山手線で突然「心肺停止」彼女が感じた怪しい予兆
山手線の車内で突然の心肺停止により倒れた、医療ライターの熊本さん。彼女の身にいったい何が起きていたのでしょうか(©熊本 美加 ・上野 りゅうじん/講談社)
著名人やスポーツ選手、仕事関係や友人など、健康そうに見えていた人が、突然心臓病で亡くなった知らせを耳にすると、「なんで?」「どうして??」とショックを受け、頭の中は疑問符で埋め尽くされます。「でもそれが自分の身にふりかかるとは、私はこれっぽっちも思っていませんでした。あの日、山手線で心肺停止で倒れるまでは……」と言うのは、医療ライターの熊本美加さんです。
『山手線で心肺停止! アラフィフ医療ライターが伝える予兆から社会復帰までのすべて』を上梓した熊本さんに、あの日いったい何が起きたのか、倒れるまでの予兆はあったのか、リポートしていただきました。
2019年11月19日――。
©熊本 美加 ・上野 りゅうじん/講談社
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混乱する車内
©熊本 美加 ・上野 りゅうじん/講談社
©熊本 美加 ・上野 りゅうじん/講談社
私は死にかけた体験で、突然死が私にかかわるたくさんの人たちや、一緒に暮らす猫たちに、多大な影響を与えてしまうと身を持って理解したのです。それまでは、自分はひとりで生きているつもりだったし、何事もない生活がずっと続くと思っていました。でも、「まさか」や「もしも」は、私にもあなたにも起こる可能性があります。
事実、日本では年間約10万人が突然死で命を失っていて、その半数以上が心筋梗塞や狭心症、不整脈などの心臓疾患によるものです(平成29年度・総務省消防庁)。
確実にあった予兆
倒れる前の私は、年一度の健康診断で問題はなく、身内に心臓を患った人もいませんでした。そんな油断で隙だらけの私を「隠れ心臓病」は虎視眈々と狙っていたのかもしれません。ある朝突如現れ、ドカンと息の根を止めたのです。
しかし、振り返れば予兆は確実にありました。2週間前から胸の真ん中あたりに痛みを感じていたのですが、しばしじっとしていると症状は収まったので、安心してしまったのと、心臓は左側にあるという思い込みで「隠れ心臓病」に気がつくことはありませんでした。
私の病名は「冠攣縮性狭心症」。文字どおり、心臓に血液や栄養を送っている冠動脈がけいれんして急に縮み、酸素が心臓に供給されない状態になります。原因は不明で、夜間の睡眠時や明け方の安静時にも起こり、突然死にもつながる恐ろしい病気。しかもけいれんは瞬間的に起こり15分程で収まるため、病院で心電図検査をしても見つかりにくいのが特徴。
「隠れ心臓病」の中でもトップクラスの隠れ上手なのです……。倒れたのがたまたま人目のある山手線内だったので、多くの方々のお力で生き延びることができましたが、いつものように自宅で仕事をしていたら、今ここにはいません。
「心臓疾患は、最初の発作で致命的な場合もあるため、100%とは言えませんが、予兆があることのほうが多いです。心筋梗塞の場合は、数日からせいぜい1、2週間前。一般的には1カ月以内の症状です。僕はネクタイの範囲と表現していますが、のど、あごがつまる、胸が圧迫される症状。瞬間的なズキっとしたものではなく、数分〜十数分と、長く感じる場合。
発症時間帯は、心筋梗塞は関係ありませんが、突然死の原因になる冠攣縮性狭心症は朝に起こりやすく、少し経つと症状は消えるのが特徴です。こういった典型的な症状なら1回でもあれば、すぐに医療機関に相談することが大事だと思います」
私の主治医である東京都済生会中央病院・循環器内科の鈴木健之医師が言うとおりで、私は冠攣縮性狭心症の典型的な予兆を放置したのです。「いつもと違う」と少しでも心臓に異変を感じたら、早めに医療機関に足を運んでいれば、「隠れ心臓病」から身を守ることができたに違いありません。
突然の心疾患で、AEDが効かないケースとは!?
