眺望が売りの列車は全国にあります。前面展望が楽しめる「ロマンスカー」、側窓を設けずに自然の風を受けられるトロッコ列車などです。でも、客船のようなオープンデッキ車両は土佐くろしお鉄道だけ。どんな車両でしょうか。

9640形の特別仕様車

 高知県を走る土佐くろしお鉄道のうち、ごめん・なはり線で使われる9640形(くろしおがた)気動車には、興味深い特徴があります。全11両が「特別仕様車」「通常仕様車」「お座敷対応車」に分かれているのです。

 中でも特筆すべきは「特別仕様車」です。この車両は2002(平成14)年に2両製造されたもので、ほかの車両と異なり、鯨のように丸みを帯びた前頭部が目を引きます。


土佐くろしお鉄道9640形気動車(安藤昌季撮影)。

 そして車両側面の海側が、客室と分離された、まるで船のような「オープンデッキ」となっているのです。客船ならば、客室の外に通路としてのオープンデッキが設けられていることは珍しくありませんし、鉄道車両でも前後にオープンデッキがある車両は存在します。しかし車両の側面がオープンデッキになっている鉄道車両は、類を見ないのではないでしょうか。

 オープンデッキ部分に側窓はなく、自然の風を感じながら太平洋の景観を楽しめます。ちなみに床に排水溝がある点も、船のオープンデッキのようです。

 側窓が存在しない車両としては、トロッコ列車が全国で走っていますが、こちらは素晴らしい眺望性があるものの、雨天ではずぶ濡れとなります。一部のトロッコ列車では、通常の座席車を連結するなどして雨からの避難場所を確保していることもありますが、9640形の「特別仕様車」では、天候が悪くなれば脇の客室内に戻ればよく、そこからも幅1.42mの大きな側窓を通じて景色を楽しめます。

乗車券のみで乗れる

 なお、通路が外にある関係で、客室内も一風変わったものに。座席は主に2人掛け転換式クロスシート10脚で構成されますが、全て車両の海側に配置され、山側が通路になっています。その山側の側壁には、かつての開放形B寝台車のような折りたたみ椅子が設けられており、やはり海側を向いています。ちなみに、転換式クロスシートは背もたれが高くてゆったりしていました。


客室内から見たオープンデッキ車両(安藤昌季撮影)。

 この「特別仕様車」はオープンデッキ型観光列車として運行されますが、特筆すべきことがもうひとつあります。それは、特別料金が不要なことです。これは全国的にも珍しいことといえるでしょう。

 特別仕様車が連結されている列車には、列車名として「やたろう」「しんたろう」の名前が付いているため、容易に区別できます。「やたろう1号」は安芸→後免間を、「しんたろう1号」は奈半利→安芸間を、「しんたろう2号」はJR高知駅→奈半利間をそれぞれ運行します。ただ、JR線内ではオープンデッキへ立ち入れません。

 9640形は、JR四国1000系気動車と併結可能な性能を有し、単体でもJR線内を走行可能です。県東部のごめん・なはり線と、西部の中村・宿毛線に分かれている土佐くろしお鉄道の路線を、JR線に乗り入れつつ走破するイベント列車が運行されたこともあります。