名古屋市営地下鉄鶴舞線に、「いりなか」という平仮名の駅があります。珍しい標記にはどんな背景があるのでしょうか。

漢字そのものがレア

 名古屋市営地下鉄鶴舞線に、「いりなか」という駅があります。同地下鉄では唯一の「ひらがな駅名」となっています。

 大阪メトロにも「なんば」「なかもず」「あびこ」とひらがな標記の駅名がありますが、あくまで「便宜上の標記」。しかし「いりなか」はひらがなが正式です。なぜこのような駅名になったのでしょうか。


地下鉄鶴舞線のいりなか駅(乗りものニュース編集部撮影)。

 駅名の由来となった地名は、漢字で「杁中」と書きます。駅前のバス停や交差点名、店舗の支店名の多くは、駅名と違って漢字標記が見られます。

 そもそもこの「杁中」という地名、これまで町名として採用された記録はありません。駅があるのは昭和区隼人町で、それ以前は広路町という大きな町名の一部でした。「杁中」は町名をさらに細かく区分する小字(こあざ)として存在していましたが、1964(昭和39)年から行われた住居表示によりその小字は消滅し、現在は登記簿でもその名を確認することはできません。「隼人町」ではなく「杁中」の地名が駅名に採用された理由は、不明となっています。

 さて、「杁中」がひらがな標記になった理由について、名古屋市交通局は「開業が半世紀も前ということで、当時の記録が残っていません。可能性としては、『杁』の字は常用漢字に含まれていないため使用しなかったということが考えられます」と話します。

 見慣れない「杁」という漢字、常用漢字ではないどころか、愛知県周辺の地名以外で目にすることは、まずありません。この漢字の元々の意味は「川の水量を調節するための管や、水門」で、全国的には土へんの「圦」を使うのが一般的でした。近年の研究では、江戸時代からすでに「同じ意味の漢字がふたつあるのは混乱の元だ。土へんに統一しろ」という通達があったとされています。

 この「愛知限定の漢字」である「杁」、愛知県内の2つの駅で使われています。ひとつは名鉄名古屋本線の二ツ杁駅、もうひとつは東部丘陵線(リニモ)の杁ヶ池公園駅です。前者は戦前開業ですが、後者の開業は2005(平成17)年。なぜこの漢字がそのまま使われたのでしょうか。

 リニモを運営する愛知高速交通に聞いたところ、開業に先立って、2003(平成15)年に有識者らによる新駅の駅名検討委員会が開かれており、そこでやはり「ひらがな標記にすべきでは」という意見があったそうです。しかし最終的に、「由来となった公園名は、漢字標記のままで地域に浸透している。それに漢字を見ても読みかたを連想するのは難しくない」ということで、駅名も漢字標記のままで問題は無いと結論付けられたとのことです。