JR福塩線の中でも、北部区間にあたる府中〜塩町間の経営状況が厳しさを増しています。背景には人口減少だけでなく、高速バスや、鉄道沿線から離れた地域への通学の多さなど、レールと地域の動線が外れている事情が浮かび上がってきました。

府中駅から南は「電化・1時間2本」、北は「非電化・1日5本」

 JR福塩線は広島県東部、福山駅(広島県福山市)から塩町駅(三次市)を南北に結び、全列車が塩町駅から3駅先の三次駅へ乗り入れます。しかしその運行形態は、府中駅(府中市)を境にまったく異なります。

 路線の南側にあたる福山〜府中間の通称「福塩南線」は3両編成の電車が1時間に2本走りますが、北側の府中〜塩町間「福塩北線」は、1両の気動車が1日5往復、朝晩のみの運行です。電化・非電化区間が分かれ、現在では定期運行の直通列車もなし。輸送量の差は30〜40倍はあり、実態はほぼ別路線と言っていいでしょう。


福塩線の気動車。塩町駅にて(宮武和多哉撮影)。

 そうしたなか、JR西日本が2022年4月に、管内ローカル線区の収支状況を公表。「交通のあり方の見直し」を提案している路線に、福塩北線(府中〜塩町)も含まれていました。

 その基準は「輸送密度(1kmあたりの1日の輸送人員)2000人以下」というものですが、JR西日本が公表した30線区の中でも、福塩北線の実績は低迷が顕著です。営業係数(100円の収益にかかる費用)2581、300万円の運賃を稼ぐのに約6700万円を要する計算となります。

 収支が公表された路線のうち、営業係数が2000を超えているのは福塩線と芸備線、木次線、大糸線(いずれも一部区間)のみ。なお、上記この実績は2017〜2019年の平均で、新型コロナウイルスの影響で人流が減少した後はさらに低下していると思われます。

 JR西日本は、大量輸送が特徴の鉄道が本来の機能を発揮できていないとして、まず今後についての話し合いの場を地域へ要求しています。路線バスなどへの転換のほか、鉄道として存続できたとして、自治体が資産を買い取りJR西日本が運行だけを行う「上下分離方式」、あるいは第3セクター方式の新会社を設立しての運行といった検討が進むと思われますが、いずれにせよ、地域の出資やこれまで以上の協力は必須となります。なお福塩南線(福山〜府中)は、この区間に入っていません。

 福塩北線の低迷は、人口の減少だけではなく「今の動線から外れている」ことにも起因しているようです。沿線地域を巡って、移動事情を検証してみましょう。

高速バスなら1/4の時間で広島市内に!

 福塩北線の中で、かつて自治体の中心駅であったのは備後三川、上下、甲奴(こうぬ)、吉舎(きさ)、三良坂の各駅です。しかし各自治体は2004(平成16)年までに世羅町、府中市、三次市へ編入され、各地域の過疎化もあって拠点としての賑わいはあまり見られません。

 そうしたなか、地域に根強く存在するのが、沿線から“広島市内”と“世羅町内”への移動需要です。

 前者を担うのは、1996(平成8)年の運行を開始した高速バス「ピースライナー」(中国バス・広島交通)です。甲奴・上下・備後矢野・備後三川など福塩北線の主要駅近くを経由し、県東部の最終乗車地である高坂バスストップ(三原市)から広島市内を約1時間で結びます。高坂バスストップでは広島空港方面に乗り換えも可能です。

 かたや福塩北線で広島へ向かおうとすると、福山側、三次側のどちらへ出るにしても徐行区間が多く時間がかかり、高速バスと比べてルートも相当な遠回りになるため、大体の場所で広島まで2〜3時間はかかってしまいます。

 なお府中〜福山間でも線路は東側に回り込むため、広島市内への移動は若干不利。福塩北線は高速バス「ピースライナー」に、福塩南線はピースライナーと同時期に運行を開始した「リードライナー」(府中市内〜広島市内)に、広島市内への移動需要をピンポイントで奪われているのです。


