚弥の場合はあのオフェンス力がディフェンスにつながっている部分もあります。『攻撃は最大の防御』の最たるものです。あの攻撃をされると、相手は警戒しながらパンチを打つので攻撃力も半減しますし、パンチも避けやすくなります」
――ドネア戦後、尚弥選手が『ザ・リング』のPFPで1位になりました。それについて話をしましたか?
「がっつり話はしていませんが、『おめでとう』とは伝えました。でも僕は、復帰して(テレンス・)クロフォード選手を倒し、先に1位になってやろうと思っていたので、心の中で『クソッ』とも思いました(笑)」
――クロフォード選手といえば、エロール・スペンスJr.と共にPFP上位の常連でもあるウェルター級の強豪です。その選手を倒したとなれば、確かに1位も見えますね。
「そうなんですよ。それで"ドヤ顔"をしたかったのに......尚弥には、『(PFPで)早く殿堂入りとかしてランキングからいなくなってよ』とも言いました(笑)」
――復帰後の階級は、ウェルター級と決めているんですか?
「いえ、特には。もともとはスーパーライト級でしたから、そちらでもいいです。ただ、ウェルター級は過去に日本人の世界チャンピオンがいないので、そこを狙いたい気持ちもあります。世界的に強い選手が揃う"激戦区"の階級ではありますが、それを理由にウェルター級を避けることはしたくないです」
――復帰のタイミングは決めているんですか?
「まだ決まってないです。今年の秋か冬くらいかな、とは思っていますが。練習は現役時代と同じ感じでやっていて、体は以前よりデカくなりました。スタミナ面に関してはまだ戻っていませんが、復帰したら、以前のように負けることを怖がる姿は絶対に見せない。『逃走心』ではなく、『闘争心』をみんなに見せたいです」
――復帰戦、楽しみにしています。
「ありがとうございます! 期待してください!」
周囲から才能を評価されながら、それを信じられずにいた浩樹。しかし、休養期間がボクシングとの向き合い方に変化をもたらした。リングでその真価を発揮する日は近い。
(取材協力:大橋ボクシングジム)
【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)
1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが2022年2月に復帰を表明した。通算15勝(12KO)1敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。
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