最近はあちこちで見かけるAED(自動体外式除細動器)ですが、改めてその仕組みをおさらいしておきましょう。AEDは心臓が痙攣して血液を流すポンプ機能を失った状態、つまり「心室細動、または無脈性心室頻拍」になった心臓に対して、電気ショックを与えて正常なリズムに戻すための医療機器です。AEDは心臓の状態を自動診断し、心室細動、心室頻拍と判断した場合のみ作動します。
心室細動、心室頻拍以外の不整脈や心停止には電気ショックの指示が出ません。また間違ってボタンを押しても作動しません。ですから、助けることができるのは、心室細動、心室頻拍を起こしている人だけ。私は「冠攣縮性狭心症」での心室細動で作動したのですが効きませんでした。どうしてなのでしょう?
「まず心室細動のほかに心房細動という症状があります。これは心房の電気信号が異常を起こしている頻脈です。起きてしまっても心臓から血液が全身に送り出されるため、すぐに命にかかわる可能性は低いですが、重篤な脳梗塞や心不全をおこす危険性があるので要注意です。
一方、心室細動に至ると、心臓から血液が送り出されなくなり、心停止の状態になってしまうため、直ちに命にかかわります。心室細動は、心臓が原因で起こる突然死の原因のうち約8割を占めているといわれています。
心室細動が起こったら、すみやかにAEDで電気的な刺激を心臓に与えて、心臓の動きを正常な状態に戻すのが重要です。心室細動であっても、重度なものや、電気ショックを行うのが遅れたときなどは、使っても救命できないこともあります。
しかし、使わなければ助かる可能性はずっと低くなりますし、使って状態が悪化することもありません。できるだけ早く、できれば3分以内に電気ショックをかけるのがよいとされています。
さらにAEDが到着するまで、およびAEDを使った後、呼吸がなければ心臓マッサージ(胸骨圧迫)を行うことも大切です」(鈴木医師)
私はAEDが効かない重度の心室細動でしたが、AEDで命がつながるケースのほうが多いです。
例えば、東京マラソンでは、これまで12回の大会で合計11人のランナーがマラソン中に倒れて心停止に陥っていますが、全員がAEDで無事に救命されています。コースには140台以上のAEDが配備され、さらにモバイルAED隊と呼ばれる自転車部隊が、AEDや応急処置を行うための資器材を持ち、巡回しています。
迅速な周りの人(バイスタンダーと言います)の対応があれば、心臓突然死は防ぐことができる可能性が高いのです。
隠れ心臓病のリスクって?
胸の大きな病気は3つあります。心筋梗塞、肺塞栓症、大動脈解離。それに加えて救急搬送されるのは心不全で、その中でも虚血性心疾患によるものがかなり多くをしめています。
「救急搬送されてきた方のほとんどは助かりますが、心肺停止になってから運ばれてくる方は死亡率が高いうえ、社会復帰を果たせるのは1割程度。ちょっと苦しくて倒れるのと、心肺停止はまったく違います。
自分が苦しくてどうしようもなくて救急車を呼べると状況であれば、助かる可能性は相当高いですが、熊本さんのように一瞬で気を失ったケースは命にかかわります。
予防のためには生活習慣病の早期発見とよく言いますが、血圧、コレステロール、血糖値が高めでも症状がありませんので、心臓、脳卒中など、血管つまり系で救急搬送される病気は検診レベルでの発見は難しいです。
リスクファクターを早めにみつけて管理することは脳卒中や心筋梗塞を防ぐという意味で検診はもちろん大切です。そして、検診を受けても好き放題やっていたら意味がありません」(鈴木医師)
健診に合格したからと、好き放題やって自爆したのは紛れもなく私です……。健康診断の意義を完全に間違ってとらえていました。
(熊本 美加 : 医療ライター)
(上野 りゅうじん : 漫画家)