JR幌内線が廃止された日「北海道最初の鉄道」百年の歴史に幕 -1987.7.12
35年前の7月12日、岩見沢駅と幾春別駅をむすぶJR幌内線が廃止されました。
小樽へ石炭を積み出す目的で建設
三笠鉄道記念館に保存されているキハ20系気動車(乗りものニュース編集部撮影)。
今から35年前の1987(昭和62)年7月12日。函館本線の岩見沢駅から分岐し、幾春別駅までをむすぶ18.1kmの国鉄ローカル線、幌内線が廃止されました。
幌内線は1888(明治21)年に全通。他の多くの北海道内ローカル線のように、石炭輸送を中心とした鉄道でした。
北海道の中央を縦断する夕張山地はかつて豊富な炭田を有し、そこへ群がるように歌志内線、(函館本線)上砂川支線、万字線、夕張線、夕張鉄道、美唄鉄道、三井芦別鉄道といったいくつもの盲腸線が敷かれました。
そのなかで幌内線は最も古い歴史を持ちます。それどころか、北海道最古の鉄道でした。幌内周辺の炭鉱の石炭を貨物船で全国に輸送するため、岩見沢から札幌を経由して小樽港までをむすぶ鉄道の一部として建設されたのです。末端部である、小樽港へのアクセス路は「手宮線」という名前でした。
岩見沢駅を出ると三笠市内に入り、萱野、三笠、唐松、弥生、幾春別と停車。1972(昭和47)年まではさらに、三笠駅から南へ支線が分岐し、幌内住吉、幌内という2つの旅客駅が設けられていました。
1978(昭和53)年の時点で、列車は9往復が設定され、全線の所要時間は30分弱。岩見沢発の列車は朝の8時50分発が出ると、13時27分発までしばらく間が空いていました。
由緒あるこの路線も、炭山の閉山とともに斜陽化。全通から100年を迎える手前で、全線廃止となりました。国鉄からJRへ移管された、わずか3か月後のことでした。
幌内線の廃止後「鉄道の無い市」となった三笠市ですが、往時を偲ぶ施設として、幌内駅跡に「三笠鉄道記念館」、三笠駅跡に「クロフォード公園」が開設。旧唐松駅も復元されて当地に残っています。