高速バス「ピースライナー」。矢野温泉口バス停(備後矢野駅近く)にて(宮武和多哉撮影)。

通学利用も「高速バス」

 福塩北線のなかでも、府中市から20kmほど北の世羅町への通勤・通学は200人以上(平成27年度国勢調査より)。福塩北線内から世羅町の通学需要も、その中で一定数存在しますが、これも、「ピースライナー」が一部担っています。

 この高速バスは甲奴・上下などから世羅町内までは乗車・下車とも可能で、朝7時30分に甲奴駅前を発車する便で世羅高校に通う生徒も多いのだとか。かたや、鉄道沿線にある上下高校は、地元である上下中学校からの進学が10人を割る年があるほか、他地域からの進学も伸び悩んでいるため定員割れが続き、福塩線の通学利用の減少にもつながっています。

バスも厳しく 細る通学需要

 一方、三次市に編入された旧吉舎町以北では、三次青陵高校(塩町駅近く)など三次市内への通学利用が盛んで、福塩北線も三次〜吉舎間には区間便が運行されるほど。吉舎駅近くにある日彰館高校への通学の流れも見られます。

 ただ、福塩北線は朝晩以外の利用が伸び悩み、かつ2018年の「西日本豪雨」による長期運休後、家族の送迎に切り替わったまま通学生が鉄道利用に戻らないケースも多かったといいます。同様の現象は西日本豪雨後、芸備線でも見られました。

 両線とも線路の保守状態があまり良くなく、徐行区間などもあるため速達性が発揮されません。災害による長期運休は、鉄道の利用者減につながる一つのきっかけでもありますが、もともとの鉄道としての信頼性の低さも原因の一つではないでしょうか。

 ただ高速バス「ピースライナー」も、長らく維持してきた“年間利用者2万人台“をコロナ禍前に割り込んでしまうなど、安閑とはしていられない状況です。また2020年には新型コロナウイルスの影響で、「ピースライナー」「リードライナー」は他の路線とともにしばらく運休、甲奴〜世羅間は“バスの代替バス”を準備せざるを得ませんでした。

 福塩北線は、両端の府中・三次を除けば世羅町以外に核となる地域がなく、多くの区間で鉄道と並行する上下〜府中市内の路線バスも同様に厳しい経営を強いられています。また近年は世羅高校も定員割れが生じており、全国優勝などの経験もある陸上部への入部希望者をはじめ県外にも入学の門戸を開くなど、生徒数の確保に苦心しています。もっともこれは福塩北線の沿線に限らず、各地の鉄道・バスは今後、学生の減少との闘いを余儀なくされそうです。


福山南線は電化区間。黄色い電車が走る。福山駅にて(画像:写真AC)。

 なお2018年からは、福塩線と一部並行する形で福山駅〜三次駅間を結ぶ尾道道経由の高速バス「きんさいライナー」が運行されていました。世羅町内で道の駅を経由するなど、鉄道とルートの棲み分けを図っていましたが、利用者は最初の7か月で500人と目標を大きく下回り、2020年に運休となったまま復活していません。福山市・三次市ともに県内有数の都市としてバス・鉄道が整備されているものの、“対・広島市”以外の需要を掘り起こすのは難しかったようです。

列車こなくても「駅は結構賑わっている」?

 しかし福塩北線の沿線の駅を訪れると、日中の運行がなくなって10年が経過しているとは思えないほど人の流れを感じることができます。

 備後矢野駅では独自メニューのうどんに定評がある「びんご矢野駅内食堂」、甲奴駅ではお好み焼き「美里歩(オリーブ)」と、駅舎内での店舗として雑誌・メディアでの登場も多い飲食店が営業を続けています。また備後安田駅や吉舎駅のように、駅構内へ生花や書道が飾られ、列車が来ない時間も地元の方で賑わっている場合もあります。

 ただ上下駅以外は主要道から離れており、駅に進入する道路も狭隘なまま。前述した長期運休時のバス代行の際は、バスが駅前の狭隘路に差し掛かり、運転手さんがルートを指示したJR社員の方に「こっちでいいの? 本当にこっちでいいの?」と何度も確認する場面も見られました。

 鉄道からバスへ転換するにしても、既存の駅を経由するかどうか、ささやかな賑わいの場になっている駅をどう活用していくか、といった課題が挙げられます。